番外1210 信頼の記憶
自我に目覚めた魔法生物か。それならば今に至るまで単独で動き続けたとしても説明がつくな。付喪神的な存在ならばそれはもう精霊や妖怪に近いからだ。一度機能停止してから自我に目覚めて動き出したのか、或いは長期でも動けるように組んであって途中でこうなったのか。その辺は定かではないが。
これから、どうするべきか。カストルムの事情を考えるなら、あまり強硬的な手段に出るべきではないな。話ができる事を踏まえたら、やはり説得を試みるのが良いのではないだろうか。
少し思案してから話を切り出していく。
「この場所の来歴も知ってる。恐らく、カストルムがどうしてここを守っているのかも。近くに来ている仲間達も含めて、そっちの遺跡側には許してもらわない限り入らないように約束するから、少し話を聞いてくれないかな」
そう伝えると、カストルムも何だか複雑な音を鳴らして考えているようだった。
困惑半分、興味半分といった印象だ。向こうが迷っている内に、シリウス号のみんなにも説得するから待機していてほしいと通信機やカドケウス、バロールを通じて知らせる。
「こちらとしても異存はありません」
『カストルムさんとも仲良くなれると良いですね』
オズグリーヴがそう言ってシリウス号に乗っている一同も了解し、艦橋でもモニター越しにグレイスが真剣な表情で頷く。通信室で中継を見ているみんなも見守ってくれているという印象だ。
一方でカストルムはと言えば考えも纏まったのか、やがて胴体部を縦に傾ける様に頷いた。同時に射出した右腕もゆっくりと浮遊して戻って行き、本来あるべき位置に浮かぶ。そうしてカストルムは射出した手の調子を確かめるように握ったり開いたりしていたが、やがて顔を上げて「今からそちらに行く」といったような意味の音を鳴らし、こちらに向かって砂の上を滑るように近付いてくる。
約束、と言ったのが功を奏したのかも知れない。元々が魔法生物であるならば約束を重視する性質でもおかしくはない。
遺跡に立ち入らないのが条件であるならば、無害だからモニュメントを置いてもらえないかと頼んだり、少し効果は下がるが遺跡の敷地から外れる場所に置くことを許してもらうとか、まあ……お互いにとって納得のいく落とし所を探る事はできるはずだ。
少し小高い砂丘の上に腰を落ち着け、ここで話をしようと提案すると、カストルムも同意して、俺の隣に腰を下ろした。精霊王の加護もあるので、まあ砂漠で座って話をしても問題はないな。
カストルムは脚部を胴体部に格納できるようで、腕も合わせて全て格納すると卵を左右対称にして横にしたような、カプセル形になるかも知れない。
逆に、腕や足を出している時は正面の卵の殻が割れて、その隙間から顔にあたるような部分が覗いている、というような姿をしているな。
ともあれ、砂の上に身体を落ち着けたカストルムに話をしていこう。
「まずこの場所は……昔、人と魔人達の間で大きな戦いがあった場所なんだ。戦いの後はお互いの陣営が撤退したようなんだけど……カストルムは何か覚えていないかな」
反応を見るためにも少しゆっくりとした口調で話をしてみたが……魔人、という言葉を聞いたタイミングでカストルムが少し反応を示して、複雑な音を鳴らしていた。
それから「魔人について誰かから何かを聞いたような気もする」とそんな風にカストルムは音を鳴らす。
近くに来て分かったが、俺の魔力波長はカストルムの中で何やら揺らぐものがあって、不思議な感覚がある、との事だ。
初めて感じるものなので、何と形容したらいいか分からないという事ではあるが、そうして俺と話をする事で、何か思い出したような、知っていたような。蘇ってきた光景があるそうだ。
逆光で見えない、誰かの顔。その人物が、自分の身体を撫でながら、きっとこの子なら大丈夫と。そんな風に言っている記憶があるのだと、カストルムは語った。
魔人の性質についても聞いてみるが、実際に戦った事はないが気を付けるべき点は知識として知っている、と伝えてきた。
なるほどな。恐らくは自我に目覚めて体験してきた事が記憶になっている部分と、魔法生物として組み込まれた制御術式由来の情報があるのだろう。
魔人と相対した時に気を付けるべき点が組み込まれているという事は……やはり本拠地に戻ってくる魔人を想定して造られたのだろう。
自分の出自についても知りたいか聞くと、興味があるという事だったので、なるべく丁寧に話をしていく事にした。
「今の時点では推測だけどね。多分、カストルムは魔人達と当時戦っていた七賢者……俺の祖先にあたる人達が造り上げたんじゃないかな。丁寧に造られたものは年月を経て自然に自我に目覚める事が稀にあるから。だから造られた当時の記憶と、その人達に与えられた知識と行動指針――制御術式の情報の両方があるんだと思う」
カストルムは俺の言葉を静かに聞いていたが、納得できる部分があるのか、時折こくこくと頷いていた。
不審な物がないか調べたりしていた事や人型の物体の接近――俺に対して警告をしてきたのも、そうした知識の部分でそうする事が正しいという知識……情報がカストルムの中にあるからなのだろうと思う。
ともあれ俺自身の魔力波長と七賢者の子孫という話から、少し安心してもらえたような気もする。カストルムからも魔力波長は感じるが、それが最初に会った時よりも穏やかなものになっているからだ。
では――もう少し過去の事と、俺達がここに来た経緯と目的について話をしていこう。その上でカストルムと交渉なりをしていきたいところだ。
「――というわけで、今は魔人達との和解を目指して動いている。元々は月の民の系譜で、根が同じっていうのもあるけれど……呪いを受けて生まれるのは第二世代の魔人達のせいじゃないし……その事で約束をしたからね」
月での戦い。地上に追われたハルバロニスの民。そこから再度生まれた魔人達。盟主と七賢者の戦い。そして俺達の事。
一つ一つ幻術も交えて説明していくと、カストルムはじっとそれに聞き入っている様子だった。
時折カストルムからも質問を受けたり、考え方、感じた事を説明されたりもする。一つ一つ受け答えをするが、まあ、総じて素直な子供のような印象と言えば良いのか。精霊達とも話ができるそうで、ある程度は外界の知識もあるようだ。
人型の相手は警告。魔物、邪精霊は襲ってくるなら対処。通常の精霊は対応外という事らしい。付喪神の類なら……精霊とは性格的な相性も良いだろう。
最初は潜伏して、指示が来たら呼応して動く、というのが与えられていた知識――命令であったそうだが、時間経過でそれも警戒と警備、侵入者からの防衛に切り替わったそうな。七賢者も色々考えていたのだろう。魔人達の本拠地ならば自分達の発見できない何があっても不思議ではないと判断して色々想定して制御術式を組んでいたようで。
ともかく戦いは、避けられるなら避けた方が良いと、そんな知識もあるとカストルムは返答していた。生き死にの概念も理解しているようで。考えたり感じたりができなくなるのは確かに嫌だと。そんな風に考えを聞かせてくれた。
――だからテオドールのしようとしている事はきっと正しい事。
そんな風に音を鳴らして、カストルムは俺に伝えてくる。楽器を鳴らしているような小気味のよい穏やかな音だった。
「……ん。ありがとう」
カストルムに礼を言う。夕暮れの砂漠の彼方に目をやって、少しだけお互いに沈黙する。
――今は自分がここを守る意味も無くなっている?
と、カストルムが尋ねてくる。
長い年月をここでずっと過ごして、精霊達にここで何をしているのか聞かれて、疑問に思う事もあったという話であった。
それは……どうだろうな。
カストルムを残したのは保険の策だ。それは杞憂に終わったのかも知れないが……七賢者が様々な事に心を砕いた事や、カストルムが守り続けてくれた事には価値がある、と俺はそう思う。
「意味は――あったと思う。カストルムがここを守ってくれる事で、安心できる人もいただろうし……その理由だって、平和な時代を築きたいからだったんだ。だから……その事については、改めてカストルムにお礼を言いたいな」
そうした七賢者の想いを受けて、ずっとここを守ってくれていたのだから。改めて、その事について礼の言葉を口にする。「ありがとう」と、立ち上がって一礼する。
カストルムは目を明滅させてから、ゆっくりと噛み締める様に頷く。
「……それとカストルムさえ良ければ、俺達と一緒に来ないか? もし制御術式が行動の枷になっているなら、そのあたりの調整もできると思う」
魔人達との和解を目指している今だからこそ、任務の満了を伝えて、その後の違う生き方を一緒に模索するというのも……きっと意味があると思う。
嘘をついていないと証明するためにも契約魔法を通して宣誓してもいい。
そう伝えるとカストルムはしばらく目の部分を明滅させて思案していたようだったが……やがて音を鳴らした。
――この場所を守るのが平和のためであったなら、テオドールと行動を共にするのはきっと自分を信じてくれた、あの人の願いに合うものだと思う。
だとするなら、一緒に行きたいと。カストルムははっきりと音に出して、自分の意志を伝えてきてくれたのであった。