番外1209 古代兵器と魔術師と
「さて。どうしたものですかな」
ウィンベルグが腕組みをしながら言う。
「魔法生物としての性質も監視や警備の理由も分からないからな。仮に七賢者絡みなら誰かの人格を宿している事も考えられるし、一度接触して必要な対応を考えるのが良いかと思う。幸いこの場所は放棄された拠点だし、接触する事がそのまま作戦の失敗に繋がるわけじゃないからね」
それが無理ならば探知の合間を縫って儀式を行うか、探知そのものを誤魔化す手立てを考える、と。そう伝えると居並ぶ面々も納得した表情になっていた。
「うむ。人格を移した魔法生物となると我とも近いな」
と、ルベレンシアが真剣な表情で言う。
アピラシアやカルディアが頷き、それに通信室側のマクスウェルやアルクス、ヴィアムスも核やバイザーの奥を明滅させる。
『うむ。主殿は魔法生物への対応が丁寧で良い』
『ふふ、それは確かに』
そんな風にマクスウェルとアルクスが言葉を交わす。
カドケウス、バロールにウロボロス。ネメア、カペラとウィズといった面々は俺とは感覚的にも繋がっているので、その気持ちも伝わってくる。
改造ティアーズやシーカー、ハイダーも少し身体を傾けたり、体育座りのまま頷いたりと反応を見せていた。総じてゴーレムへの対応を歓迎してくれている感があるな。
ともあれ、魔法生物組としては遺跡を守るあのゴーレムも気になる、というところだろう。
「盟主の時代からああしているとなると、どうやって動き続けているのかも気になるところだな」
「そうだね。魔力補給をする手段があるのか、それとも補充する手段があるのか。方法は考え着くけど今も誰かに管理されているゴーレムである可能性もあるからね」
テスディロスの言葉に答えてから、ウロボロスを手に立ち上がる。
「それじゃあ、接触して反応を見てみるか。まず俺から顔を合わせてみる」
「では、出方を見て動けるように私達も甲板に待機しておきましょう」
俺の言葉にオズグリーヴが答えてカルディアも声を上げる。
魔人側のゴーレムならばオズグリーヴが。七賢者側ならカルディアが姿を見せて反応を確かめていく、というわけだ。
向こうが話に応じる対応力を備えているかどうかもまだ分からないところはあるが。
「説得が必要であれば我も出よう」
「場合によっては私の能力でも破壊せずに機能停止をさせられるかと」
と、ルベレンシアとオルディアが言う。
「ありがとう。様子見をしながらだから、甲板で待機していてほしい」
そう答えると、二人も少し笑って応じる。グレイス達も「お気をつけて」と見送ってくれる。
うん。では――行ってくるか。
シリウス号の纏うフィールドはバロールに維持してもらう。俺自身はシリウス号や遺跡から少し離れた位置まで移動してから、迷彩フィールドを解除する。
まだ痕跡を残さない方針は維持している。マジックシールドで足場を作りつつ、そのまま遺跡に向かって歩を進めれば――。ソナーは発信していないにも関わらず、ゴーレムが即座に動きを見せた。
胴体に緑色の魔力のラインが輝き収納していた手足を展開すると、跳躍して砂の丘の上から俺の方に向き直る。
正面から向き直ると胴体の装甲内部に顔らしき部分があるな。丸い緑色の光が二つ並んでいて、目のように見える。そういうデザインでしかないのか、それとも感覚器も備えているのかは分からないが。
ゴーレムは目の部分を短い間隔で明滅させながら、俺に向かって人差し指を伸ばす。と同時に、少し高い音を断続的に発してきた。音から受ける印象としては、恐らくは警告音か。
実際、翻訳の魔道具を通すと「警告、警告」と繰り返して言っているように感じられる。
足を止めるが、こちらとしても去るつもりはない。問答無用で攻撃を仕掛けてくるわけではないなら尚更だ。
真っ直ぐにゴーレムを見やると、向こうもこちらが立ち去る気がないのを理解したのか、俺を差していた右手の指を握り、拳をこちらに向かって突き出すような格好を取ってみせた。
ゴーレムの上腕と前腕は物理的に繋がっていない。緑色の輝く魔力のリングが浮いているだけだが、その周囲にマジックサークルが展開する。
その、次の瞬間――。
凄まじい速度でゴーレムの右拳が、前腕部ごと射出された。
だが、当たらない。俺が避けたのではなく、発射の寸前にゴーレムが命中するはずの軌道から僅かに横に逸らしたのだ。
空気の壁を突き破る程の加速度で射出された質量の塊は――俺の少し背後の砂漠に着弾して、凄まじい轟音と共に地面を揺るがし、後方に向かって砂塵を爆ぜさせる。
もうもうと立ち込める砂埃の中に、緑の光。射出された拳の方も使い捨てというわけではなく、撃ち込まれた位置から俺の方に狙いを定めているようだ。
また拳ごと飛んでくるのか。それともあの位置から魔力弾を放ったりできるのか。それは定かではないが、相当な戦闘能力を備えたゴーレムであるらしい。
音速をぶち破った瞬間に衝撃波――ヴェイパーコーンが発生していたが、それを術式で衝撃が俺に届かないように制御していたな。本当に警告、というところか。
「まだ、大丈夫」
と、それを見ているみんなにまだ動かないように伝える。
ゴーレムは残った左腕で俺を先程と同じように指差すと、先程より速い間隔で高い音を断続的に響かせる。
ウロボロスの石突を砂漠に突き立てて、ゴーレムを真っ直ぐに見やる。
すると……ゴーレムの「顔の部分」が、俺の行動を訝しむように斜めに傾いた。意志疎通はできる、か?
「別に戦いに来たとか、遺跡を荒らしに来たわけじゃないんだ。話を聞いてもらえると嬉しい」
翻訳の魔道具も併用しつつ、古い時代の言葉でそう伝えると、ゴーレムの発していた警告音が止まる。左の拳と、射出した右手の掌はこちらに向けられたままではあるが。
そうだな。まずは……。
「名前はあるのかな? 俺は、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアというんだ。翻訳の術式があるから意志疎通もできると思う」
とりあえずは基本に則り、自己紹介からだな。名前を聞いてこちらの正体を知った事で攻撃を仕掛けてくるなら、ゴーレムが――というよりはそれを使役している者が現在の状況を把握していて、交渉が難しいという事の判別には繋がる。それでいて、こちらの目的はまだ向こうに伝わらない。
遺跡の正体を知っていれば、俺が調査に来る理由として説明がつくからだ。
その時はその時で、策も考えている。現状と違う部分を察して様子を見に来たのなら、一旦地形を崩してその中にモニュメントを紛れ込ませてしまえばいい。モニュメント自体に意味は込めているが、それ自体は無害なのだし。
ゴーレムは……俺の言葉に構えを維持したままで、金属音とも違う、変わった音を発する。断続的に聞こえた音を繋ぐと「カストルム」と言ったようだ。
これは……合成している発信音自体に意味があるのかな。製作者とは独自の合成音で会話や暗号等のやり取りが可能だった、とか?
いずれにしても、対話が可能という事で可能性は少し絞り込めてきたか。
先程の警告の際に展開したマジックサークルを見る限り……月の系譜の技術系統だった。だが……恐らく、魔人側ではない。魔人側の遺したものであれば、侵入者にわざわざ事前に警告をするようなまどろっこしい事はしないからだ。
だとするなら七賢者側。或いは
「カストルムか。ええと。使役している人はいるのかな? 俺の名前に聞き覚えがあれば、交渉もできるかなとも思うんだけれど」
そう伝えると、カストルムは否定の意味を込めて音を発する。
主人はいない、と。そうか。では、任務を与えられたままになっているという事だろうか。思案を巡らせていると、カストルムが続けて音を発した。
自分はこの土地に誰も入らないように守っている。それがすべき事だ。このまま去ってくれると、無闇に傷つけなくて済むから嬉しい――と。それは……何というか。
「命令をされたわけでもないのに、何のためにそんな事を?」
そう尋ねると――カストルムの身体が少し揺らぐように反応を示した。少し俯いて、短い間隔で合成音を鳴らしながら思案しているように見える。
少し……予想外な反応だな。自分がここにいる理由が分かっていないのか。それに今、嬉しいと言った。製作者や命令、目的といった情報は欠落しているのに、感情が、ある?
「……付喪神の類、か?」
推測を口にすると、カストルムは首を傾げてこちらを見てくる。
「長い年月を経ると、生物でなくとも自我が目覚める事があるんだ。丹精込めて造られた魔法生物なら、より目覚めやすい、かも知れないね」
そう答えると、カストルムは目を瞬かせるように光を明滅させるのであった。
戦闘能力は高そうだが……少なくとも邪悪ではないように見えるな。推測が合っているなら七賢者絡みだと思うし、尚の事、上手く説得したいところではあるのだが、さて。