番外1208 砂中に眠る
隠蔽フィールドは展開したまま。砂の上を滑るように移動していき、目的の場所の近くまで移動する。
砂の中に埋まっているそれの魔力反応は――まあ何というか近くに行っても少し奇妙な形で、歪な球型をしているように感じられた。
「魔力の反応は――弱いって言うよりも抑えられているか隠蔽されているか。まだ魔法の装置として十分動く……ように思う」
そう言いながら魔力反応を感じられた部分を空中に映し出す。光のフレームで構築してみたが要領を得ないところがあるな。
「やはり……心当たりがありませんな」
と、オズグリーヴが首を傾げる。その言葉にテスディロスも口を開く。
「危険物の可能性は?」
「それは何とも言えないけれど――ん」
ほんの少し――埋まっている何かの魔力反応が強まる。周囲にゆっくりと波紋を広げる様に魔力が広がった。砂中を伝って建材や、空中へ。
「これは――」
魔力ソナーに酷似した、何か。
咄嗟に微弱な魔力を展開して、みんなを覆い、広がってきた波紋に同調するようにして、後方に流す。
突然の事なので一瞬冷や汗をかいたが……。大丈夫だ。反射による探知はされなかった。
広がった波紋はシリウス号にも届いて戻ってくるが――反射した魔力が到達するまでの間にフィールドを展開して、砂中のそれに魔力が届かないように打ち消しておく。逆に砦等に当たって戻ってきた波紋は同調させて流す事で俺達を素通りさせるようにして返してやる。
魔力ソナーと同様の原理であれば、今ので探知する事は出来なかったはずだ。反射してくる魔力から周囲の状況を探知する、というものだから、打ち消したという事は魔力の波紋が何にも当たらず戻って来なかったというように偽装するものだ。
「っと。今のはちょっと驚いたな」
察するに定期的に反応を強くして魔力ソナーを放つ、といったところか。砂中の物体の、一瞬大きくなった魔力反応はまた小さくなっていき、先程と同様の抑えられたものになっている。
「今のは――」
少しオルディアが表情を険しくする。
「もう少し距離を取ろうか。魔力を放って周囲の状況を探ってるみたいだ」
ウィズの分析で先程の魔力の広がり方を分析し、俺が対応すればシリウス号も探知されなくなる位置関係へと移動する。
砂中の物体。俺達。シリウス号という位置取りだな。俺がソナーを打ち消せば広がっていくソナーの穴をシリウス号がすり抜ける、という具合だ。
それをみんなに説明してから今後の方針を練る。
「問題は――あれが砦にも届いていたって事だね」
『今まで無かった物体が置かれると、様子を見に来る……かどうかはともかく、何らかの反応を示す可能性がある、というわけね』
ローズマリーが言う。
「そういう事になるね。建築物に同化させて誤魔化す事はできるけれど、儀式の時は魔道具を展開させないといけないからな。その時に邪魔が入っても何だし、砂中のあれはもう少し観察と分析をする必要があるかな」
どのぐらいの間隔でソナーを打つのか。異物を発見した時にどう動くのか。それらは調べておく必要があるだろう。
場合によっては然るべき処理をしておかないといけない。この場所は遺跡が地上に露出しているから、何かの拍子に人が訪れてきた場合にその人物が危険に晒されてしまう可能性がある。
「では――囮になりましょうか?」
その辺の事を説明すると、オズグリーヴが提案し、カルディアも声を上げて、その方法をするのなら自分の方が適任の可能性もある、と言ってくる。
カルディアの考えを聞いてみると……確かに、納得のできるものでもあるな。
「まだ少し慎重策で行こうか。大きな可能性と能力から言ったらオズグリーヴかカルディアのどちらかが接触してみるっていうのは、良い対応だとは思うけれどね」
そう言うとオズグリーヴとカルディアは揃って頷く。
囮役の代わりという事で、土魔法でブロックを構築し、それを砂の上に落としておく。相手の魔力ソナーの頻度と精度を観察する用途があるな。
「後はまあ……シリウス号に戻って見ていようか。魔道具の設置は順調に進んでいるし、どこかで食事をとったりする必要もあるからね」
バハルザード国内の拠点跡地は回ったので、一先ず今日の分は終了、としても良い。まあ、ソナーを打つ間隔次第だな。
「向こうの探知はどうなさいますか?」
「操船席にいればそれも含めて対応できると思う」
オルディアの質問にそう答えると、同行している面々が納得したというように頷く。
では、艦橋に戻って観察を続けるとしよう。
動きがあったのは艦橋で食事をとり終わり、現状の確認を行いつつも、今後の方針や対策についての話をしていた時のことだ。
シリウス号は迷彩フィールドに加えて先程のソナーを打ち消す術式を展開して船体を覆っていたが――そこに僅かな揺らぎを感知する。波紋が飛来した際にこちらは感知できるようにしていたわけだな。
「探知の波紋が広がったみたいだ」
そう言うとみんなの視線が水晶板の一点に集まる。
下部モニターの内一つは、それが埋まっている部分を大写しにしていたのだが――そこに変化が起こる。砂が盛り上がって、何かが地上に出てきた。
「あれは――」
「ゴーレム、か?」
ウィンベルグとルベレンシアが声を漏らす。
……そうだな。砂の中から出てきたのは何かしらの魔法生物だ。楕円形をした物体だが緑色の魔力のラインが走っている。
一部が展開して手足を伸ばす。伸ばす、というのは正しくないか。手足のように見えるパーツは胴体部からは独立して宙に浮かんでいて、関節部等が存在していない。マニピュレーターらしき機構は備えているが。
その謎のゴーレムは俺が砂の上に落としてきた石に向かって軽く跳躍して移動する。重そうな見た目ではあるが動きは軽快だ。着地した時もあまり重さを感じさせない。石をその手に取って周囲を見回したりしていたが――瓦礫の欠片が落下したものではないと判断したのか、少し移動しながらも幾度かソナーを打っている様子であった。
だが……ソナーに反応がないからか、ゴーレムは移動した先に腰を下ろして、手足を胴体部に格納してしまう。緑の魔力の輝きが薄れて、さながら遺跡の一部として最初からその場にあったかのように動かなくなってしまう。まあ、今後もソナーは放つのだろうが。
『監視か……或いは警備する任務を負っている、のかしら?』
ステファニアがその動きを見て言う。
「確かにあの動きはそう見えるね」
誰が何の目的でゴーレムを配置したのかはまだ何とも言えないが、監視や警備というのは当たっているように思う。定期的にソナーを打つような行動をしていて、不審な物を見つけたら確認にきたわけだからな。
誰がと考えた場合、可能性としては大きく分けて3つ程だ。
まずこの場を本拠地としていた魔人側が遺した可能性。ベリスティオやオズグリーヴとて、魔人達全体の動きを把握しているわけではないからな。盟主が敗れた後にこの場所に何らかの目的でゴーレムを配置した可能性はある。
次に……七賢者が遺した可能性。盟主のいた本拠地という事で再結集等を警戒して戦いの後にゴーレムを送りこんでおいた、というのは十分に考えられる。この場合は監視兼刺客、というところか。
最後の可能性としてはどちらとも関係がない場合。例えば……この場所を根城にしている魔術師等がいて、監視等の役割を負わせている、といった可能性が考えられるか。
魔人側か七賢者側が配置したとするなら……実際にゴーレムを解析して見れば分かるな。ハルバロニスと月、ベリオンドーラの魔法技術は根が同じだからだ。
時代時代によって失われた技術があるし、最近のものかそうでないかは解析すれば判別が可能だろう。
オズグリーヴとカルディアとしては、どちらかに縁があるなら自分達が接触する事で攻撃を避けられる……かも知れないと提案してきたわけだな。
第三者の手によるものなら少し面倒だが……いずれにせよ今後の危険や儀式のためにも確認はしなければならないな。