番外1206 砂漠の奥地にて
隠蔽フィールドを展開しつつ直線の航路を高速で進んで行けば――。ヴェルドガル南部へと移動していくにつれて眼下の景色が変わっていく。
デボニス大公ことバルトウィッスル領はヴェルドガル南部にあるので植生も少し北部とは違う。国境付近には山岳地帯が広がっているし、そこを抜ければ気候も大きく変わり、更に景色も違ってくるだろう。
「というわけで、今回はご挨拶に伺えないのが少し残念ではありますが」
『ふふ。領内の通過を知らせてくれたというわけですな。律儀な事です』
通信機で連絡を取り、中継映像でデボニス大公と話をする。余人に漏らせないので隠密行動を取る、というのはデボニス大公とフィリップ夫妻も先刻承知している。その辺の事情もあってこうしてバルトウィッスル家には連絡を取れるわけだ。
『今回はあまり支援できる事はないようですが――ファリード陛下も承知していらっしゃるのであれば、人側との間に大きな問題はないでしょう』
『放棄された場所が多いとはいえ、人里から離れています。皆さん怪我をしないよう、お気をつけて』
「ありがとうございます。みんなで無事に帰りたいので安全性を重視したく存じます」
モニター越しに一礼し、少し近況についての話をする。
大公家とその家臣達についてはその後大きな問題もないとの事だ。王家、公爵家とも関係は良好であるらしい。メルヴィン王の引退に合わせてデボニス大公も引退を考えているとの事で。
『引退後も政に影響を及ぼしていては意味がありませんからな。趣味にでも打ち込みたいものです』
『そうなると、私は父に心配をかけないようにしなければなりませんな』
と、そんな風にデボニス大公とフィリップは穏やかな調子で教えてくれた。
それから少し世間話をしてからデボニス大公とフィリップは執務に戻っていったのであった。
話をしている間にもシリウス号は進んでいて、山岳地帯を抜けてステップ地帯へと進む。位置的には既に国境を越えてバハルザード王国内に入っているな。
この辺はバハルザード王国に連なる部族達が放牧したりして暮らしている地域ではあるか。季節によって移住したりもするようだが。
「うむうむ。彼らの暮らしも見られるかも知れんのう」
その辺を説明するとルベレンシアはカルディアにモニターの使い方を説明しながら眼下の景色を拡大して見せていた。カルディアもふんふんと頷きながら隣に陣取りモニターを尻尾の先で操作して遊牧民の姿を探しているようだ。
竜族且つ魔法生物という事で、ルベレンシアとしてはカルディアに親近感が湧いたりしているのかも知れないな。
普通ならば街道沿いを飛んでバハルザード王国の都へ向かうところではあるのだが、今回は辺境や人里離れた地でモニュメントを設置していく事となるため、離れていく航路を取っている。それでも……平原部の遊牧民の姿は見る事ができたかな。
そうしてかつての会合場所を目指して進んで行けば――やがて草もまばらになり、砂漠地帯に突入していく。
「かつては……ベリスティオ殿が版図を広げた場所ではありますな。我らは砂漠で活動するにあたり、水源を拠点とせずとも動くことができたので、敢えてそれらを避けたり、離れつつも攻撃できるようにしている部分があります。バハルザードに点在するかつての会合場所は、そういった拠点が元になっているのですな」
オズグリーヴが教えてくれる。
「攻められにくく守りやすくするため、というわけですか」
「その通りです。本拠地に攻め入ろうとしても他の拠点から挟撃ができますし、攻め込む側としては水源が遠かったり守りにくかったりするので兵站に苦労する、というわけですな。氏族ごとに分かれて守る事で」
魔力溜まりで凶暴化した魔物を対象にしても負の感情で食料確保ができるから、全体的に魔力溜まりも望める位置につけている傾向があるな。空を飛ぶ事ができるのも、拠点と拠点の間隔を広く取れる。更に版図を広げるつもりでいたのだろう。氏族ごとに分かれたのは魔人達の種族的な事情もあっただろうが。
オズグリーヴの隠れ里に関しては魔力溜まりを基準にする点、それらを踏襲しているが更に奥地へ踏み込んでいる。人々だけでなく同族からも身を隠す為、ではあるのだろう。
ともあれ、そうして水源に依存せずとも拠点構築をして防衛能力を上げていたベリスティオだが、七賢者はそこを結界術で分断する等、通常の戦法とは異なった方向と技術で攻略してきたわけだ。通常の軍に対する備えとして強力だったのは間違いないから、そこは良し悪しや相性というべきか。少数精鋭であってもベリスティオに対抗できる人材を揃えるのは難しかっただろうし。
いずれにしても今から向かうのはそうした場所だ。魔力溜まりも近くて人里離れているので、魔物に対しても警戒が必要だな。
「魔物、か。今から向かう場所はまだ大丈夫そうだが、基本的には戦闘も避けたいところだな」
テスディロスが顎に手をやって思案しながら言った。
「確かに。まだ機能している会合場所付近での戦闘は避けたいね」
魔人達に発見されるリスクも増えてしまうからな。バハルザード国内のほとんどはとっくに放棄された場所という話だから、その点まだ行動しやすくはある。
やがて――風景も完全に荒涼とした砂漠になる。段々人の気配もなくなって行く。生命反応も小さな野生動物や魔物がまばらにいるばかりだ。
そうして……かつて魔人達の拠点だった場所が見えてくる。高度と速度を落としつつも隠蔽フィールドは維持。最初に目指していた場所だな。
周囲は見渡す限りの砂漠だ。オアシスや魔力溜まり等を目安に位置を決めたという事なので、目印の無い砂漠であっても割と正確な座標が分かっている。
生命反応は――今まで通過してきた場所と変わらず。魔力溜まりが近いと言っても比較すればの話なので極端に魔物が多いわけでもない。
「生命反応を見る限りなら……一先ず降りても大丈夫そうかな」
「お供しましょう。魔人達が周囲にいた方が不意の遭遇になっても話を通しやすいと思われますからな」
俺の言葉にオズグリーヴがそう言うとテスディロスも頷いて立ち上がる。
では――そうだな。隠蔽フィールドは維持したままで、船から降りてモニュメントを設置しに向かうとしよう。
シリウス号を空中に停泊させて、指定した座標に向かって甲板から降下していく。砂漠とは言え、なるべく俺達がここにやってきた痕跡も残さない方が良いということで、地面までは降り立たずに空を飛びながら作業をしていきたいところだ。
地表付近でシールドを展開してそれを足場に立つ。
見た目には何もないように見えるが――砂地に軽く手を触れさせて魔力ソナーを撃ち込んでみれば……砂の下に石材が埋もれているのが見て取れる。
……放棄された拠点が崩れ、風によって巻き上げられた砂に飲まれてしまったものだと思われる。
「どうやら、ここで間違いないみたいだ。地中に当時の魔人達の造った遺跡があるのが分かる」
地中に感知したものを幻影で小さく映し出して見せる。色合い等は不明なので光のフレームで構成されたものではあるが。
「かつては石造りの拠点があったということですか」
オルディアがそれを見て感心したように言う。
『ハルバロニスの建築様式に似ている部分もあるわね』
「第一世代の魔人も多かっただろうからね」
ローズマリーの言葉に頷く。まあ……砂に埋まっているとは言え遺跡があるのだ。その石材の質感、素材に合わせてモニュメントの外装部分を偽装しておくのが良いだろう。
シーカーに潜ってもらい、色合いや質感を確かめてから魔道具の外装を調整し、砂の中に浅く埋めておく。……よし。これで最初の地点は大丈夫だろうか。調査の痕跡を消してからあちこちの会合場所を回っていくとしよう。