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幕間6 廃都の戦い

「……鍵の間が占拠されただと?」

「はっ。どうにもガルディニスが帰還しないことに焦りを覚えたらしく……」

「馬鹿共が」


 ザラディの報告を耳にしたヴァルロスは吐き捨てる。

 ガルディニスの腹心は、元よりガルディニスが結果を出して戻ってくればそうするつもりだったのだろう。

 だが、待てど暮らせど肝心のガルディニスは帰ってこない。そして自身とその派閥はヴァルロスとザラディに警戒されている。

 だから連中の軽挙はガルディニスへの忠誠の表れか、それとも主人への畏れか。何もしないで座して待つことができなくなったからこその行動なのだろうが……。


 ヴァルロスが危惧していたのはミュストラの管理する最後の霊樹園への攻撃を行うと示唆され、封印を人質に取られることである。

 霊樹に対する攻撃は契約違反と見做される。封印解放のために費やされた時間が水泡と帰すのは避けたい場面であった。

 故に利害が一致し、ある程度信用のおける賛同者達を集めて霊樹園への警戒は行っていたが……。


「だから、鍵の間か」


 篭城するには良い場所だろう。戦いになったとしても、鍵の間の破壊を恐れてヴァルロスが存分に暴れることができないと見積もっているのだろう。


「小賢しい」


 ヴァルロスが立ち上がると、ザラディが続く。


「どうなさいますかの?」

「捻り潰すほかに、することがあるのか?」

「ほっ」


 ヴァルロスの言葉にザラディがにやりと笑う。

 居室を出て、鍵の間へと向かう。ベリオンドーラの回廊を歩いていくと、ミュストラが笑みを浮かべて壁に寄りかかっていた。


「聞きましたよ。鍵の間が占拠されたそうですね」


 聞きつけて霊樹園から出てきたのだろう。脇道から続いているのは、ミュストラの担当している霊樹園へ向かう回廊だ。


「そうだ。今から潰しに行く」

「ほう。それはそれは」


 ヴァルロスの剣呑な言葉に、ミュストラは相好を崩した。


「貴様の首尾は?」

「もう少しでしょうか。ですがあなたの計画では、鍵の間も必要になるのでは?」

「場合によりけりだな。最悪、鍵の間は破壊されても構わん」

「なるほど。ザラディ殿ですか」

「そういうことだ。他の手も打っているしな」


 そう言って横を通り過ぎようとするヴァルロスに向かって、ミュストラは言う。


「私もお手伝いしましょうか? ザラディ殿は守りに長けたお方。鍵の間より重要とあらば、ザラディ殿には霊樹園近くで防衛についていただいたほうが適材適所というものです」


 そう言ってから、ミュストラは笑う。ヴァルロスは胡散臭げに眉をしかめたが肩を竦めて答える。


「……いいだろう。ザラディ、聞いていたな?」

「はっ……御武運を」


 ザラディは一礼すると霊樹園に繋がる通路へと歩いていった。

 ヴァルロスとミュストラはそのまま言葉を交わさず、鍵の間へと向かう。

 石柱の立ち並ぶ回廊を抜け、やがて見えてくるのは黒々とした巨大な石門であった。

 石門の前に、魔人達の集団がヴァルロスらを待ち受けている。何重かに陣を作っているようだ。隙あらばヴァルロスの寝首を掻こうと狙っていた連中である。


「ヴァルロスが来ました! ミュストラも一緒です!」


 1人の魔人が呼び掛けると、鍵の間の奥からガルディニスの腹心、アズラベルグが姿を現し、叫んだ。


「そこで止まれ!」


 ヴァルロスは目を細めると、牙を剥きだして笑う。


「ガルディニスの策も、肝心の主が戻ってこないのであれば台無しだな」

「黙れ! 我が主が人間如きに負けるものか! 貴様こそ、今の状況を分かっているのか!? 我らにはこれだけの数の賛同者がいる! こうして鍵の間を背にし、地の利は我らにあるのだ。大人しく鍵を明け渡し、我らに権限を――」


 アズラベルグの言葉は途中で遮られた。ヴァルロスが無造作に振った手から放たれた、黒い閃光のようなものが石門に亀裂を刻んだからだ。

 アズラベルグは呆然とした面持ちで、ヴァルロスを見やる。


「何故……お前らを監視しながら泳がせていたか分かるか?」


 そう言って、目を見開き牙を剥く。それはまるで人の形をした猛獣のような笑みだ。魔人らしくない魔人と言われながらも、種の暴虐さを体現するかのような笑みに、魔人達の間に戦慄が走る。


「俺に反感を持つ者の中で、ガルディニスの派閥に属さぬ連中に結集してもらうためだ。膿を絞り出すなら纏めてからが良かろうと思ってな。面従腹背であれど、魔人ならばと考えていたが、牙を剥いた以上は見逃してやるほど甘くはないぞ?」


 監視の目を向けられているのは、アズラベルグとて百も承知。

 主人不在で警戒されている状況だからこそ、粛清と反乱の両方を恐れた。ヴァルロスの集めた者達とは関係のない、戦闘能力に優れた魔人達も身内にいて……彼らはガルディニスには従えど、アズラベルグが先々まで抑え切れるかは怪しい。言うなれば――ガルディニスが戻ってこない状況に、アズラベルグの緊張の糸が先に切れてしまったのだ。

 だからこそ、ガルディニスの帰還に呼応して動くはずだった策を、実行してしまっている。


「見せしめと結束のための粛清という形になってしまうか。残念だな」


 ヴァルロスが身を屈めたと思うと、影さえ留めないような速度で突っ込んでくる。

 最初に触れたのは、先頭の陣にいた魔人。


「ヴァル――」


 腹部を突き上げるような掌底。打たれた魔人は木切れを暴風が舞い上げるように回廊の天井を突き破り、宙を舞う。その腹部には瘴気の(わだかま)り。いかなる力によるものか、ヴァルロスが頭上に掲げた拳を握ると、それに呼応するように魔人の腹に大穴が穿たれる。


「げはっ!?」

「ひっ!」


 手刀。無造作に放たれたように見えたその一撃が、瘴気による防壁を物ともせずに魔人の胴ごと輪切りにしていた。呆然としている手近な者を捕まえて、文字通りに捻り潰す。


「馬鹿な!?」


 アズラベルグが目を見張る。

 防壁を張るのが得意だと。そう言っていた魔人だ。実際篭城と時間稼ぎに向くからと前面に配置したはずなのに。それをただの一撃で屠るというのは――。


 幾らなんでも異常な攻撃能力。瘴気剣でも形成しているのなら防壁ごと断ち切るというのはまだ分かる。だがヴァルロスは片手に薄い靄のような瘴気を纏っているだけ。アズラベルグの知る常識を凌駕した光景に、理解が追い付かない。


 或いは、これがヴァルロスの能力――。ガルディニスやルセリアージュ、ゼヴィオンら、上位の魔人のみに許された、超越者の力。

 魔人同士の戦いに、祝福であるとか循環であるとか、瘴気特性を軽減するようなものはない。本来の地力が問われる戦いになる。それは分かってはいたが、だからと言って、これは――。


「てめえっ!」


 瘴気剣を形成した魔人達がヴァルロスに突っかける。ゆらりとヴァルロスの身体が揺らぐ。その体捌きは明らかに研鑽を積んだと思わせるものであった。

 切りかかった3人の魔人は、剣を合わせることもできずにすり抜けられたことに愕然とする。そして、そこまでで全てが終わっていた。


 顔面、心臓の上、そして延髄。そこに蟠るは暗黒。すり抜けると同時に、触れて残したヴァルロスの瘴気。

 ヴァルロスは無言で手を握る。ヴァルロスの残した暗黒を中心に、抉りとられるように魔人達の各部位が喪われる。遅れて、絶命した魔人達の身体が塵と帰す。


「ひ、ひいっ!」


 その光景に恐怖が勝ったか、ヴァルロスの脇を抜けて逃げ出す魔人達。ヴァルロスはつまらないものを見るように彼らを横目に引っ掛けたが、黙って見送る。自分が手を下さずとも逃げられないと承知しているからだ。


「おやおや。どこに行くのですか?」


 それを待ち受けていたのは笑う魔人――ミュストラであった。

 ヴァルロスとはまた違う、緩慢な動き。身体から立ち昇る、得体の知れない瘴気。


「どけっ!」


 恐慌を起こしかけた魔人がミュストラに瘴気弾を放つ。ミュストラも瘴気弾を放って応じる。腕を交差させて防御。瘴気弾を撃ち込むと同時に、先行した魔人の背後からもう1人が飛び出し、瘴気剣をミュストラの心臓目掛けて突き込んだ。ミュストラは――それを避けもしない。

 深々と瘴気剣が突き刺さる。その手応えに魔人は会心の手応えを覚え、笑みを浮かべる。


 瘴気弾を受け止めた、後ろの魔人から悲鳴。何事かと振り返り、そこに信じられない物を見た。


「う、おおおああっ!? 俺の腕、腕があっ!?」


 まるで飴細工でも溶かすように。魔人の右腕と左腕が交差したままの形で融合してしまっていた。


「はは、残念でしたね。即席にしては中々でしたよ」


 そんな馬鹿なと、剣を突き込んだ魔人は自分の笑みが引き攣ったものになるのを自覚する。視線を戻せばミュストラもまた、心臓を貫かれたままで笑っていた。楽しそうに。愉しそうに。

 そう、喜んでいる。喜悦に歪んだその目は、目の前の自分でどうやって遊ぼうかと、吟味し、舌なめずりしているのだ。

 瘴気の特性。間合い。死地。狂った笑み。瘴気剣を手放し、離脱しようとする。だが逃げ切れない。どこから攻撃が来たのか。全身を四方から何か黒い槍のようなもので串刺しにされていた。


「たまには同族の恐怖というのも悪くないものですね」


 そう言って肩を竦めて笑う。残された者達には、言葉もない。

 魔人達をしてなお、あまりにも悍ましいと感じさせる、その能力。腕を融かしたそれと、四方から槍衾を放った能力。一部始終を見ていたのに、瘴気特性の正体が掴めない。


 ヴァルロスが嵐のような暴虐を体現する魔人ならば、ミュストラもまた魔人の一面が具現したかのような魔人。留まるも進むも、地獄であった。


「う、撃てっ!」


 魔人達がヴァルロス目掛けて大量の瘴気弾を叩き込む。しかしそれはヴァルロスの瘴気に触れた瞬間、あらぬ方向へと弾かれ、後ろへと流されていってしまう。

 ヴァルロスの周囲に暗黒の瘴気が球体となって浮かび、その周囲をぐるぐると回る。翳した手から黒い閃光。同時に球体からも閃光の照射された場所へと、暗黒の雷撃が突き刺さる。


「正気か貴様っ!? 我らの背後に何があるか分かっていて……!」

「多少惜しくはあるが、無くなっても構わんさ。霊樹園とは比較するまでもない」


 ヴァルロスはことも無げに言う。

 薙ぐ。薙ぎ払う。築いた陣が。魔人達が。粉々になって吹き飛ばされていく。


「おのれ……! おのれおのれおのれえええああっ!!」


 アズラベルグは激昂すると身体の形状を変化させながらヴァルロスへと突進した。その姿は流線型の四足の獣。先程のヴァルロスの突進に勝るとも劣らないほどの速度。銀色の影が閃く。


「ほう」


 ヴァルロスは小首を傾げるようにして、初めて感心したような声を漏らした。頬に、小さな切り傷。瘴気を薄い刃と化し、初速から最高速度に達したアズラベルグがすれ違いざまに斬り付けていったのだ。その姿は流星。立ち並ぶ石柱を足場に、高速で反射しながらヴァルロスの斜め後ろから突っ込む。


「死ッ――!」

「甘いな」


 アズラベルグは違和感と共に、今度こそ言葉を失う。

 斜め後ろから迫ってきた瘴気の刃を、ヴァルロスはただの2本の指で止めていた。


「そんな――」


 馬鹿な、と言葉を続けるよりも速く。アズラベルグの身体が引っ張られたかと思うと背中から地面に叩き付けられていた。

 その、威力たるや。床が陥没し、周囲に亀裂が走るほどの衝撃。


「ぐはっ!」

「お別れだ」


 衝撃と激痛に悶えるアズラベルグは見る。見上げる。ヴァルロスが頭上に掲げた掌の上には、黒い火花を放つ真っ黒な球体が――。




「――いやはや。呆気の無い」


 ミュストラは命乞いをしていた最後の1人に止めを刺すと肩を震わせて笑う。

 鍵の間への回廊。そして鍵の間の内部にも、蜂起した連中に生き延びた者はいない。たった2人の魔人によって鏖殺の憂き目に遭い――後には手傷を負った見張りが残されて、呆然とヴァルロスとミュストラを見ているだけだ。

 回廊には尋常ならざる破壊の痕跡だけが残されてはいたが、魔人同士の戦いであるために、その場には骸さえ残っていない。


「楽しそうだな」

「ええ。こういうのがないと、私も今1つ調子が出ないもので。鍵の間は無事ですか?」


 ヴァルロスは鍵の間にある祭壇と、その周囲を見回して答える。


「多少の損傷はある。修復には少々時間がかかるが、まあ……何とかなるだろうさ」

「それは何より。鍵の入手が無駄骨になってしまったのでは彼女も怒るでしょうからね」


 ミュストラの言葉に、ヴァルロスは小さく苦笑する。


「だろうな。奴のほうも手が空いた。俺が封印を解いた瘴珠に関しては、タームウィルズに届けてくれるそうだ」

「なるほど。それでは、予定通りに」

「交戦は避けるように言ったが。どうなることやら」

「……ふむ。ガルディニスのご老体はやはり負けたのでしょうかね」

「そう見ている。ゼヴィオンとルセリアージュに続き、ガルディニスまで退けたとなれば……これはもう疑う余地もない」

「何をです?」


 問い返すミュストラに、ヴァルロスは目を細めて答えた。


「タームウィルズにいるのは、一種の化物だよ」

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