番外1199 王太子と王と
「此度、ギデオン王やレプラコーン族を迎える事ができて、誠に喜ばしく思う。また……新たにヴェルドガル王国の臣民となった母子達が呪いから解き放たれた事も、盛大に祝うべき慶事であろう。新たなる同盟への加入が永く続く平和と繁栄への礎となり、そしてそこに生きる者皆が、穏やかな暮らしを送る事ができる事を望むものである。その前途を祝し、宴の席を設けた。皆存分に楽しんでいって欲しい」
メルヴィン王の口上が響き――そうして「我らの前途に!」という言葉と共に酒杯が掲げられると、騎士の塔のテラス席や迎賓館に居並ぶ面々が酒杯を掲げた。
「我らの前途に!」
皆の声が響き渡り、乾杯が行われる。同時にラッパが吹き鳴らされて、騎士団と魔術師隊が動き出した。飛竜隊、地竜隊の面々が――今回は旗を持っているな。騎乗している飛竜、地竜に当たらないように旗をたなびかせながら器用に振り回す。そこに魔術師隊が光魔法で煌めきを追随させて……まるで旗が光の粒を導いているかのような動きを見せた。
「おお……。凄いものですね」
ギデオン王が目を輝かせ、ドナが催し物に目を奪われながらこくこくと頷く。
イスタニア王国とレプラコーン族の主だった面々、エスナトゥーラとルクレインといった顔触れは、今回の宴会の主賓という事で騎士の塔のテラス席に呼ばれている。
手狭になってしまうので残った面々は迎賓館という事になるな。
そうしてテラス席にいるギデオン王やドナ達が目を奪われている出し物であるが……騎士達の研鑽もさることながら魔術師隊の光魔法の制御も結構な訓練を積んでいるのが見て取れる。複数人で魔力の放出と制御、維持を役割分担し……遠隔でも複雑な動きに対応できるようにしているわけだな。
騎士達の決まった動きに合わせるといったものだろうが、実戦でも応用が利く技術にしている。
「あの辺の魔法制御はテオドール公の影響が大きいのです」
「納得です。テオドール公の魔法は戦闘用の大技もさることながら、細かい部分で目を見張る精度をしていますからね」
ジョサイア王子の言葉にギデオン王が同意する。転移門の魔法建築も楽しそうに見ていたからな。ギデオン王も魔術師だから細かい制御技術だとか、そういうところに目が向くというのは分かる。
「これに関しては魔術師隊の皆さんの研鑽によるものです。それでも刺激になったというのであれば光栄な事ですね」
ジョサイア王子とギデオン王の会話に笑って応じる。王城の騎士団や魔術師隊には、あまり政治的な影響力が出ないように敢えて距離を取っているというのはあるからな。
騎士団ならばミルドレッドやメルセディア、チェスターといった面々とは繋がりもあるがそれも騎士団と、というよりは王家との繋がりであったり、討魔騎士団において構築した関係と言った方が正しいか。
そうして迎賓館でもエスナトゥーラの氏族達が催し物と料理を楽しんで……幼い子供達も魔術師隊が光の粒を飛ばして見せると機嫌が良さそうにそれに向かって手を伸ばしたりとはしゃいだりしていた。
「王城の楽士さん達も魔力楽器を色々使いこなしているのね」
「良いわね。新しい音色を主題にした曲のようだわ」
イルムヒルトが楽士達の演奏を聴いて笑顔を見せるとクラウディアも頷く。
演奏される曲も既存の曲に新たなパートが追加されていたり、魔力楽器の音色を主題にした新たな曲目が増えていたりするな。騎士団や魔術師隊もそうだが更に創意工夫がなされているのが見て取れる。
イスタニアは海の幸が豊富なので、食材はどちらかというと陸の物を中心にしたメニューを用意したようだ。陸とはいっても迷宮産の食材なのでタームウィルズならではのものである。騎士団の訓練地として樹氷の森が選ばれるのは継続されており……それによってマンモス肉が饗されたりしているからな。
この辺も好評であったようだ。やがて王城での歓待と食事も一段落し、続いてはギデオン王を連れてタームウィルズの街中に向かうという事になった。ギデオン王の場合は視察という事になるし、エスナトゥーラ達にとっては観光と言えるだろうか。
ギデオン王の乗る馬車にはジョサイア王子が同乗。俺達の乗る馬車とエスナトゥーラ達の乗る馬車、車列の馬車を中継映像で繋げて、必要に応じて切り替えられるようにしてある。
そうして街中の見学に繰り出す。ヴェルドガルの税制であるとかこれからの展望であるとか、観光の合間にジョサイア王子は真面目な話も語ってギデオン王と言葉を交わしていた。
ジョサイア王子は王位継承者という事もあって、内政関係にももう関わっている。地に足がついているというか無理せず手堅く堅実に、という印象だ。
『まあ……実務の方針としては少し面白みに欠けるかも知れませんね。その点、テオドール公や弟のアルバートが面白い発想で技術開拓をしてくれていますから。問題が起きた際の対応力もあるということで、役割分担ができて良いのかも知れませんが』
「メルヴィン陛下とジョサイア殿下がいて下さるから僕達としても安心して動けるというのはありますね。お二方とも、堅実でありながらいざとなれば柔軟ですし」
そんな風に答えるとジョサイア王子とギデオン王は笑みを浮かべる。
『素晴らしい事です。私も為政者の端くれとして、色々学んでいきたいところですね』
と、そんなやり取りを挟みつつ街中を色々と見て回る。
『様々な種族を受け入れていると聞いていましたが本当にそうですね……! 親近感が湧くと言いますか』
ドナとしてはタームウィルズの住民達の多様さも気になるところであるらしい。迷宮の存在や月女神との契約と神託もあり、冒険者にも寛容ということで、今のように様々な種族がいる都市になったからな。イスタニア王国もレプラコーン族との絆を大事にしているし、親近感が湧く部分もあるだろう。
街中の様子についてはエスナトゥーラ氏族の面々も気になるようだ。フォレスタニアと併せてこれから暮らしていく場所になるからな。興味が尽きないというのもよく分かる。
街中であれこれ見学して話を聞いたりしてから、最終的に神殿前広場に車列は到着する。このままフォレスタニアを視察しつつ、ギデオン王とレプラコーン族はフォレスタニアに数日宿泊。その間、今後に関する話し合いの会合等の場を設けつつ、温泉や植物園、劇場に足を運んだりといった予定を組んでいるのだ。
馬車を降りて月神殿へと向かえば、ギデオン王やレプラコーン族来訪の歓迎という事でアウリアやペネロープが姿を見せていた。
マルレーンが嬉しそうに笑みを見せるとペネロープもにっこりと笑みを返したりして、そうしてギデオン王に一礼し、来訪を嬉しく思いますと歓迎の言葉を伝えたりしていた。
そうして螺旋階段を下りていき、迷宮入口の前に到着する。
迷宮については有名だからな。ギデオン王だけでなくアラン達も地下一階部分に続く入口や、迷宮各所に飛べる石碑については噂を聞いているとの事だが、興味津々といった様子だ。
「ふふ。武官たる者、迷宮に一度は潜っておいても損はないかも知れませんな」
と、ウェズリーがアラン達の様子を見て笑う。ウェズリー自身は若い頃に迷宮に潜った事があるそうで。その時は宵闇の森を目指したという話だ。
「確かに、迷宮探索も体験しておきたいところですね」
アランもそんな風に笑って頷いていた。その言葉にギデオン王も思案していたから、案外そうした時間も作れそうな気もするな。
というわけで一旦集まってもらって、石碑からフォレスタニアへと飛ぶ。では――フォレスタニアの街を巡りながら城へ向かうとしよう。