番外1195 望む未来は
さて……。では儀式に関して打ち合わせてしまうか。今日……この後の予定は特にないので、こちらとしては儀式を行うのに問題はない。祈るべき神格もはっきりとして手順も確立し、後は祈りの力が十分ならきっちりと解呪できるはずだ。
「皆が差し支えなければ、慰霊の神殿で儀式を行ってしまっても良さそうですね。また色々予定が入ってきますから、先延ばしになってしまっても悪いですし」
子供達の解呪は彼女達にとっての悲願だろうからな。
「ありがとうございます。では、皆に確認を取ってきます」
俺の提案にエスナトゥーラは微笑んで一礼し、フィオレットと共に氏族の者達の希望を聞きに向かった。
「こっちとしても儀式の準備であちこち連絡を入れるから、通信室に移動しているかも知れない」
「はっ」
声をかけると、フィオレットが少し離れたところから敬礼で応じる。
よし。では、俺の方も少し連絡を入れたり、儀式の準備を進めておこう。
慰霊の神殿の巫女としてシャルロッテとフォルセト。冥府にいるベリスティオを始めとしたレイス達。それにティエーラ達、高位精霊といった面々だな。
というわけで通信室に移動し、各所に連絡を入れていく。
『なるほど。承知した』
『我らも祈りの力の共鳴に集中しておこう。何分神格がまだ脆弱なのでな』
と、ヴァルロスとベリスティオ。
二人に関しては今現在、冥府下層拠点に戻ってきているようだ。
儀式の祈りの力は神格に共鳴して増幅されて戻ってくるので、当人が忙しいかどうかは関係がないのだが……そうして意識を向けてくれるというのはありがたい。
『解呪に際してはウォルドムにも連絡を入れても良いのではないかな』
と、水晶板越しに笑顔を見せるベル女王である。独房区画の看守に連絡を取ってくれるそうだ。
「――解呪の儀式については当事者の気持ちも大事な要素のようですが……幼い子供達の場合はどうなのでしょうか?」
そうした連絡が終わった頃合いを見計らって、グレイスが尋ねてくる。
「ああ。確かに、まだ物心もついていないからね。多分だけど、母親達の気持ちが強いから問題ないと思う」
子供達についてはまだ幼いので不利益であるとか感覚面であるとか、そういった事にも自覚がない。儀式における当人の祈りの増幅は望めないが、代わりに母親達の想いを届ける事ができるから問題ないだろう、と俺としては見ている。
それだけエスナトゥーラ氏族の者達の平穏な親子の生活、というものへの思い入れは強く感じるものがあったからな。俺がそう請け負うと、みんなも柔らかい表情で頷く。
「冥府からの力が届くように頑張るであります!」
「うんっ。一緒に祈るね」
リヴェイラやユイもやる気を見せていたりするな。マルレーンもそんな二人の言葉に、にこにこしながらこくんと首を縦に振る。
と、そこにティエーラ達も顕現して、シャルロッテやフォルセトもやってくる。シオン達とカルセドネ、シトリアもフォルセトと一緒に顔を見せている。
「こんにちは、テオドール」
「ああ。こんにちは」
「儀式を行うのですね」
「うん。今からで大丈夫か、全員の意思を確認してからっていう事になるけれどね」
ティエーラ達に挨拶をしたりシャルロッテの言葉に頷いたりしつつ、エスナトゥーラ達が戻ってくるのを待つ。
シャルロッテもカルセドネとシトリアと共にカーバンクル達やピエトロ、オボロ、マギアペンギンといった面々とやって来たので船着き場か中庭あたりで、一緒にのんびりしていたようだな。
みんな儀式の力になりたいと集まってきてくれたようで、ありがたい話だ。城で働いている面々、隠れ里の住民達も、解呪の儀式が始まったら一緒に祈ると言っていた。
「中継すればみんなで進められそうだね」
と、そこにエスナトゥーラ達が氏族の面々を連れて戻ってくる。みんなが通信室の近くに集まっている事に少し驚きつつも、氏族の面々に聞いてきた結果を伝えてくる。
「みんなこれから儀式で問題ないとの事です」
エスナトゥーラに合わせるように一緒に来た面々が頷く。通信機で話を聞いた各国の面々も、儀式が始まったら自分達も祈りに加わってくれるとの事である。
「了解です。当人の意志も大事ですから、改めて一人一人確認する事にはなりますが。それと、解呪と言っても危険な事は何もないので安心して下さい」
「はい」
氏族達も皆納得しているようで。俺の言葉に各々頷いていた。では、神殿に場所を移すとしよう。解呪儀式に必要な祭具等の備品も神殿に保管してあるから、向こうに移動してから準備をすればいい。
というわけでみんなやエスナトゥーラ氏族、それに中継用のシーカーを連れて、居城を出て慰霊神殿へと向かった。
神殿の祭具保管所の鍵を開けて、触媒や祭具を取りだし、祭壇に並べ、魔石の粉で魔法陣を描いていく。
そうやって準備をしながら手順を説明していく。
「というわけで――解呪を受ける方々は魔法陣の中へ。それ以外の方々は魔法陣の外で儀式に参列して下さい。儀式の間はこれからの平穏な暮らしや、家族や友達と過ごしたい未来を思い描いて祈って頂けると良いかなと」
そう伝えると、一同神妙な面持ちで頷いた。
封印術を維持する面々は魔法陣の外の列に加わり、解呪する者は魔法陣の中心へ。祭司役は俺。巫女役はクラウディア、フォルセト、シャルロッテ。これについては変わらない。浄化の魔法で身を清めれば準備は完了だ。
「では、ルクレインお嬢様をお預かりします」
「よろしくお願いしますね、フィオレット」
フィオレットが大事そうにルクレインを受け取り、腕の中に抱く。エスナトゥーラは頷くと魔法陣の外で待機する。エスナトゥーラと身重の者達は、理由が少し違えど封印術を継続する形だからな。
そうして各々配置につく。では始めよう。儀式細剣を手に、詠唱を始める。
「――我ら、ここに祈らん」
詠唱の文言と共に解呪を受ける者達、1人1人の名を呼んでいく。子の名を呼べば母親が「ここに」と答えて、腕に抱いた子供達を少しだけ持ち上げる。
「これなる者達の器と魂を縛める呪いより解き放ち、我らと彼らの平穏の内に暮らす道に、光明が示されんことを願い奉る」
祝詞の詠唱に伴い、居並ぶ面々と中継を見ているみんなが祈りの仕草を見せれば……儀式の進行に伴うように魔法陣が光を宿した。
冥府のヴァルロスとベリスティオも。そして、中層のリネット達、独房のウォルドムも。母さんやベル女王も。静かに目を閉じて儀式に合わせるように祈りを捧げる。
俺が思い描くのは母さんとグレイスと過ごしたあの日々や、結婚してからのみんなと一緒の時間だ。
そうした日々の中で感じた優しさや温かさ。穏やかさといったものが、彼女達や子供達のところにも来るようにと。そういう想いを祝詞と共に込めていく。
魔法陣の輝きがどんどん増して行き――場の魔力の高まりと共に眩い輝きが神殿内部を包んでいく。
そうして、解呪の力が最高潮に達する。魔法陣の中に居並ぶ面々が光に包まれて、ガラスの砕けるような音と共に、瘴気のような物が身体の内側から弾けて散っていく。
母親達の身体からも、子供達の身体からも。子供達は――それで泣いたりする事もなく、キャッキャとはしゃいでいる者もいて。
痛みや不快さを感じない、というのは喜ばしい事だ。全員の解呪が終わると同時に、神殿に満ちていた力が薄れていく。
「……何というか、とても穏やかな気持ちになりました」
「想像していた儀式の雰囲気とは少し……いえ、全然違ったわね」
「本当……。もっと厳かなものかと」
母親達も胸のあたりに手を当てて、解呪儀式の高まった魔力の質に感じ入っている様子であった。
エスナトゥーラも上機嫌そうに声を上げているルクレインをフィオレットから受け取り、目を細めて。ああ。子供達の調子も良さそうだな。
その光景にみんなも笑顔を浮かべる。
ともあれ、解呪もきちんとできたようで何よりだ。念のために全員の解呪ができているか、体調に問題がないかも確認していくとしよう。