番外1192 境界都市と母子達と
ウォルドムは誇り高い性格だと聞く。口に出した事を違える事はしないだろうし、積もる話でもあるのではないかと、水晶板の場所を移して船室で話をして構わないと伝えると、二人は礼を言っていた。
『積もる話……か。そういうものがあるとしたら余の方だな。グランティオスでの事はともかく、冥府でのテオドール公とのやり取りは伝えておきたい』
「ああ。それはお聞きしたいですね」
と、エスナトゥーラは頷く。
『では、俺達は待機所まで戻るとしよう』
『そうだな。この場は看守に任せる。独房区画の待機所にも中継設備はあるのだし』
ヴァルロスとベリスティオはそう言って場所を移した。
というわけでアピラシアの働き蜂達がモニターを持って、船室へとエスナトゥーラとルクレインを案内していった。
同時にシリウス号の速度を少し下げておこう。親子水入らずの時間をのんびり過ごしてもらえたら、というところだ。
「盟――ベリスティオ殿とヴァルロス殿にも感謝を申し上げます」
フィオレット達は、改めてベリスティオとヴァルロスにも挨拶をしていた。ヴァルロスは初対面だが、ベリスティオに関しては面識もあるとの事で。
『まあ……私達の事を気にする必要はない。ウォルドムも言っていたが、あまり現世に影響を及ぼすべきではないしな。後を任せようと信じたからこそ、自身の能力からも解き放たれたという経緯がある』
そうだな……。それがベリスティオにとっての解呪となった。正確にはそれに加えて冥府での戦いの助太刀に来てくれたからというのもあるが。
『ああ、それと……冥府に関しても心配はいらないと伝えておこう』
と、ヴァルロス。冥府に関してはマスティエルの後始末に絡んだ調査も一段落して平穏が戻っているようだ。ただ完全に調査を終了するというわけではなく、マスティエルが絡んだ案件についての追加調査が継続して行われる、との事で。
見落としから不都合な事が後で起こらないようにするというわけだ。
冥府に咲いた花等の様子も変わらず。母さんも冥精として修業中だったりするし、レイスの面々も負の念の解消に勤しんでいるようで、あちらの情勢は安心ではあるかな。
そうしてエスナトゥーラ氏族の子供達をみんなであやしたり、歌や演奏を聴かせたりしながら、シリウス号はタームウィルズを目指して進んでいくのであった。
「今は――そうね。育児に関する情報も城の人達で共有しているからフォレスタニアでもきっと過ごしやすいかと思うわ。元々育児に慣れている者も多いし」
「ああ……それは安心できますね」
クラウディアからフォレスタニアの状況を聞かされて、エスナトゥーラ氏族の母親達は笑顔で頷く。
ちなみにクラウディアに関しては月女神であり、ハルバロニスの民の言うところの尊き姫君本人というのも伝えてある。氏族の面々としてはその辺の事は大分気になっていたらしい。最初は不義理をしてしまったのではと、恐々としていたが、クラウディアは「気にする事はない」と笑って伝える。
「ハルバロニスと月の王家や……魔人についても和解が行われましたからね」
「そうね。だから私にあまり遠慮する事はないわ」
と、アシュレイの言葉にクラウディアが頷いて、その辺の経緯も伝えると氏族の母親達は顔を見合わせ……やがて安心したというように笑顔になっていた。ハルバロニス出身という事で、その辺の事情には詳しい面々だからな。
尊き女神にあやかりたいという事なのか、自分達の子の顔を見て欲しいと、クラウディアは勿論、俺もみんなも母親達にそんな風に言われたりして。
子供達の柔らかそうな髪を軽く撫でて「元気に育ってね」と、クラウディアが声をかけたり、みんなも子供を少し抱かせてもらって、あやす予行練習というような事になったりと、和やかな空気だ。
「ふふ。可愛らしいですね」
「ありがとうございます」
グレイスと母親が言葉を交わす。クラウディアの事をきっかけにしてお互い打ち解ける時間が作れたという印象だな。お互いの歩み寄りは大切な事なので、尊き女神に関する話や、月とハルバロニスの和解等も、話題としては良かったのではないかと思う。
俺も……子供達の髪を撫でたり、実際腕に抱いてあやさせてもらったりと、のんびりとした時間を過ごさせてもらった。
戻ってきたルクレインもその流れで腕に抱かせてもらったが……前髪を撫でたりしていたら指を掴まれたりして、ルクレインはきゃっきゃと声を上げて嬉しそうにしていた。
エスナトゥーラもその様子に笑ったりして……子供達がそうした反応を示す、というだけで彼女達にとっては喜ばしい事なのだろう。
そんな調子で艦橋は中々に賑やかな空気だ。そうしている内に、やがて遠くに王城セオレムの尖塔が見えてくる。
「ああ。セオレムが見えて来たわ」
ステファニアが言うと、エスナトゥーラ氏族達の視線も外部モニターに集まる。
「すごい城ですね」
「流石は……尊き姫君の構築したお城ですね」
と、興味津々といった様子だ。シリウス号はそのままタームウィルズを目指して進んでいき、セオレムを横目に眺めつつ造船所へと向かう。
近くで見ると巨大な事が良く分かるな。セオレムをモニターで見て声を上げるエスナトゥーラ達である。
造船所にはセシリア達が迎えに来てくれていた。フロートポッドの他、馬車も何台か待機していて、そのままフォレスタニアに向かえるように手筈を整えてくれている。
「船を停泊させたら、王城に報告に行ってくるよ。みんなはそのままフォレスタニアに向かって大丈夫だからね」
子供達もいるのだし、なるべく早めに落ち着ける環境に身を置けるように取り計らってもらって構わないと、メルヴィン王とジョサイア王子も言っていた。挨拶や顔合わせは追々という事で大丈夫、というわけだな。
まあ、俺は俺できちんと報告してくる必要はあるが。作戦の結果についてであるとか、エスナトゥーラ達と接して見ての所見であるとか、経緯についてしっかりと伝えておけば安心だろう。
「ん。先に行ってる」
「フォレスタニアで待っているわね」
シーラが頷き、イルムヒルトが微笑む。
「ああ。また後で」
というわけでシリウス号を停泊させ、必要となる荷物を降ろしたり各所に連絡を入れたりしてから王城へと向かう。
エリオットも報告を行うという事で一緒について来てくれた。因みにエリオットも、そのまま戻るのは些か忙しないという事もあり、カミラと共にもう一泊フォレスタニアで過ごしてから帰る予定だ。
王城に到着すると迎賓館の一室に通される。そこには既にメルヴィン王とジョサイア王子が待っていた。俺達も帰ってくるという事で早めに執務を切り上げて待っていてくれたらしい。
「これはメルヴィン陛下。ジョサイア殿下も」
「お時間を作って頂き、ありがとうございます」
「ふふ。皆で無事に戻ってきて何よりだ」
エリオットと共に挨拶をすると、メルヴィン王とジョサイア王子は笑って応じる。
というわけで腰を落ち着け、お茶を飲みながら今回の一件に関して改めて報告する事となった。
と言っても大凡の事はギデオン王達と話し合った時に伝わっている。
主にエスナトゥーラ達に対する印象と今後の事についての話をする事になるだろう。
「――そういった経緯から、子供達との普通の生活を望んでいるというのは間違いないかなと。
解呪や封印術に関しても良い印象を持ってもらえたようでしたね」
「普通の生活、か。人としての感覚を記憶に留めているというのなら、確かにそうなのかも知れぬな」
「魔人としての在り方に耐えられなかった者も多いという話を考えるとね……平穏の中で母子達が笑って過ごしていけるように、良い関係を続けていきたいものだね」
俺の言葉にメルヴィン王とジョサイア王子は静かに頷く。
そうだな。二人としてもエスナトゥーラ達の今後の方針については了解してくれたので、このままフォレスタニアで保護しつつ、隠れ里の住民達と同様、現在の情勢に馴染めるように進めていくことにしよう。