番外1191 かつて望んだように
宴から一夜明けて、帰還に向けて準備をしていく。イスタニア王都にまた戻ってきて転移門を設置できるように城の一角に簡易の転送魔法陣を描き、ギデオン王と契約魔法を交わして安全に使えるようにしておく、と。
「これで行き来できるようになる、というわけですね」
「そうですね。毎回術式を用いる必要があるので転移門ほど気軽ではありませんが……またすぐに設置に戻ってくる事になるかなと」
魔法陣を描いて固着した後で契約魔法を成立させる。それからギデオン王とそんな会話を交わした。
イスタニアに関しては転移門が設置されたら今後についての話し合い……特にワーム対策に関して動いていくことになるな。一旦帰ってもギデオン王やアランとは、その辺に関する事でまたすぐに会う事になるだろう。
「では――私達も一旦領地に帰ります」
「またお会いしましょう、アラン卿」
「ええ。楽しみにしています」
と、アランとエリオットが笑って言葉を交わし、カミラもそんなやり取りに微笑する。アラン達は転送魔法陣を使ってこのまま西の離島に帰る予定だ。グランティオスの武官達もアランと共に任務に戻る、と。
「では、転送しますね。向こうに到着した事は、シーカー達に顔を見せてくれれば伝わります」
「はい。ではよろしくお願いします」
というわけで、マジックサークルを展開。アラン達を西の離島に送る。光に包まれるとアラン達がその場から転送されていき――。程無くして西の離島からの中継でアランが姿を見せる。
『問題なく到着したようです』
アランとグランティオスの武官達が離島に配置されたシーカーの水晶板越しに姿を見せる。
「では、アラン卿と上手く力を合わせて任務に望むよう。状況はしばらく落ち着いているとは思うが、何か気付いた事や支援が必要であれば遠慮なく申し出て欲しい」
『はっ』
エルドレーネ女王の言葉に、グランティオスの武官達が敬礼を以って応える。
というわけでアラン達を転送したところでまた移動し、それぞれ飛行船に乗ってタームウィルズや海の都に帰る、という事になった。
ロヴィーサはエルドレーネ女王の名代でありグランティオス王国からの親善大使という立場だ。俺達やブルーコーラルと共にシリウス号に乗り換え、そのままタームウィルズに戻るという事になる。
エルドレーネ女王達はそのまま飛行船に乗ってグランティオスに帰る、と。
「それじゃあ、ヴェルドガルに来るのを楽しみにしてるね」
「うん。またすぐに会いにいくね」
と、セラフィナとドナは仲が良くなったのか、そんなやり取りを交わしていた。レプラコーン族は妖精に近い種族だからな。この様子だと花妖精達とも仲良くなれそうな印象もあるが。
そんなセラフィナ達のやり取りを見て笑い、ギデオン王も頷く。
「私も、ヴェルドガル王国への訪問を楽しみにしています」
「はい。陛下にもお伝えしておきます」
そう言うとギデオン王は頷いて、ウェズリーや騎士団長、レプラコーン族の皆と共に俺達を見送ってくれる。
シリウス号に乗り込み、イスタニアのみんなやグランティオスのみんなともお互い手を振って一旦別れる。そうしてタームウィルズに向けての帰路を取る事になった。
タームウィルズに向けての航路は道中で寄り道する案件もないので、高速度で移動していけばいい。
「僕達の方は頼まれていた儀式用の魔道具も出来上がったからね。ワームの対策で必要な魔道具があれば相談に乗るよ」
航路を設定したところで、頃合いを見計らっていたアルバートが笑みを浮かべて伝えてくる。
「ああ。ありがとう。ワームに関しては、そうだね。方針は考えているけど、まず分析してその方法で上手くいくかどうか、検討するところから、かな」
アルバートに実際の術式を書きつけて渡すのはその後で、という事になるな。
迷宮核で分析すれば生態のシミュレーションもできるはずだ。魔人との和解、共存に絡んだ作戦のアフターケアなので、その辺は万全にしておきたいところである。
儀式に使うモニュメント型の魔道具に関しては必要な数揃えられたとの事で。
こちらもネシュフェルにあるガルディニスの隠れ家監視と平行して進めていけばいいだろう。
「ん。分かった。盟主の剣に関してはもうちょっとかな」
「エルハーム殿下も今回の宴には不参加でしたからね」
アルバートの言葉に、ビオラも頷く。
巨大ホウライエソは宴会を経てもまだ食材として残っているからな。保存状態は術式で維持してあって未だに良好なので、エルハーム姫への差し入れとして料理を作ったり……タームウィルズの他の知り合い達にも楽しんでもらえるように動いていこう。
さて。それから……。
タームウィルズに到着したらまた挨拶やら何やらごたごたしてしまうと思うからな。エスナトゥーラ達に落ち着いて話をしてもらうなら、やはり移動中の今が良いだろうと話をしていた。
「そっちは大丈夫?」
『ああ。そろそろ頃合いだろうと思って、独房の前で待っていた』
モニターの向こうで応じたのはヴァルロスだ。
冥府との直接の会話ができる事はあまり広まらないように伏せているので、まあ……イスタニアの城では行うわけにはいかなかったというのもある。
「これからお話できると思いますが、エスナトゥーラさん達は大丈夫ですか?」
「はい。私達としても問題ありません」
俺から視線を向けられて、神妙な面持ちで頷くエスナトゥーラとフィオレットである。氏族の面々も真剣な表情になっていた。
看守役の冥精が独房内部にヴァルロスとベリスティオを通すと、牢の中にウォルドムが佇んでいるのが見える。
『ああ……。目を覚ましたのだな、エスナトゥーラ』
「はい――。あなた」
ウォルドムはモニター越しに、今まで見せた事のないような柔らかな表情を見せた。エスナトゥーラも、少し寂しそうに微笑んで。
『すまなかったな。説得の場面で顔を見せる事が出来ずに。余はもう現世にはいない。既に現世にいない死者が、生者の決断にあまり影響を及ぼすべきではないと……そう思ったからお前達が決断を下し、落ち着くであろう頃合いまで待っていた』
希望を失っている彼女達が、後を追ったりしないように。自分の顔を見て感情的になって、俺達と戦いにならないように。
そうした考えから、ウォルドムはここまで顔を合わせるタイミングを遅らせて待っていたわけだ。
魔人達との和解と共存は、俺が請け負った仕事、というのもあるか。現世にいない者達を最初から頼りにするわけにもいかない。
「それは……確かに。きっと自分達で選ぶ前に顔を合わせてしまっていたら、私達は自分で選択する事を放棄してしまったかも知れないと……そう思います」
エスナトゥーラの言葉にウォルドムは目を閉じる。
『いずれにせよ……お前達は――自分の意志で今の時代に生きる事を選んでくれた。時を隔ててこうして顔を合わせ、話をする事ができているというのも、考えてみれば数奇なものではあるが嬉しく思う。約束を果たしてくれたテオドール公にも、改めて感謝を伝えておこう』
そう言ってウォルドムは、俺に視線を向けると一礼してくる。エスナトゥーラ達も改めて向き直り、俺に一礼をしてくれた。
「いえ。僕自身の生き方に関する約束でもありましたから」
そう答えるとウォルドム達は少し笑って頷いた。それからエスナトゥーラの腕に抱かれたルクレインや母親達の腕の中で眠る子供達の顔を見て、ウォルドムは目を細める。
『ルクレインも、皆の子らも……元気そうで良かった』
「はい。ウォルドム様とテオドール様のお陰で……こうして未来に繋ぐ事ができました」
「ウォルドム様にこの子らの顔を見せる事が出来て、嬉しく思います」
エスナトゥーラや母親達の言葉に頷くウォルドム。それからフィオレットにも視線を向けて言う。
『フィオレットも、よく永らく護衛の務めを果たしてくれた』
「勿体ないお言葉です」
一礼を返すフィオレット。その言葉に頷き、ウォルドムは言った。
『これからの事は――改めて余の口より語るべきではあるまい。今の世に生きる者達の務めだからだ。ただ……お前達がかつて望んだように生きていってくれることを願う』
「はい。あなた」
ウォルドムの言葉に少し目に涙を溜めて微笑むエスナトゥーラ。グレイス達もそんなやり取りに穏やかな表情で頷いていた。
エスナトゥーラ達がかつて望んだこと――普通の母子のように、か。