番外1189 巨大魚解体
城の中庭には調理場にも近く、広々とした丁度良い場所があるとの事で、そちらに持っていってホウライエソを捌いていく事になった。シリウス号にも調味料や食材が積んであるし、そちらを使って色々と料理を考えていこう。
というわけで案内されてそちらに向かえば、噴水や東屋のある広々とした場があった。
脇の方にある通用口が調理場に繋がっているとの事だ。
冬ではあるがイスタニア王都付近の気候は比較的温暖だし、今日は晴れているので日差しは暖かだ。ギデオン王が東屋や噴水周りに保温の魔道具、椅子やテーブルも用意してくれた。
グレイス達はそこで俺が魚を捌くのをのんびり見物できるように、というわけだ。
「おお、あれが噂の巨大魚……」
「……すごい牙ね」
といった感じで……城で働いている人達から注目されるのは致し方ない。ギデオン王、ウェズリーやアラン、騎士団長といった面々もエリオットやカミラと共に楽しそうにしているし、距離を取って見てくれているので作業には支障ないだろう。
東屋の方を見ればアシュレイとマルレーン、エレナが笑みを見せて、セラフィナと一緒に手を振ってきたりして、俺も少し笑って手を振り返す。
さてさて、まずは……そうだな。
巨大ホウライエソの大きさに合わせて土魔法と木魔法で専用の調理台とまな板を作っていく。大きさが大きさだけに血合や廃棄部分も相当量出ると思うので、格納容器内に流せるようにしておこう。
ホウライエソ自体は発酵魔法で細菌や微生物の活動を止めてある。その上に低温の氷水に漬けてあるから、新鮮さはほぼ狩りをした直後の状態のまま保たれていると言っていいだろう。
「起きろ」
というわけで指を鳴らせば、容器からアイスゴーレムがホウライエソを持ち上げるようにして現れ、そのまま巨大まな板の上に乗せる。
そこからはまあ、大きさはさておき基本の魚のさばき方やマグロの解体等を参考に作業をしていけばいい。
「それじゃあ始めようか」
というと、手にしたウロボロスがにやりと笑う。硬質な鱗や頑丈な骨を持っている上に、これだけの巨体だ。適した包丁があるわけもないので、魔法の刃で捌いていくのが良いだろう。身体の構造も分析済みだから、まあ解体に苦労はしないだろう。
まずは鱗と鰭からだな。
ホウライエソの鱗は何というか、縦長の6角形が並んだような、独特のものだ。巨大ホウライエソの鱗は特に硬質で……鉄よりも硬いというウィズの分析結果が出ている。これも素材として使えるかも知れないな。素材回収用の箱を作っておこう。
尾の付け根から光の刃を入れて、体表や構造に合わせて制御しながら鱗を根こそぎ削ぎ取っていく。
透けるような鱗でありながらも、魔力を流すと更に強度が上がるという構造なようだ。重量は軽く魔力を流せば相当な強度に。これは……面白いな。魔法の盾や鎧であるとか特殊な武器にもなる、かも知れない。
その辺の事を伝えると、アルバートが興味を示す。
「面白いね。貴重な素材だから、加工の仕方を考えるとわくわくしてくる」
「確かにね。とりあえず食材としてダメだったとしても、素材としては十分に貴重そうで安心した。後で色々考えてみよう」
表裏をひっくり返して更に鱗を除去。鱗を残らず剥がしてしまえば……ああ。鱗の下の皮は巨体相応に厚めではあるものの、食用には良さそうな印象だ。皮と内臓は毒がある魚も多いし、ワームを獲物としていた事を考えるとな。部位ごとに改めて成分分析していこう。蓄積されるタイプの毒ならば事前に浄化の魔法で取り除く事が出来るのだが。
続いて、頭部と胸びれ、背びれといった部分を落としていく。ひれもまた、魔力を流すと硬質化する。半端な刃物よりも斬れ味が良さそうな印象があるな。根本から光の刃で落として、これも素材として確保しておく。
下腹部から生えている発光器官は――何というか、不思議なものだ。先端に発光体を備えた鞭のような形状の器官。先端の発光体は未だぼんやりと光を放つ球体で……その周囲に光を通して輝く薄布のような膜がある。
これを発光させながら動かす事で、蝶が舞っているような疑似餌にする事ができるわけだ。
発光体からは……高い魔力を感じる。ウィズの分析によるとこの球体部分は魔法の発動体としても適しているらしい。この部分も剥ぎ取り素材として確保しておくのが良いだろう。
普通サイズのホウライエソには、身体の下に発光器が並んでいた気がするが……こいつにはそれが痕跡しか残っていないようだな。身体の下の発光器は下からの襲撃を避けるためのカモフラージュだ。捕食者であるから、その辺は退化してしまったのかも知れない。
頭部は――食材にするにはあまりにも面構えが凶悪なので、主に素材用だな。
エラから刃を入れて、形を残したまま斬り落とす。特徴的な頭骨に牙。この頭骨部分は強度や牙もさることながら、狭い場所でも動きやすいように折りたたみが可能という、中々に芸達者な身体の構造をしている。
頭骨部分も強固なので分解すれば何か……そう。例えば盾や鎧にも使えるかも知れない。ボーンゴーレムの要領である程度使いやすい形に変形させるという手もある。
牙の部分は言わずもがな。槍にもなるし、砥げば刀剣としても加工できるのではないだろうか。
頭部と言ってもサイズがサイズなので内部に可食部が結構あるな。他の部分の処理が終わったらこの辺の身も剥がしていこう。
さて。鱗を取り除き、頭とひれ、尾を落とせば……いよいよ胴体部分の処理に移るわけだ。
腹から刃を入れて内臓を取り出す。生命活動が停止しているので、他者の身体内部への干渉は治癒魔法の適性が少なくとも簡単だ。水魔法で血管内部に残った血を抜いたり血合を取って腹の中を洗い、水気を切ったりといった処理を行う。
そこから更に刃を入れ、腹側、背中側の身を外すように切り開く。ホウライエソは……白身魚のようだ。薄く切れば透けるような、綺麗な身をしていると思う。
首の部分から光刃を入れて上身を切り離し……続いてひっくり返して刃を入れていき、下身、中骨を切り離せば三枚おろしの完成だ。
切り離したところで見物していた面々から拍手が起こったりした。
少し笑って応えつつ、骨抜きをしていく。ホウライエソは何やら背骨から全方位にトゲのような骨が生えているようで。普通サイズの魚なら小骨に相当するものなのだろう。しなやかで強靭な小骨。恐らく調理や食事の邪魔になるから……これも取り除く必要があるな。
これもボーンゴーレム作成の要領で――骨だけに魔力で干渉して一気に抜いてしまえば良い。マジックサークルを展開すれば白身から骨が独りでに抜けるような形で飛び出してくる。これも念のため素材として確保しておこう。
それから更に頭部内部の可食部――マグロで言えばほほ肉、鉢の身、カマといった部分を薄く削いで……それでも肉のブロックが大きいので調理には向かない。これを肉質ごとにきり分けていく。白身魚だが……腹の部分は脂がのっているな。大トロのような食感が期待できそうだ。
「ん。素晴らしい」
その肉質にシーラとティールがうんうんと頷いていたりするが。
魔力を流してみていくが、寄生虫の類も見当たらない。ウィズの分析でも各部位の身は勿論、皮や内臓にも毒性は特にない、との事で、丸ごと食材として使えそうだ。内臓も魔力が感じられるから、免疫や代謝系がかなり優秀なのかも知れないな。
「と……まあ、こんなところですか」
一通り解体してウロボロスから光の刃を消してそう言うと、周囲の見物人から大きな拍手と歓声が起こった。
「いや、お見事です。魔法の杖に刃を展開しての解体というのも迫力がありました」
と、ギデオン王が惜しみない拍手を送ってくれたりして。
俺としてはそれが解体しやすいかと合理性を追究した結果だが、まあ、気に入ってもらえたようで何よりだ。
ではここから試食だな。味と食感が良ければ肉質ごとに適した料理を模索していく事になるだろう。食材としてもたっぷりあるし、宴会までには色々と使い道を決めていきたいところだが、さて。