番外1186 海底洞窟からの帰還
フィオレットにも魔道具を装備してもらって、封印術を一度解除。そのまま海底洞窟を通って、俺達が最深部に到着するまでに配置した照明を回収していく。
ここに来るまでの経路――立体図は既にできているので、後はそれを辿っていくだけだ。フィオレットはと言えば、俺の近くでの前衛を希望している。
「私は瘴気の盾や鎧、壁を構築したりと、守りが得意なのです。その一点では覚醒魔人にも比肩する、と言われたものです」
「ああ。そう言えば常に他の方達を庇うような位置にいましたね」
魔人達は目を覚ますと眠っているエスナトゥーラの近くに集まっていたが、まあ、フィオレットはその魔人達と俺達との間に陣取っていた。警戒しているのは分かっていたが、何かあっても防御できるようにと動いていたわけだ。
とまあ、そんなやり取りもあってフィオレットの希望通り、先導する俺の護衛として動いてもらっている。俺としても、はぐれたりしないように近くにいて貰えるのは有難い。
ここに来るまでこんな魔物に出会ったと話をすると、脇道やワームの穴に注意を払うように動いてくれる。
手の甲を翳すように動いているあたり、襲撃があれば即座に瘴気盾を展開できるように、という事なのだろう。
「訓練されている。良い動きだ」
と、それを見たテスディロスが感心するように言う。
「元々ハルバロニスでは武官としての経験があったもので」
テスディロスにそう答えるフィオレットである。なるほどな。
肝も据わっているようだし、それ故にウォルドムからも信用されて護衛役を任された、ということだろう。
そんな事もあって、帰り道は割と順調だった。
道中のワームを片付けて来たという事もあり、同じルートをなぞる分には遭遇する可能性も低い。
討ち漏らしというよりは横穴から俺達の通ったルートに迷い込んできたワームもいたが……生命反応では単体だ。それを分析して伝えたところで、フィオレットが「お任せを」と即座に排除に動いていた。
瘴気盾を構えながら魔人の飛行術で突貫。接触と同時にスパイクのような鋭い突起を展開して振り抜けば、その一撃でワームを引き裂きながら弾き飛ばしてしまう。当然、瘴気による攻撃なので加護等で対策していない生命体には、より深刻なダメージになるわけだ。
防御が得意という話だが、この辺の攻撃性能の高さは流石に魔人というべきだろう。
「流石と言いますか。ですが、目覚めたばかりですし、あまり無理をなさらないよう」
「ありがとうございます」
俺の言葉に、フィオレットは少し笑ってそんな風に応じていた。
倒したワームから魔石抽出をしつつ、更に入口目指して進んでいく。照明を立てるために穿った穴を塞ぎながら進んで行けば、やがて魔物の出現する危険地帯も抜けて、奇魚達がその姿をちらほらと見せるようになった。
「ふむ。奇魚達の姿を見て少し和まされるとは思っていませんでしたな」
「ワームは見た目や生態もですが……生命力がそれ以上に厄介でしたからね」
エッケルスの言葉にエリオットが苦笑してみんなも頷く。見た目は奇妙だが、奇魚は襲ってこないしな。
とりあえずワーム達を排除したと言っても一部ではあるので、今後渡りには注意が必要だろう。冷たい深層海流を通って移動してきたと仮定するなら、ワーム達は似た環境を探し、深層海流を利用してまた渡りを行う事になるのだろうが……その海流と交差する海域には注意が必要だ。
島からここまでは十分な距離もある。海流も遠ざかるように周遊しているし、魔力溜まりもないので問題は無さそうだが、念のためにアランに注意喚起しておく必要があるだろう。
ワームは形が比較的綺麗に残ったものを氷漬けにして持ち帰っているので……当面はこの海域や海流付近には興味本位で近付いたりしないように、といったところだな。
俺達が海底洞窟から抜けたのは、それから暫くしてからの事であった。
全員揃っている事を確認すると、モニターの向こうでみんなが安堵の表情を見せる。
『おかえりなさい。無事で良かったわ』
『洞窟内は神秘的ではありましたが、どこか不安を感じさせる場所でしたからね』
ステファニアの言葉にエレナが同意しながら言うとマルレーンもこくこくと頷く。
「普通に探索するには厳しい環境でもあったからね」
と、俺も頷く。何はともあれはぐれたりする事なく、みんなで戻って来られて良かったと思う。ロヴィーサも洞窟入口の高さに飛行船の甲板の高さを合わせて待っていてくれたようだ。
早速飛行船の内部に戻り、生活魔法で衣服の水を除けたりしてから艦橋へと向かう。
「ああ。おかえりなさい」
「ご無事で何よりです」
と、ロヴィーサやエスナトゥーラ達、ドナといった面々が俺達を迎えてくれる。モニターの向こうで、シリウス号に乗っているギデオン王も笑顔になっていた。
「ありがとうございます。では――体調を見ながら移動していきましょうか」
『合流するのをお待ちしています。ふふ、子供達も元気そうで良かった』
そう言って微笑むギデオン王である。そうだな。まずはシリウス号と合流しよう。アランも俺達が帰ってくるのを待ってくれているとの事なので、島で一泊してからあれこれ動いていくことになるだろう。
母親と子供達と。体調不良等がないか一人一人見たり聞き取りをしながら移動していく。
ロヴィーサの操船する飛行船が海上に出ると、魔人達は外部モニターから見える海原に目を奪われているようだった。
「煌めいていて、綺麗だわ……」
「ああ――。本当……海は見たことがあるのに、どうしてこんなにも――」
陽光を受けて輝く海原は、俺達からすると変哲のないものであったが、それでも彼女達にとっては久しぶりに見るものだから、感性や感情が揺り動かされるのだろう。
エスナトゥーラは勿論のこと、改めて封印術を施したフィオレットもモニターから見える景色に見入っている様子であった。
母親たちは腕に抱いた子供達にも嬉しそうに海を見せて、にこにこしながら「綺麗だね」と話しかけたりと、和気藹々とした雰囲気である。
うん……。ウォルドムに頼まれた事ではあるし、ヴァルロスやベリスティオとの約束でもあるが……良かったと思う。
やがて、中間地点に浮かんでいたシリウス号が見えてくる。
アランの待っている島に到着してから乗り換えのための準備や必要な荷物を積み替えれば大丈夫だろうと伝えると、モニターの向こうでアルファがこくんと頷いて、シリウス号が後ろから付いてくる。まあ、身重な者も幼子も多いしな。洋上であれこれやるよりは陸地についてからが望ましい。
「子供達は……みんな体調も良いようですね」
「魔人の子は、身体面に関して言うなら、丈夫な印象がありますな」
「確かに……反応に乏しいところはあるのですが」
オズグリーヴがそう言うとエスナトゥーラも頷く。魔人は種族特性的に伴侶をあまり必要とせず人口も先細り気味ではあったらしいが。
それでもいざ子供が生まれてみれば赤子の頃から身体が丈夫という事らしい。生来が強い種族だから、という事か。肉体的な強度、身体能力にも優れているから、その辺の頑健さは封印術を施しても健やかさとして反映されている、と。
「安全な場所まで護衛する立場としては、子供達が健康で丈夫なのはありがたい事ですね」
とは言え、これからは封印術を施したり解呪したりするので、その辺あまり大雑把なままでは良くないだろう。
そう伝えると、エスナトゥーラ達は真剣な表情で同意する。
「確かに。子供達だけでなく私達も無茶が効かなくなりますね」
まあ、そうだな。その辺は元々ハルバロニスの民だったし、加減は分かると思うが。
そうやって話をしながら移動していると、遠くにイスタニア西端の離島が見えてくるのであった。