番外1185 母と子の喜びを
諸々今後の予定についても説明をし、その場で封印術とその固定をしていく、という事になった。基本的には母子セットでというのが望ましいだろう。子供達にしてみると普通の感覚になって初めて対面する母親、という事になるのだし。
順番についてはやはり、エスナトゥーラが先んじてというのが良いだろうという事で、俺達とエスナトゥーラ達の間で見解が一致している。
今の時代においてはエスナトゥーラが氏族長という扱いになってくる。この場にいる魔人達のリーダーでもあるからな。
リーダーが率先して、というわけではないが……まあ確かに、エスナトゥーラ達からなら円滑に進むな。
「では――始めましょうか」
「よろしくお願いします」
そう言って、みんなが見守る中、エスナトゥーラとその子供に同時に封印術を用いる。
封印の輝きが大広間の中に広がり……少しの間を置いて、僅かに戸惑ったような、小さな赤子の泣き声が聞こえ……そこから段々と泣き声が大きくなっていった。
「――ああ」
エスナトゥーラは安堵したような、感極まっているのを抑えているような……複雑な感情が混ざった声を漏らすと、我が子を腕の中に抱く。
「どうしたの、ルクレイン……? おなかが空いた……?」
目に涙を浮かべながらも微笑み、我が子の顔を覗き込んであやすエスナトゥーラの姿。エスナトゥーラは勿論、子供の生命反応や魔力反応に異常はない、な。
「反応からすると一先ずの問題は無さそうだね」
『良かったです。本当に……』
俺の言葉に、水晶板の向こうでもグレイス達が喜び合っているのが見える。うん……。ウォルドムの話は……俺にとってもみんなにとっても他人事とは思えなかったからな。
「封印された人数も聞いていますから、念のために子供達全員分の栄養分も用意してきています」
母乳の確保ができるかどうかは不明だったからな。魔人の子供ならば、負の感情を吸収して育つ事ができるのだろうけれど。
だからと言って、乳母となれる者を海底洞窟のような危険地帯に連れてくるというわけにもいかない。
というわけで子供の成育に適するように牛乳の成分調整したものを魔法の鞄に入れて持ってきているのだ。
景久の記憶によると、普通の牛乳そのままというのは乳児に与えるのに適さないらしいからな。粉ミルクでも脱脂や栄養素の調整等が必須になってくる……と育児中の親戚から聞いた記憶が残っている。
生成したミルクには菌が増殖したり腐敗したりしないように、運搬用の容器にも紋様魔法で対策を施してある。
哺乳瓶は……ポーションの瓶を流用し、飲み口は木魔法で樹脂加工した……まあ、ゴム製品のようなものになるな。
まあ、行く行くは簡易の術式化から魔道具化して、粉ミルクを誰でも手軽に作れるようにしたい、とアルバートとは話をしているところだ。
後はまあ、普通の布オムツに毛布の用意といったところではある。浄化の魔道具やら体力増強の魔道具やら、必要になりそうなものは持ち込んではいるが、封印術を施した以上は早めに撤収したいところだ。ギデオン王も、その辺は協力してくれるとの事であるし。
「そんなところまで気を回しているとは……」
と、フィオレットは感心している様子だった。
循環錬気で見てみるが、エスナトゥーラの子――ルクレインの体調に問題はないな。
「恐らくは、外界から受ける刺激や感覚が変わって、情動も魔人化の状態から戻ってきたので、驚いただけなのではないかと」
俺が言うとエスナトゥーラはかなり安堵した様子であった。
封印術をかけ終わった3人に魔道具を装着してもらい、封印術の固定を行う。
エスナトゥーラが子供をあやしていると、ルクレインも機嫌を直したのか、きゃっきゃと機嫌の良さそうな反応を返してきた。
「良かった、ルクレイン。こんな……こんな日が来るなんて」
と、優しげに目を細めるエスナトゥーラである。ドナも集落で子供達の面倒を見ている関係で赤ん坊をあやすのは得意なのかモニター越しにではあるが、エスナトゥーラと一緒にいないいないばあをしたりして、ルクレインも喜んでいる様子である。
問題は無さそうなのでそのまま続けていく。母子纏めて封印術を施し、そうしてから体調を循環錬気で診断。問題なさそうなら魔道具による固定。空腹だったりしたら調整したミルクを与えたりと、それぞれに対応するというわけだ。
魔人達は封印術を受けると子供達が泣いたり笑ったりといったしっかりとした反応を示す事に喜んでいる様子だった。当人も魔人化が解除されているので、より情動を揺り動かされている印象がある。
子供達は、やはりルクレインのように最初は戸惑って泣いてしまうようで。神殿の大広間に子供達の泣き声が響いて、母親達も子供達を一生懸命あやしていた。けれど、その表情はどこか一様に楽しそうだったり嬉しそうだったりで。
当たり前に子供と触れ合えるという、その事自体が嬉しいのだろう。子供達の健康状態や食事事情等々も概ね問題はないし……俺としても安心できたところではあるかな。
後は飛行船へ転移魔法で転送。俺も洞窟内部を確認し照明等を回収しながら撤収という流れになるか。
親子の時間を作ってもらうという事で、魔人達の護衛はみんなに任せてフィオレットに宝物庫へ案内してもらう。エスナトゥーラもルクレインと共にやってきた。
通路を進んで扉を開くと――そこには金塊や銀塊、魔石が宝箱に収められる形で保管されていた。ウォルドムの施した封印の影響外になるように術式が施してあるようだ。まあ……そうしないと収められている宝ごと真珠のコーティングをされてしまうしな。それはそれで価値がありそうな気もするが。
財宝が山となっているというほどの光景ではないが……ここで封印されて眠っていた人数を考えれば、当面の資金として十分に潤沢な金額的価値になるだろう。
「氏族長――ウォルドム様は封印が解かれた際に時代を経る可能性も予見し……貨幣などはどうなるか分からないからと金塊や銀塊、宝石や魔石の類を準備して下さったのです」
フィオレットが宝物庫の中身について教えてくれる。
ああ。それは確かに。過去の時代に流通していた金貨などとなると、実際に使おうとした時に余計な付加価値がついてしまうし、出自が疑われてしまって活用しにくいと言うのはある。
その辺は……ウォルドムの先見の明というべきだろうな。基本的にはそうした品々があって、後は役に立つ魔道具がいくつか、という感じらしい。危険なものはないそうなので、この辺は後で詳しく見ていこう。
「概ね分かりました。転送魔法で後方に控えている飛行船に送る分には問題無さそうですね。金銭的な価値を後で試算して、どう使うか等の配分を考えていけば良いでしょう」
というわけで一旦宝箱ごとレビテーションをかけて、大広間に運んでしまう。改めて母子共に異常がないかを循環錬気で確認して、それから転移魔法を使っていくとしよう。
そうして封印術を施した母子を飛行船に送り、宝箱や機能停止させた中枢の魔石等も送っていく。
帰り道に海底洞窟に回収するべきものがある、と伝えると、フィオレットが同行を申し出てくれた。
「封印術の解除の実証にもなる。邪魔にならなければ帰りも手伝わせて欲しい」
との事だ。こちらとしても異存はない。魔道具も予備のものがあるので、その辺を活用して貰えば良いだろう。
エスナトゥーラもそういう事ならと同行を申し出たが、まあ、今は子供を誰かに預けるよりも一緒にいてあげるのが良いだろうと俺の考えを伝えるとフィオレットも同意し、やや申し訳なさそうに同意してくれた。
まあルクレインはエスナトゥーラの腕に抱かれて嬉しそうだし。ここから海底洞窟入口まではしっかりマッピングができている。転移魔法の保険もあるので大きな問題も起こるまい。