番外1184 未来へ託すために
エスナトゥーラは子供をそっと腕の中に抱き、俺の顔をじっと見つめていたが……やがて首を横に振る。
「魔人は――命を奪い過ぎた。相見えれば戦いとなり、どちらかが命を落とす事になる。戦場での習わしにも、恨み言をぶつけるつもりはありません。あの人は、堂々と戦って散ったのでしょう?」
そんなエスナトゥーラの言葉は、俺を仇と思うかどうか、という質問に対する回答でもある。
それに、戦場の習わし……か。盟主と地上の民、七賢者の時代は、戦乱の世だった。その時代に生きていた者の感覚、なのだろうか。
少なくとも……ウォルドムとの戦いは真っ向勝負だった、と思う。静かに頷くとエスナトゥーラも俺を真っ向から見たまま頷いた。
「王や将が討たれれば、残された者達に取れる手段は少ない。ましてや、魔人と人との関わりを考えるならば、今こうして、和解や共存を目的とした話し合いになっているだけでも驚いているぐらいなのですから」
そんな、エスナトゥーラの言葉。そう。そうだな。エスナトゥーラは共に眠りについた者達を代表する立場でもある。俺からも、その言葉に一礼を返す。
エスナトゥーラは静かに頷いて、それから魔人達に振り返る。
「ここまでの話で、異論のある者は?」
と、尋ねれば、魔人達は首を横に振ったり、腕の中の幼子を抱き締めたりしていた。その魔人達の印象を言うなら……疲れだろうか。戦いと、呪いへの疲れ。絶望と諦観。
盟主との契約と魔人達の敗戦で、次の器に選ばれるかも知れないという不安もあっただろうか。ウォルドムによれば妻が次の器に選ばれるのを避けるための封印も兼ねていたらしいが……。
エスナトゥーラは向き直ると、俺の目を見ながら口を開く。
「あなたならば……この子達の未来を紡ぐ事ができるのですか? それを、信じてもいいのでしょうか?」
それは――質問や依頼というよりも、縋るような気持ちで発せられた言葉に思えた。エスナトゥーラだけでなく他の魔人達の視線も俺に集まっていて。
目を閉じて、大きく深呼吸をする。それから俺も真っ向から見据えて答える。
「はい。その為に来たのですから」
俺の返答を受けて暫く目を覗き込んでいたが、エスナトゥーラはやがて頷いて、言った。
「あなたを信じて、託します」
その言葉に俺も頷き、ティールも身振り手振りをしながら声を上げた。
迷子になっていた自分を仲間に会わせてくれた。だから安心して、というような意味が翻訳の魔道具によって伝わってくる。エスナトゥーラ達も、そんなティールの訴えに少し笑って……緊張が解れたような印象があるかな。
では……封印術と解呪について説明しなければなるまい。
「方法については、二つあります。一つは封印術による魔人特性の封印で、これは一時的なもの。それからもう一つは、根本的な魔人化の解呪となります」
「解呪……」
呪いというのは実感があるのかも知れない。解呪という言葉を口にすると、エスナトゥーラを含めた魔人達は腑に落ちたというか、納得したというような反応を見せていた。
見た限り、魔人達の中には身重の者もいる。その点封印術ならば母子共に影響が出ないというのも……既に実証済みではあるな。
その事も伝えてから更に言葉を続ける。
「とはいえ初対面でもありますし不安もあると思いますので、子供達の解呪等を行う前に、封印術を試してみる、というのが道筋として良いのではないかなと思います。術を受け入れてもらう必要がありますが……」
「では、私が試そう」
と、名乗りを上げたのは、最初に目を覚ました魔人だった。名をフィオレットというらしい。
「私は護衛としてここにいるが……他の者達と違って、子がいるわけではないからな」
なるほど、な。
「フィオレット……苦労をかけますね」
「いえ。戦力としては……エスナトゥーラ様にもですが、彼らにも力が及びますまい。であれば身を守るために、違う方法でお役に立ちたく思います」
エスナトゥーラの言葉に、フィオレットはそんな風に答えた。
「協力感謝します」
「礼は必要ない。やってくれ」
そう言って、腕を組んで俺に背を向けるフィオレットである。剛毅というか何というか。
「では」
前置きをしてからマジックサークルを展開。背に軽く触れるようにして封印術を施すと、光の鎖が巻き付いていき……そうして魔人特性が封印される。
「これは――」
みんなから注目を集める中、フィオレットが自分の手や周囲を見やり、声を上げる。驚きの表情を浮かべ……それから出てきたのは、笑いだった。
「は、はは。信じられない。確かに魔人化する前の感覚が戻っている……」
そんなフィオレットの反応に魔人達が顔を見合わせる。
「魔道具と契約魔法で固定する事で、その状態を維持する事もできます。僕としては魔人化を解いて終わりと言うわけではなく、その後の生活基盤も用意しなければ意味がないと思っていますので……固定化か、解呪を受け入れて貰えたら、と考えています」
「要するに、私達の里の者達のように衣食住の提供と、時代へ適応するための訓練を考えている、というわけですな」
オズグリーヴが補足説明を入れてくれる。エスナトゥーラは目を閉じて天を仰いでいたが、やがて顔を下ろして口を開く。
「少しだけ、皆と意思統一をはかる時間を下さい」
「分かりました」
エスナトゥーラとフィオレット、それに魔人達は少し離れて、話し合いをしているようだった。信じるに足るかどうか。これからの事。色々考える事はあるだろう。納得する事も大事だ。
少しの間エスナトゥーラ達はそうしていたが、やがて結論も出たのか、こちらに戻ってくる。
「お話はまとまったでしょうか?」
尋ねるとエスナトゥーラは俺を真っ直ぐに見て頷いた。
「はい。私達ウォルドムの氏族一同はテオドール境界公に恭順する事を宣言します。どうか……私達の子供達の事、よろしくお願い致します」
そう言って、エスナトゥーラ共々、魔人達は一礼してくる。
ああ――。良かった。無事に話もまとまった、か。事情が事情だけに敵対したくないと思っていたから、その言葉は安心できる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。その言葉を聞けて、安心しました」
率直にその事を伝える。
「それから……あの人は神殿の奥――あの通路の先に宝物を残しています」
エスナトゥーラは大広間の一角にある通路を指差して言った。
「ああ。それに関しては当人から情報としては聞いていました。皆さんの新しい暮らしのための資金として使う、というのが当人の意志を汲むものだと思うのですが、どうでしょうか?」
「私達に異はありませんが……テオドール公に利がないのでは。その中からの幾分かは正当な報酬として、受け取って頂いた方が健全かと存じます」
「それは――そうかも知れませんね」
エスナトゥーラ達の心情的な面でもその方が良い、かも知れないな。まあ、その辺の話は後で詰める、という事で良いか。具体的に金銭を使う事になるのはもっと後の段階だし。
生活の再建という観点で見るならば、全員がハルバロニスで暮らしていた記憶、経験もある者達と幼子達だ。比較しての話ではあるが、隠れ里の面々よりは馴染むのも早いのではないだろうか。子供達はこれから物心もついてくるわけだし。
ともあれ、話もまとまった。身重な者もいるし幼子も多い。封印術と固定をしてから移動し、落ち着ける場所で改めて解呪をしていく、というのが良いのではないだろうか。
後戻り不可能な解呪ではないし、封印術を一度体験してもらった方が安心できると思うからな。