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番外1183 封印と追憶

 おお、という声が上がった。1人の魔人が目を覚ましたのだ。ここに封印された魔人達にとっての中心人物……だな。

 背丈よりも長い髪を無造作に垂らした、女の魔人だった。放心したように空を仰いでいたが、やがて目を閉じて大きく嘆息すると周囲を見やる。


「……何事ですか、これは?」

「あの者達が、封印を解いたようで――我らが目を覚ましたら話をしたい、との事です。「問題を解決する手段がある」と言っていましたが……」


 その魔人はこちらを一瞥する。


「そう……。封印を……解いた、と」


 そう言って少しの間、無感動にこちらを見ていたが、やがて静かに頷く。


「話を聞くぐらいならば、まあ……よいでしょう」


 覚醒魔人だ。かなりの力を感じる。

 名前は既に知っている。元を辿れば……この封印も彼女の為に構築されたものと言える。今のところ、聞いていた通りの情報ではある。


 全員が目を覚ましたのはそれから程無くしてのことだ。


「それでは……話を聞きましょうか」


 エスナトゥーラはそう言って、幾人かと連れ立って前に出て来る。


「まずは話を聞いて頂けたことを嬉しく思います。ここに来た目的と、そうするに至った経緯をお話したいのですが……その前に、伝えておくべき事があります」


 そう……。この事を伏せて話をするのは、きっとフェアではない。俺自身が復讐に身を置いたのだから。交渉を難しくするとしても、伝えておかなければならない。これは、ウォルドムに伝えた事でもある。


「僕は海王ウォルドムと戦い、そして彼を滅ぼしています。後になって当代の魔人を率いていた者と魔人との和解、共存の約束をし……冥府に身を置いたウォルドムの御霊から、その意志、現世の心残りを受け取り、魔人化の解除を目的としてこの場所に来ました」


 エスナトゥーラを真っ直ぐに見て、そう伝える。エスナトゥーラはその言葉に、少なからず驚いたようだった。「族長を……」という他の魔人達の言葉とざわめきも聞こえる。

 ここに封印されている魔人達は――ウォルドムの氏族の者達だからな。

 エスナトゥーラは二度、三度と口を開きかけ、言葉を選んでいるようだったが、やがて俺を真っ直ぐ見て尋ねてくる。


「あなたは――。では、私の事も知っていて、そう言っていると理解していいのかしら?」

「……はい。エスナトゥーラさん」


 エスナトゥーラは、少し眉根を寄せて思案していたが、周囲の魔人達に目を向ける。


「誰か。この者達に私の名を出した者は?」


 いなかった、はずだ。エスナトゥーラの名前はウォルドムから聞いたものだしな。魔人達も首を横に振る。


「話をする前なので、余計な情報は与えないようにと話をしていました。ましてや貴女のお名前を出すなど」


 そう言ったのは最初に目を覚ました魔人だ。そうだな。こちらの態度や言動に、矛盾がないかを探っているようだったから。

 エスナトゥーラは納得したと言うように頷いて、こちらに向き直る。


「何故、その事を最初に伝えるのです? 私の事を知っているなら、そして、目的を聞く限り、その事を最初に伝える事に、利はないはず」

「それは――僕自身が復讐に身を置いていたからです。この事を最初に伝えずに目的や理由ばかり話をするのは、騙しているようなものだと……そう感じました」


 ウォルドムと中継して話をしてもらう、と言う手もある。だけれど、水晶板越しのそれが本当なのかどうかを確認する手段が彼女達にはない。魔法的な手段で誤魔化していると思われる可能性もあるし……何よりこれは俺がヴァルロスやベリスティオと約束した事でもあるからな。最初から他者……特に冥府の者達を当てにするのは違う。

 エスナトゥーラの人となりや、封印の経緯をウォルドムから聞いていたから、というのもあるけれど。


「……そう。では、その経緯を聞かせて貰えますか?」

「分かりました。少し……長い話になりますが」

「構いません。納得するまで聞かせて貰いましょう」


 エスナトゥーラの言葉に頷き、魔人との戦いに身を投じた経緯について話をしていく。死睡の王の襲撃や母さんについての話をすると、エスナトゥーラ達は複雑な表情を浮かべていた。


「あれを知っているのですか?」

「私は初めて聞く名ですね。……そういう魔人の性質に私も含め、各々思うところがあるのでしょう」


 彼女達が……死睡の王を知っているかどうかは問題ではないか。この反応はエスナトゥーラの言うとおり、ウォルドムが封印を選んだ理由故だな。

 そうして話をしていく。後にタームウィルズに向かった事や、魔人達との戦い。ウォルドムと眷属達。グランティオスの慈母との因縁。そして月の民に端を発した魔人達の因縁。ヴァルロスやベリスティオの事。


 ウォルドムの海底の封印構築後の足跡について魔人達は興味深そうに耳を傾けていた。それはまあ、自分の氏族長がどうなったかという話にも繋がるものではある。


「話の中に出た眷属というのが私達です。今は氏族を率いてグランティオスに身を置いていますが……ウォルドム殿には我らの力が弱かった折に、助けて頂いた義理があるのです」


 エッケルスがそう言って一礼する。


「そう、ですか。あの人は前に進む事を望んでいましたから……。海の民に眷属を求め、王として走り続けました、か。けれどだからこそ、その道の中で命を落とすのだろうなという、予感もありました」


 エスナトゥーラは遠くを見るような目になって、静かに言った。それから俺に視線を戻し「続きを」と促してくる。


 俺も頷き、更に話をしていく。

 エスナトゥーラ達は……最古参の魔人と共に出奔し、契約によって魔人化した者達だ。だからハルバロニスとベリスティオの事を知っている。

 魔人の発端となった月の反逆者、イシュトルムが暗躍していた事についても興味を示した、というか、驚きを隠し切れないようだった。


 ヴァルロスとの約束。イシュトルムを追って月に向かった事。ベリスティオの後ろ姿と、その言葉と。

 それらを聞いて、エスナトゥーラは目を閉じて天を仰ぐ。


「ヴァルロス殿の約束に立ち会った魔人が我らだ」

「私は既に……元魔人、という事になりますな」


 と、テスディロスとウィンベルグも申し出てくれた。二人に魔人達の視線が集まる。

 そして、その後の事。オルディアとの出会い。オズグリーヴと隠れ里と魔人達。


「オズグリーヴ……?」


 エスナトゥーラ達はオズグリーヴに信じられない物を見るような目を向けた。面識があってもおかしくはないな。氏族が違うから親しかったかどうかは別の話だろうが。


「ええ。あの頃と違って、私は老いてしまいましたが」


 覚醒した姿をエスナトゥーラ達は知らないし、変身を解いてもオズグリーヴは老いた姿だ。彼女達の記憶にある姿とは違っているだろう。


「想像を絶する話ばかり、ですね。全く……驚かされる」


 エスナトゥーラはかぶりを振る。

 冥精との出会いや冥府との交信についても話をする。そこでウォルドムから封印の中で眠る魔人達の事を託されたのだと、伝える。


「そうですか……。あの方は、諦めていなかったのですね」


 そう言ってエスナトゥーラは嘆息した。


「そして、あなたをウォルドムの仇として見るのではと、最初に事情を明かそうとしたわけですね? 不可解でしたが歩んできた経緯を聞けば、そうした切り出し方にも納得がいきます」

「そう、ですね。目的は魔人化の解除ではありますが、説得や交渉が上手くいかない事も想定しています。もう一度封印をし直す事や、先程話が出ていた隠れ里のような隠遁生活の出来る場所への案内と言う代案も考えていましたが――」


 俺の言葉にエスナトゥーラは静かにかぶりを振る。


「その代案で……今までと何かが変わるのならば、そういう選択肢も有り得ましたが」


 エスナトゥーラは後方で控えている魔人達に目を向ける。その内の1人が、布に包まれた赤子を連れて前に出て来る。その子供をエスナトゥーラは受け取り、腕の中に抱える。


「聞いているのでしょう? 私と、あの人の子です」


 そう。エスナトゥーラはウォルドムの妻で、腕に抱かれるのはその子供だろう。

 この場所に封印された魔人達には、ある共通する理由がある。女性の魔人しかここにはいない。幼子を連れているか。子を身ごもっているか。エスナトゥーラを慕ってついてきた者もいる。いずれにしても封印を受けて、眠りにつくことに賛同した者達なのだ。


 エスナトゥーラは覚醒に至った魔人ではあるが、その他の者達は魔人としては大きな力を持たない。魔人になる前の記憶や感覚を覚えている者達で……だからこそ、感情の在り方や物の見え方、感じ方の変化に悩みを抱えていた。


 ……盟主が敗れて、敗走してからの話だ。

 彼女達は未来に希望を繋ぐ事を選んだというよりは、これからの世界に悲観し、絶望をしたのだと……そうウォルドムは語っていた。


「生まれた時から泣きも笑いもしない。きっとこの子も他の魔人の子らと同じく、長じれば血と殺戮に興じるようになる。そんな未来を欲して、私達はハルバロニスを出たわけではなかった。当たり前の……母子のように生きられればそれだけで良かった、のに」


 エスナトゥーラは子供の産毛をそっと撫でながら語る。

 ああ、そう、か。魔人は負の念や闘争以外に情動が動きにくく、感性も変わるから。赤子もまた泣いたり笑ったりといった反応を返さなくなるということか。だから、後方に控えた魔人達に抱えられている幼子達は、泣きも笑いもしない。静かなままだ。


 それを見て、エスナトゥーラもウォルドムも、自分達が例外には成りえない事を知ったのだろう。


 エスナトゥーラ達はなまじ、人であった頃の感覚を知っているから。生まれた第二世代以降の魔人達の性質を恐れ、憐れんで……未来にも絶望してしまった。ここにいるのはそんな魔人達なのだ。


 けれどそんな妻の悲しみや、自分の子が魔人として育っていく事を、ウォルドムは座して良しとはしなかった。

 魔人としての在り方に堪えられず、絶望してただ緩慢な死を待つ。そんな魔人としての終焉をも知ってしまったから。


 いつか問題を解決する方法を手にするまではと、ウォルドムはエスナトゥーラと共に、彼女に共感する同じ境遇の氏族の母子達を、長い眠りにつかせたのだ。ウォルドムもまた……人であった頃の感覚を、記憶に留めている魔人だから。

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