番外1182 封印と目覚め
階段を登って通路を奥に進む。建材も何もかも封印による変質を起こしているが建築様式そのものはハルバロニスのそれに近い。壁や床、天井に魔法陣が描かれていて。
「封印を維持するための術式か」
「どういった術なのですか?」
俺が言うと、エッケルスが尋ねてくる。
「まだ一部しか読み取れていませんが、解除の術式の形式と併せて考えると洞窟内の生き物の負の感情……生への渇望や無念を集めて共鳴と増幅をさせる事で魔力の補給をしているように思います。中心核になる大きな魔石が確保できれば……そうですね。十分に組めるかと」
魔力補給も消費も低出力で継続的に持続されるというわけだな。共鳴と増幅で乏しいリソースをやりくりするわけだ。
洞窟入口付近は環境魔力も薄かったしな。神秘的な場所なのだからもう少し魔力が濃くてもおかしくはないと思っていたが、維持装置のようなものがあったからこそ中心部に近付く程魔力が濃くなっていったというわけだ。外郭の一部が解放されてもあまり魔力が噴出されなかったのも、構造的な理由によるものだろう。
ウォルドムにとっては封印の解除においては、この辺の技術はあまり重要な事ではないらしい。正式な方法で外郭と中枢の封印を解除できればいいのであって、維持の方法まで一から解説するのは話が少し脱線している。
「見ればお前なら理解できるだろう。役立てられそうなものがあれば持っていって構わない」
と、ウォルドムはそんな風に言っていたが。
そうして術式の刻まれた通路を抜けると、大広間に出た。
大広間全体の床に魔法陣の溝。中央に祭壇があり、そこに中心核となる大きな魔石が紫色に輝いている。魔法陣の周囲や大広間の外周に……幾つも台座のようなものがあり、巨大な真珠のような球体が配置されていた。
真珠はぼんやりと光っていて、今でも封印がしっかりと機能している事が窺える。共鳴と増幅により魔力が広がって封印に供給される、と。
魔石と真珠の輝きによって大広間の中は薄らと明るい。
「いよいよ……封印の解除をする、というわけですね」
「そうですね。交渉ではありますが危険も予想されるので、退避の準備もしてあります」
エッケルスの言葉に答える。
「正直な所、最後まで見届けたいし説得にも加わりたいという感情はありますが――我儘を言って一族やギデオン陛下に迷惑をかけるわけにもいきませんね」
「お気持ちは嬉しく思います。水晶板越しではありますが見守っていてくれると心強いですね」
笑って応じると、ドナも少し残念そうに苦笑して頷く。
魔人達との因縁に関しては……ドナは関係ないというのはあるからな。レプラコーン族に協力してもらっている形だし、探知役として手伝ってもらっている巫女に危険な橋を渡らせるというのは筋が通らない。
だが、応援してくれているというのは有難い話である。そうして、ロヴィーサが待っている飛行船内に、まずドナを転送する。
ややあって飛行船との中継モニターにドナが顔を見せた。
ティールは友達を守りたい、と張り切っているようだ。エリオットもそんなティールの様子に静かに笑って頷いていた。ティールの言う友達、というのは俺達もそうだがグランティオスの面々も含まれていたりするからな。
無茶はしないようにと伝えると、ティールは嬉しそうにこくこくと頷いていた。
基本的には同行している面々も、ウォルドムの件と魔人の件という事でみんな当事者だったりするからな……。交渉時の危険も承知の上でこの場にいるというのはあるが、どうであれみんなに怪我をさせないよう、気合を入れて交渉に臨むとしよう。
「それじゃあ、封印の解除を始めるから、そこの……通路のところに集まっていてもらえるかな」
と言うとみんなも頷き、通路で待機する。封印を解除した時にどうなるかについては詳細も聞いているので、この位置ならとりあえずは問題あるまい。退路の確保にもなるし、交渉が決裂した場合は大人しく撤退をすると最初に伝えるつもりでいる。
向こうが信じるか信じないかはともかく、ここに固まっていれば通路を一時的に塞げばいいだけなので転移魔法で撤退する時間も稼げるしな。
「それじゃ封印を解いてくる」
『お気をつけて』
グレイス達も固唾を飲んで見守る中、大広間の中央――ピラミッド型の祭壇を登って魔石と向かい合う。深呼吸を一つしてからウロボロスを翳してマジックサークルを展開する。
ウォルドムから教えられた解除術式を用いれば、魔石の周囲にもマジックサークルが展開された。祭壇から魔法陣の溝に沿って光が走り……あちこちの台座に置かれた巨大真珠にそれが到達する。
真珠が一際強い光を放つと――ゆっくりと薄れるように消えていく。その内部に封じられていた者達が、緩やかな速度で下降し台座の上に横たえられる。
その全員が魔人達だ。まだ眠りから覚めずにいるようではあるが、封印を解くと同時に生命反応や魔力反応が増大しているのが見られる。
異常な反応は――とりあえずないようだな。ウォルドムの構築した封印は、言ってしまえばコールドスリープのようなものだ。封印された面々が無事でなければ意味がない。
後は……無事に眠りから覚めるのを注視しつつ交渉だな。
そうして生命反応に別状がない事を確認しつつ、祭壇から通路に戻って暫く待っていると……1人の女魔人が小さく声を上げて上体を起こした。
魔人は自分の掌を見て、少しの間放心しているような、呆然としているような様子であったが、やがて口を開く。
「何故――目覚めてしまった……?」
そこから出てきたのはそんな言葉だった。ウォルドムから事情を聞いているから……魔人達の心情は分かっている。ここは先んじて声をかけるべきだろう。
「問題を解決できる手立てができたからです」
俺がそう言うと、魔人は弾かれたように構えを取り瘴気を纏った。翻って、こちらには敵意がないという事を示すように一礼する。
「人間と……覚醒魔人だと……? 何者だ……?」
変身しているテスディロスとオルディア、オズグリーヴの姿を見て、女魔人は驚愕の表情を浮かべる。
「改めて伝えておくが、戦いに来たわけではない。この姿も、魔人であって敵ではないと理解してもらうために変身した姿を見せたに過ぎない」
テスディロスがそう言って変身を解く。
「全員が目を覚ましたら、改めて話を聞いては貰えませんか?」
俺からもそう言うと、周囲に視線を巡らし、状況を確認しているようだった。やがて纏っていた瘴気を消し去る。
「……敵であればとっくに寝首を掻いているし、他の者達が目を覚ますのをわざわざ待ったりしない、か」
そう言うと魔人は「よかろう」と呟くように言って、その場に腰を下ろす。
このまま他の魔人達が目を覚ますのを待つ事になるか。その間にも魔人は俺達をじっと見やっていたが。俺達の言葉に偽りや矛盾がないか、おかしな動きをしていないか等……探りを入れる意味合いもあるのだろう。
そうして、一人一人目覚めるのを待ち、起きた魔人には同じように説明していく。懐疑的な眼差しを向ける者もいたが、こちらに覚醒魔人が複数いる事も含めて即座に戦闘になる、という事は無さそうだ。
神殿に関しては俺達が通ってきた通路以外にも外に出る経路があるそうだ。だから退路に関しては魔人達も問題ない。その辺が心の余裕になっている部分もあるように思う。
一先ずは……話を聞いてもらえる段階までは辿りつけそうだ。最後まで拒絶されずに話を聞いてもらえると良いのだが。