番外1180 踊る光
「1匹抜けた!」
「対応する!」
俺の言葉に即座に応じたのはテスディロスだ。シールドを蹴って突貫すると真っ向から迫ってきたワーム目掛けて瘴気剣を振り抜く。すれ違ってから僅かの間を置いて、ワームの口部からずれるように2つに切断された。
ワームは意外に数が多い。連中の巣に入り込んだという事なのか、1匹が水の流れや魔力に反応するとワームの声に全体が反応する。動くものは何でもお構いなしと言った印象で、メダルゴーレムすら不用だ。着色した水ゴーレムに反応して、あちこちに開いた小さな穴から襲撃を仕掛けてきた。
俺達は既に制圧したエリアを背後に置いて、ディフェンスフィールドを展開して迎え撃つ。
エリオットの展開した氷の茨が、飛び込んできたワームを絡め取る。そこに凄まじい勢いでティールのフリッパーが振り抜かれた。氷のスパイクを纏ったフリッパーの一撃は相当な重さでワームの頭部を引き裂きながら粉砕している。
遠距離から口を開いて魔力弾を放とうとするも、そこに煌めく瘴気の波が浴びせられる。オルディアの能力だ。飛び道具はなるべく使わないという方針ではあるが、オルディアの能力に関しては能力の収奪と結晶化というものなので、洞窟珊瑚に当たっても影響が少なく、誤爆しても元通りにする事ができる。
ワーム達の身体から結晶が生まれると、口腔内に灯っていた魔力の光が掻き消えて、その動きが途端に鈍くなった。
そこに向かってバロールが飛び込んでいく。洞窟内部に光の軌跡を残して動きの鈍ったワームをぶち抜き四散させて、バロールの動きにつられたワームに俺自身も飛び込んでウロボロスの両端から光の刃を展開。当たるを幸いに切り刻んでいく。
ワームから奪った能力はそれで戻る心配が無くなった。オルディアは収奪した力を光弾に変えて、他のワーム達に叩きつけていく。
そうやって制圧しながら穴の中をライフディテクションで確認し、安全を確認したら更に奥へ。仮に撃ち漏らしがいても背後から来るワームはオズグリーヴが対処してくれる。本能のままに向かってくるワーム達を蹴散らして進んで行けば、やがて洞窟内に静寂が戻ってくる。
「終わり……でしょうか?」
「一先ずは、と言ったところですか。攻撃性が高い上に群れているとは、大変な物です」
粗方退治したところで周囲を索敵しながら言うオルディアに、エッケルスが息をついてかぶりを振る。
「警戒しつつ、点呼と被害状況の確認、かな。倒したと思っていても生命力が高いから、処理が終わっていない個体は十分に気を付けて」
そう言うとみんなも頷いて、状況を確認していく。凍らせたり煙で包んだりして、確実に動かなくなるまで対応をしていくわけだ。
テスディロスも倒した相手なら電撃を使える、と確実な止めに覚醒能力を用いていた。
「味方も全員揃っていますし、倒したワーム達も、問題ないようです」
「生命力が高い上に毒も持っているようですからね。加護があるとはいえ、油断なりません」
ウェルテスの報告にエリオットが思案しながら言う。そうだな。これは最初に出会った連中を倒した後に水質汚染が見られたのでウィズの分析で分かった事ではあるが。
大顎は鋭いナイフのような切れ味と硬度だし、口腔内部に毒腺と毒嚢といった器官が見つかっている。ウィズの分析によると麻酔のような鎮痛作用がある麻痺毒という事だ。まあ、水中に拡散した程度の濃度なら加護で相殺してくれるし、浄化魔法のフィールドをエリオットが展開してくれているので問題にはならないが。
というわけでワームの生態を調べつつ、倒した個体の魔力反応が高い場所を剥ぎ取ったり、損傷の激しいものからは魔石を抽出したりといった作業を行う。
討伐や狩りが目的ではないので剥ぎ取りにあまり時間を使っているわけにもいかないが、ワーム達がこの海底洞窟の固有種でないなら他の場所で確保したり、この毒の活用や研究が必要になる機会が今後ある……かも知れない。まあ……ある程度素材を確保したら魔石抽出を主体にしていけば問題はあるまい。
さてさて。戦いを終えたらしっかりと討ち漏らしがないか確認し、照明のロッドを立てて奥へと向かうとしよう。
『ワーム達の穴も……少なくなってきたように見えます』
『ん。住処は抜けた?』
と、洞窟内の様子を見て、アシュレイとシーラが言う。
「どうやらこの辺のものは古い穴のようだね。内側から外側に向かって餌場を移していったんじゃないかな?」
ワームの穴の前に囮の水ゴーレムを泳がせて攻撃がない事を確認。ライフディテクションで一つ一つ内部も確認していくが……動きはないな。これなら照明ロッドもここに立てる事ができる。ワームの性質で何が問題かというと、魔力反応にも攻撃を仕掛けてくるところだ。照明ロッドでも感知可能な距離に入れば攻撃してくる可能性は十分にある。
なので、ワームが大量に出てきた場所には紋様魔法と魔石粉を固めたもので簡易ではあるが結界を施してきている。幼体が残っていないとは限らないからな。
一手間増えたが……それもワームの穴が無くなって来れば元通り省略できるだろう。
さて。そうやって更に奥へ探索を続けていくと段々と魔力も濃くなってくる。そうして……上り下り、迂回したりを繰り返しつつ奥へ奥へと進んでいく。
――と。ワームがいなくなればその代わりに、別の魔物がいるだろうというのも予期していたが……ああ、これは少し予想外だ。
「待った」
と、片手を上げて後ろに続くみんなに合図を送る。みんなも動きを止めた。
見た目には……少し狭くなった洞窟が……行き止まりになっているように見えるが――何か……光を放ちながら踊る、布のようなものが見える。
「何でしょうか、あれは……」
ウェルテスが目を細める。
「疑似餌、かな。チョウチンアンコウの頭についてる突起と同じだね。恐らく、普段はワームを捕食してるんだろうな」
弱肉強食というか何というか。ライフディテクションによる生命反応感知では奥に続く洞窟そのものが光を放っている。天井と床を観察すれば、牙のようなものが生えていて。
要するに……見えている範囲全てが洞窟に擬態した魔物の口の内部だ。大口を開けて獲物がかかるのを待っているという寸法だろう。
冗談のような狩りをする魔物だが……スケールがでかいので人間サイズでも悠々と捕食してくるだろう。引っかかる可能性もあるかも知れない。
「また――とんでもない魔物もいたものですな」
その事を説明すると、エッケルスが目を瞬かせた。
「待ち構えて獲物を食うのは常套手段ではあるかな。ワーム達もそうだったし。それより……性質は分からないけれど、戦闘準備はしておいた方が良い。俺達の接近を感知してから疑似餌を出したように見えたから、こっちが動きを止めた事を察したら、もっと能動的な狩りに打って出る可能性もある」
そう言うと、みんなが身構える。こちらの動きの変化を察知したように。ばくんと、大きな顎が閉ざされて。無感情な丸い魚の目がぎょろりとこちらを向いた。全く……嫌な直感ばかり当たるものだ。
見た目は――景久の記憶では……確かそう、ホウライ……ホウライエソだったか。そんな特徴的な名前の深海魚に良く似ている。但し、洞窟の通路を埋める程巨大な顎を持った大怪魚だ。
魔力が充実して膨れ上がり、再び大口を開けると、問答無用でこちらに向かって突っ込んでこようという構えを見せる。凄まじい速度で前に突撃してくるが……それが命取りだ。育った環境故だろう。狩りを知っていても、戦いを知らない。
「遅いッ!」
既にマジックサークルは展開している。巨大魚の口腔が呑み込んだのは俺の展開した黄金の舞剣――それらを一本にまとめた巨大剣だった。
突っ込んできたホウライエソが、まともにそれを受ける。頭部後方から突き抜けて、エリオットとオズグリーヴが展開した氷と煙の網とディフェンスフィールドによって突撃の勢いを削がれて押し留められる。
頭部を刺し貫かれたホウライエソはのたうち回っていたが、そのまま黄金の舞剣を制御して縦回転させてやれば、それが致命傷となったのか、口腔内部から頭部を大きく切り開かれて洞窟内部に浮かぶ。しばらく身体を動かしていたが……急速に生命反応の輝きが薄れていき、やがて沈黙する。
「――こんな生き物がいるだなんて……驚きです」
……全く同感だ。呟くようなドナの言葉に、同行している面々やフォレスタニアの通信室、中継で映像を見ているみんなが一様に頷くのであった。