番外1179 洞に潜むもの
先に行けば次第に道が小さくなるのかと言えばそんな事はなく、前通ってきたところよりも広々としていたりして、色々と予想を裏切ってくる洞窟だ。
最も大きな穴を選んでいるつもりだが、横穴は無数にある。最も大きな穴が結局は行き止まりで2番目、3番目の穴を探索すると更に奥に進めたりする。その場合は距離的には中心点から一旦遠ざかる事になっていたりと、中々に厄介なものだ。
穴開けをするなら、もう少し全体的な構造と外郭の規模が分かってからが望ましい、か。
「それでも、全体像を見た時には一応進んではいるのかな」
開けて足元も安定した場所に出た。少し休憩を挟みつつ、ウィズが記憶してきた今までの立体図を幻影として構築する。
立体図と共に通ってきたルートを光の線として可視化する。
「迂回して一時的に遠ざかっても、近付いているように見える」
と、テスディロスがそれを見て頷く。そう、だな。ウォルドムも入り組んでいると言っていたし。
「俺達とウォルドム当人との違いは、ウォルドムなら洞窟を破壊しても外郭に問題が出ない事、かな。だから迂遠でも比較的安全なルートを模索して奥まった場所に進める」
それと洞窟珊瑚は魚の骨等を同化するように取り込んで食ってしまうようだ。その過程を発見する事ができた。だから、この洞窟に魚の死体等があれば肉は魚や海老に食われて、骨は珊瑚に取り込まれるので長期的には何も残らない。
有機物は魚や海老が。骨と無機物は珊瑚が取り込むから、心配されていたような堆積物はないに等しい。これに関しては良い事、と言っていいのだろうか。
ウォルドムは封印が維持されるように中枢部を補強し、外郭で閉じる事で環境を変えたようだ。珊瑚の働きが外郭内側や中枢部でどのぐらい機能しているかは不透明だな。ドナが感知している反応を見る限り、封印の対象は今も残っているようではあるが。
そうして少し休憩して現状把握をした後で、体力等に問題がない事も確認し……俺達は探索を再開する。
洞窟を奥へ奥へと進んでいく。ウィズで水質や水温、環境魔力等をモニターしつつルートを選んで進んでいけば……少し変化が出てきた。
「やっぱり、誤差ではないな。環境魔力が少しずつ増大してる」
「外郭や中枢部の影響でしょうか?」
「その可能性はあるね。星球儀では魔力溜まりからは外れているから」
これはルート選びにおいてヒントになるか。入り組んでいるから絶対とは言えないが、魔力の濃い方へと進んで行けば中枢部に近付いていけるはずだ。
そうしてしばらく探索を進めていくと……誤差とは言えない程に環境魔力が濃くなってくる。やがて……また少し雰囲気の違う場所に出た。
壁、床、天井と細かな穴が幾つか空いている。小さな穴が空いているのはここまででも見る光景だったが……何というか毛色というか……印象が違う。
「洞窟珊瑚の活動痕跡と……何か雰囲気が違うように思いますが」
エリオットもそれを見て同じ事を感じたらしい。
「一旦停止して……少し様子を見てみようか」
少し予期するものがあって……メダルゴーレムを使って土魔法で奇魚を模したゴーレムを構築する。これを……先遣隊代わりに洞窟内部へと進ませるというわけだ。
と――。少し進んだところで、僅かに近付いた穴から凄まじい勢いで何かが飛び出した。
蛇のような長い身体。先端に備わる大顎のような一対の刃。ワーム型の魔物だ。昆虫とも何とも言い難いフォルム。
奇魚ゴーレムの胴体を両断するように鋏状の器官が閉じられる。一瞬早くゴーレムがそれを回避するが、別の穴からも同じ生き物が飛び出して次々と襲ってくる。
壁面に張りついて質感を変化させて回避するも、その生き物はお構いなしに壁に食らいつく。壁に一条の傷を残す。微細な動きを感知しているのか、それとも魔力を感知しているのか。壁の表面に偽装しながら滑るように移動しているゴーレム目掛けて、蛇のような生き物が追撃を仕掛けてくる。
途中で、その動きが変わる。ピクリと鎌首をもたげて、探索班の先頭――俺に目掛けて動きを変えた。
「来るか!」
即座にエリオットが魔道具を掲げる。ディフェンスフィールドが展開したかと思うと探索班を包み、俺達のところに突っ込んで来ようとしたその生き物の、動きが鈍る。
それでもお構いなしだ。強引に頭を突っ込んでくる。
循環魔力を纏ったウロボロスが余剰魔力のスパーク光を散らす。大顎を広げて迫ってくるそれ目掛けて打擲を見舞えば――奇怪な悲鳴のようなものを上げながら打撃を受けたところをくの字に曲げて吹っ飛ぶ。それで退く様子もなく、2匹目、3匹目と共に再び突っ込んでくる。
「迎撃に移ります!」
「1匹は引き受けた!」
「承知!」
ウェルテス、エッケルスが水の渦を纏う槍を構えて俺の隣に並ぶのと、ワーム達が大顎を開いて――その口腔内に魔力の輝きが宿るのがほぼ同時。
放たれる魔力弾はディフェンスフィールドで減衰されている。ウェルテス、エッケルスが槍で弾き飛ばし、槍に纏った渦で巻き込むようにして体勢を崩すと、正確に頭部を刺し貫く。
悲鳴を上げながらもだえるワームがウェルテスとエッケルスに絡みつこうと動くが、ウィンベルグがカバーに入っている。魔力剣の一閃を見舞えば、ワームの身体が両断される。
俺も――打擲を見舞って動きの鈍ったワーム目掛けてウロボロスを振るう。ワームは回避行動を取ろうとする、が。
「――遅い」
回避する動きに合わせて光魔法の刃を伸ばしていた。打擲は斬撃となり、間合いの外にいたワームの頭部を切り裂く。
ガチガチと、大顎を閉じたり開いたりしながら、ワームが重力に従って落ちていく。切り裂かれたワーム達はまだ身体をくねらせて暴れていたが……反射的に動いている上に身体にトゲが生えていて物騒なので氷で閉じ込めてやると、やっと静かになった。
「怪我は?」
「問題ありません」
「同じく」
ウェルテスとエッケルスから答えが返ってくる。洞窟の中でも取り回しの良い、短めの槍を用意してきている2人である。閉所であるし、ディフェンスフィールドを展開しているから、水の渦はワームに対してもかなり有効に働いたようだ。
壁に一体化していたメダルを俺が回収したところで、エリオットが険しい表情で言った。
「この生き物は――」
「生命と魔力反応の大きさからすると……多分魔物ですね。大型のゴカイやイソメの類に似ていますが……」
「本来は砂に潜んで魚を襲う類の生き物なのですが」
「我らの知っている最大種よりも更に大きい上に、洞窟棲ですか」
と、ウェルテスとエッケルスも表情を曇らせて言う。
魔力が濃くなってきた事で、こうした魔物が定着できる環境になってきた、という事か。魔力は濃いのに精霊の活動が少ないので、攻撃的な魔物が出てきてもおかしくはないと思っていたが。
環境から魔力を取り込むが……足りない分は捕食で補うというタイプだろう。普段は動かず……捕食の時だけああして全力を発揮する。
「大きさ的に一番脅威なのは私、でしょうか? 中々素早いですが、動きは目で追えましたし……あの速度なら加護があれば……水の中でも切り払う事も可能だと思います」
鉈を軽く振るってドナが言う。
「分かりました。けれど、ドナさんは僕達にとっての目の役割ですから、みんなで守る事を基本に動きたいと思います」
「はい」
ドナは真剣な表情で素直に頷く。探知役である事を心得てくれているからな。その辺は問題ない。
さて。魔物や魔力溜まりと同じ性質があると仮定するなら、この辺があの魔物の縄張りになるか。捕食の必要があるから、奇魚や海老を目当てとして、外縁部付近で暮らしているわけだ。
「どうしたものですかな。隠密で進むか、それとも排除するか……」
「回避……できればいいんだけどね。魔力の濃い場所を辿るとどうしてもまだしばらくの間は遭遇する事になるかな」
オズグリーヴの言葉に答える。とりあえず今視界が通っている範囲では今の3匹だけだったようだが。
遭難した時や探索中の安全確保を考えると排除もやむを得ない、だろうか。
濃くなっている魔力が魔人由来のものであるならば……他の種類の魔物だって高い攻撃性を有しているというのは十分に考えられる。
「……違う魔物の種類がいると仮定した場合、探知手段も異なります。隠密が裏目に出る事も有り得ますね」
と、オルディアが言う。
「確かに、ね。他の探知手段を持つ相手に発見されると、攻撃されてなし崩しに隠密が破られて乱戦になるっていうのも、有り得る話ではあるかな」
隠密フィールドを、広く展開しようにも閉所である以上、相手がフィールドそのものに触れて感知してくるというのは有り得る。
それに……このまま封印が解かれて環境が変われば、渡りを行う危険もあるか。
倒しておいた方が後の安全にも繋がるかも知れない。
時系列を考えるならウォルドムによって環境が構築された後に来たという事になるし、洞窟にとっては外来種という事になる。封印の環境に依存する攻撃的な魔物に関しては、排除しながら進む、という方向で考えるのが良さそうだ。