番外1178 洞窟を形作るものは
広々とした空間だ。ティールでも悠々と行き来できるほどの通路と、あちこちに口を空けた穴。立体的に通路が重なっていて……確かに入り組んだ形状だ。壁面はやや滑らかになっているな。どこからか流れ込んでくる海流が侵食したと思われる。
ただ外の海流は急だが、洞窟内部の海流はそれほどでもないな。
水の透明度が高いのは助かるが……死角が多いのでライフディテクションは維持しておいた方が良いだろう。
内部の移動自体はそう難しくはないが……やはり、迷わないように注意が必要だろう。
「何ゆえにこのような洞窟が形成されたのでしょうな?」
オズグリーヴが顎に手をやって言う。
「そうだね。陸地なら地面の下の石灰岩を雨が溶かして少しずつ空洞が形成されたりするものだけれど……。洞窟が形成されてから地殻変動で海の底に沈んだとか、流れてくる海流の影響とか、或いは何かしらの生物や魔物が活動した結果……っていうのも有り得るかな」
興味が尽きないところではあるな。ただ……推測のどれかが当たっていたとしても、今回の探索で何かしらの証拠が見つかるかは分からない。
そもそも今回の目的は洞窟形成の理由を探すというものではないから、興味はあっても優先順位は低い。
「まあ一先ずは……どうして洞窟が形成されたかは置いておいて、壁や天井の強度等を確かめつつ、ドナの示す反応の方向を目指して進んでいくとしよう」
というとみんなも頷く。
影響の少なそうな部分を少しだけ削って、ウィズに分析させていくが――。削り取った瞬間に火花が散るような青い発光が見られた。魔力含有量が多い。
「いや、これは――」
闇魔法で包んで魔法の明かりを遮り……ライフディテクションの精度を上げる。ちりちりと神経伝達のような火花が走っているような反応が見られた。
手にした岩の欠片に魔力を流すと反応するように青い光が走った。返ってくる反応をウィズが分析する。
「……分かった。洞窟の壁自体が珊瑚のような生き物で覆われているみたいだ。海底の山を……長い時間かけて溶かして食っていった結果、こういう海底洞窟が形成された……かな?」
「それはまた何と言うか……壮大なものですな……」
ウェルテスが洞窟内部を見回しながら声を漏らす。
「海流に乗ってきた生き物なら、海流沿いを探せば同じような場所が他にもあるかも知れないね。この場所と同じような環境じゃないと生存に適さないのかも知れないけれど。魔力に反応しているから、珊瑚の魔物に分類される、と思う」
削り取った岩の欠片を元通りの場所に押し込み、土魔法で珊瑚の下の岩の層を洞窟と同化させる。これで元通りではあるか。
「それで、洞窟珊瑚自体が層になって洞窟内部を覆っていて、これがかなりの強度を持っている。内部なのに外骨格……というのもおかしいけれど、洞窟自体はかなり頑丈になっていると思うよ」
「それは安心ですな」
ウィンベルグがうんうんと頷いた。そうだな。崩落が少なかったわけだ。探索中の安全度も多少は増すか。
「いずれにしても方針は変わらないね。魔物に遭遇しても壁や天井を破壊しないように戦うように心掛ける必要がある。洞窟自体が珊瑚として形成されているから、影響の出ない戦い方を選ぶ、と」
珊瑚が死ねば脆くなる可能性がある。大規模な攻撃を選ぶと構造的に崩落する箇所も出て来るかも知れない。
その辺を探索前の心得として説明すると、一同が真剣な表情で頷く。
「となると、俺の覚醒能力は使わない方が良いな。水中でも雷に指向性を持たせる事は出来るが、壁や床、天井への被弾も影響が大きいとなると、な」
テスディロスが言った。
「通常の瘴気剣で対応はできそう?」
「そうだな。能力を使わなければ素の身体能力は問題ない。無理はせずに対応する」
俺の質問にテスディロスは応じる。
「分かった」
俺も頷く。雷を纏っての稲妻のような動きはできなくなるとの事だが、テスディロスは傭兵としての経験も十分にあるし、大丈夫だろう。
「基本的には飛び道具より近接戦闘での対応を、というわけですね」
エリオットが言う。そうなるかな。
オズグリーヴの場合は環境への影響を減らしつつ動けるから、流石の対応力というべきか。殿を務めてくれるのは安心だな。
さて。座標としては――緩やかに下の方向を目指していくことになるか。俺達が入ってきた入り口は、ゴーレムを形成した中心点から少し上の方になるし。
真っ直ぐに進めるとは限らないからな。穴掘りも慎重にしたいので、ルート選びは慎重にしていこう。
まずは素直に下方に向かうルートを選ぶ。縦に広がる亀裂のような構造をゆっくりと下に向かって泳ぎつつ、見通しの利く範囲に魔法の照明が灯るロッドを設置していくわけだ。ロッド部分は土魔法の即席だし、魔石がぼんやり光るだけの、魔道具とも言えないような簡素な品ではあるが。
「干渉は――。ああ。できそうだ」
珊瑚層を透過させてその下にある洞窟の壁に干渉。珊瑚層にも循環錬気で干渉して変形させる事で土と一緒に変形させ、穴を開けたそこに、照明の灯ったロッドを差し込んで同化させていく。珊瑚の生命反応にも……影響はなし。
「これで今探索している場所を分かりやすくする、というわけですな」
「そうだね。迷った時も光の方向に戻れば良い。探索して行き止まりに当たった時は、照明を回収しながら戻って、分岐点に違う色の明かりを置く事で、探索が終わっている事を示す、と」
自分の相対的位置を示す魔道具もそれぞれ持たせて遭難防止策を講じているが、それでも遭難してしまった場合は転移魔法と召喚魔法で対応する、と。
飛行船まで戻ったとしても通った道は照明ロッドが残されているので、明かりを辿れば探索し直すのも容易というわけだ。
「透明度が高いのは有難いな。照明の間隔を少し広めに取れる」
しばらく進んでから後方を振り返れば揺らめく明かりが点々と上の方に続いているのが見える。俺達が通り過ぎたからか、岩陰から恐る恐る出てきている奇魚の生命反応も見て取る事ができるな。
「生命反応と魔力反応を見る限り、奇魚は見た目はともかく普通の魚だね。あまり警戒の必要は無さそうだ」
「大きな生命力や魔力反応を示す者には注意が必要というわけですね」
オルディアが言う。そうなるな。岩を透過しての生命反応は珊瑚に紛れてやや見えにくくなってしまうようだから、より注意が必要だろう。
幾つか横穴があるが、縦長に広がった亀裂のような空間を中枢の座標に向かって進んでいたが、やがて突き当たりに至る。
「どうしましょうか?」
「少し戻ったところに大きな横穴があったから、そっちに進んでみよう」
ウォルドムも洞窟内部のルート選びはそれほど奇を衒わなかった、と言っていた。
封印を構築するのが目的で、ここにその対象者を連れてくる必要があっただろうし、選定した場所自体が既に人を寄せ付けない。わざわざ隘路を選ぶ理由が薄かったというのはあるだろう。
それに……洞窟珊瑚が岩を食うのであれば洞窟は長い年月と共に拡張される事になる。ウォルドムがやってきた当時からどのぐらい拡張されたのかは分からないが……そうなると狭い穴は当時もっと小さいものだったという結論になるから、最初からルートの選択肢として除外して構わないだろう。
そういった考えを説明しつつ、少し戻って目的の大きな横穴へと進んでいく。縦長の亀裂という印象の空間が、横穴に入るとまた違う天井の低い自然洞といった雰囲気になった。
ドナによると中枢部まではまだ遠いとの事で。崩落や遭難……それに未確認ではあるが敵対的な魔物にも気を付けつつ慎重に進んでいきたいところだ。