番外1177 西海の海底洞窟
「斜面に沿って……斜め上に進んで貰えるでしょうか」
甲板の右舷から崖に向かって手を翳すドナの言葉に従って、飛行船がゆっくりと動いていく。集中しているドナの言葉は、俺が代わりにバロールを通して艦橋に伝えている。
ロヴィーサも真剣な表情で慎重に操船しているようだった。
探知の術で返ってくる反応を探って、最も反応の強い場所を探す。ピークになる場所が中心となる、というわけだ。
「今――反応が少し遠ざかりました」
ドナが翳している手が飛行船の移動に吊られるように斜め下に動く。それを伝えればロヴィーサも飛行船の動きを止める。
ドナは右舷の縁に沿って少しだけ甲板後方へ移動していく。
「このまま、少しずつ下に動いてもらってもいいでしょうか」
『分かりました』
ロヴィーサは飛行船を下降させていく。
探知に影響を及ぼさないようまっすぐに下降していく。主翼が斜面に当たるギリギリまで粘るつもりなのだろうが、いずれにしても中々の操船技術だ。
目を閉じて手を翳すドナはかなり集中している様子だ。少し下の方に向けられていた手がゆっくりと角度を変えて――そして水平になったその時、目を開いて「ここです」と口にする。
俺も土魔法の術式を込めた魔力弾を飛ばして、一先ずの目印を付ける。魔力弾が当たったところにゴーレムが出現し壁面から上半身を伸ばしたような状態で固まった。
改めて飛行船も壁面から安全な距離まで下がる。
ゴーレムが形成されたポイントには――洞窟入口はないな。
「感じた反応は――まだここからそれなりに距離があるように思います。恐らく海底洞窟の奥に進んで行く事になるのかなと思いますが……」
ドナが真剣な表情で言う。
「崩落して埋まった入口の痕跡を探しつつ、直近の洞窟入口から調査していく必要があるかな。内部が入り組んでいた場合、反応のある座標を目指しつつ、洞窟に新しい経路を構築すれば最終的に辿り着ける……とは思うけれど」
あまり力技で直通路を作ると、封印に反応や影響が出る。ウォルドムの施した封印は大きく分けて二種類あるからだ。
侵入者を通さない外郭部分と封印対象を眠りにつかせるための中枢部――。この外郭部分に穴を開けるような方法で潜入を試みると、術式が非常事態を感知して、こちらの予期しない封印の解放を誘発してしまい……そうなると肝心の話を聞いてもらえないとか、接触そのものを避けられ、逃げられてしまう等という事も有り得る。
流石にガルディニスのような凶悪な罠を仕掛けているわけではないようだが……いずれにしても余人に勝手に封印を暴かれる事をウォルドムは望んでいないからな。
目的の場所を見定めて、外郭に影響を及ぼさない経路から近付き、ウォルドムから聞いた正規の方法で封印を解きつつ奥へ向かう、というのが良いだろう。
また、同じ理由で敵対的な魔物等と遭遇した場合、戦闘を行う場所も気を付ける必要がある。
そのへんの注意事項を伝えていくと、みんなも真剣な表情で頷く。
「とりあえずは、さっき作ったゴーレムを中心に、周辺の洞窟入口を捜索してみよう」
『船はこのまま、この座標に停泊させておきますね』
「よろしくお願いします」
ロヴィーサの言葉を受けて艦橋に一礼する。
というわけで、先程目印を探した面々でゴーレムポイントを中心にしてそこから調査範囲を広げていく事となった。
「魔力の消耗についてはどうですか?」
「今のところは問題ありませんが……そうですね。探索にも同行しますから、マジックポーションを頂けたら安心です」
ドナに尋ねるとそんな答えが返ってくる。海流対策の確認は既にできているので、メダルに魔力補給をしつつ、艦橋でマジックポーションを飲んで貰って、消耗の回復に努めてもらうとしよう。
「分かりました。艦橋に用意がありますので、少しの間休んでいてください」
「それじゃ、艦橋で待っていますね」
ドナは頷いて艦橋に向かう。
レプラコーン族についてはポーション類も問題なく効果を発揮するそうだ。この辺はイスタニアとの協力の中で分かっている事で、量をレプラコーン族の体格に合わせて減らせば大丈夫、という話だ。余ったマジックポーションは、俺が飲めば丁度良いか。
そうしてドナが戻っていったのを見届けてからみんなで手分けして周辺の探索を開始する。
洞窟入口はと言えば……それほど苦労する事なく何か所か見つかった。崩落している痕跡も見つかったが……ここはまあ、それで塞がってしまう程度で然程大きなものではなかったようだ。
ウォルドムは比較的大きな入り口から洞窟の奥を目指したと言っていたからな。中は大分入り組んでいる他、海流が影響を及ぼしている場所もあるという話であったが……さて。
「というわけで――中心点から近く、一番大きな入り口を一先ずの探索地点として反応の中心部を目指す道を模索するというのが良いのかなと」
探索を開始する箇所の目星を付けたところで一旦みんなと共に艦橋に戻り、これからの方針について話し合う。
フォレスタニアの通信室経由で冥府のウォルドム本人に映像を見て貰っているが……やはりガルディニスの時とは事情が違うようだ。
ウォルドムは自身が動けなかった期間が長い。俺が話を聞いた時は「地形等、細かい部分での記憶の正確性は恐らく当てにならない」と語っていたし、実際地形は侵食を受けやすい環境のようだ。
「この入口がそう、だとははっきりとは言えないな」
と、実際の映像を目にしたウォルドムはヴァルロスやベリスティオに対してそう答えるに留まっている。
「あまり派手に地形を変えられないというのは些か面倒ですな」
「外郭の反応を見つけたら大凡の範囲を絞りこむための情報が得られるし、中心部を目指して進みやすくなる、と思うけどね」
ウィンベルグの言葉に答える。
洞窟内部の環境変化も程々に留められるようにしたいところではあるかな。
そうやって休息を兼ねて現状確認と意見交換をし、ポーションを飲んで回復を待ったりしつつ作戦会議を行った。
そうして隊列と役割分担。後詰めに、探索手順など諸々の確認をして、十分な体力回復と装備の点検といった準備をしてから洞窟内部へと向かう事となった。
魔法生物組、飛行船や魔道具への十分な魔力補給もして、俺自身もマジックポーションを飲んで気合を入れる。
探索をしていくのは大きな入り口の洞窟からだ。内部が入り組んでいて繋がっているのなら……ある程度違う入口を選んでも目的となる中心部には辿りつけるかも知れないが、ウォルドムの言葉にできるだけ合致する条件から見ていく方が理に適っている。
「では――行ってきます」
「はい。お気をつけて」
俺の言葉にロヴィーサが真剣な表情で頷く。
装備を整えたところで出発だ。後詰めはロヴィーサを始めとしたグランティオスの部隊であるが、ウェルテスとエッケルスは同行する。
飛行船はそのまま、前線基地として洞窟の前に待機してもらう。これなら危険を感じた時に転移魔法で退避したり再度探索をしたりといった作戦行動がやり易くなる。
そうして、隊列を組んで洞窟へと向かう。先頭は俺だ。これはまあ、地形を見て補強したり通路を広げたりする必要があるからだな。ドナは隊列の中心。適宜探知を行い、中心部との距離を測ってもらう、と。
ドナの護衛は引き続きティールが行ってくれる。殿はオズグリーヴが請け負ってくれた。ティールは氷の鎧を纏う事が出来るので防御面で優れているし、水の中はホームグラウンドだ。オズグリーヴは対応力が高いので殿として安定感があるな。
というわけで……隊列を組んで甲板を飛び立ち、斜面にぽっかりと空いた洞窟内部へと進んでいく。
ティアーズが魔法の明かりを灯し、海底洞窟内部の様子を照らし出す。
『何というか……神秘的ですが、どこか不安感もありますね』
グレイスが言うと、マルレーンも少し神妙な面持ちで頷く。
「そうだね。視界が通るから、逆にそう感じる、かな」
水が――恐ろしく澄んでいる。透明度が高く、明かりを灯せば見通しは良いが、岩陰等の死角は多いな。
物陰に揺らぐ影。生命反応の光にそちらを見やれば――アランに見せてもらった資料に描かれていた奇魚が岩陰に隠れるところだった。
「……資料にあった奇魚だね。やっぱり、こういう洞窟や岩礁に隠れ住んでいるわけだ」
「そうですな。この手の魚の住処でもあるのでしょう」
俺の言葉にエッケルスが頷く。
洞窟内部に入ったところで、みんなの状態……体調の不良や魔道具等に不備がないかを確認し、そうして俺達は海底洞窟内部の探索を開始するのであった。