番外1176 共鳴探知
同行している面々の探索準備とその事前確認も済んだところで、改めて周囲の探索に移る。ウォルドムは分岐点の近く。谷間付近に目印を残してきた、と言っていた。
但し、海流を受けて地形は侵食を受ける。保全のための術式も併用しているのだろうが、年月が経っているのでそれらが残っているかは分からない。
とは言え、地形的に海流を受けにくい位置を選んではいる、という気はする。残っている可能性は十分にあるな。
「こういう場所を選んだっていう事は、海流の浸食を受けにくいところを選んでいるかもね」
「という事は、水の流れを受けにくそうな場所に特に注意を払う、というのが良さそうですな」
「では、私は少し上の方を探してみますね」
俺の言葉にオズグリーヴとオルディアが頷く。
そうだな。周囲を警戒してくれている面々は探索班とは別にいるし、生命反応、魔力反応からも危険な存在はいなさそうだ。ある程度は広がって探索しても大丈夫だろう。
「そうだね。一区切りするごとに、お互いの間隔が広がり過ぎていないか、自分のいる位置に問題がないかだけは意識しよう」
そう言うとみんなも頷いた。
各々の位置を示す魔道具があるからはぐれるという事はないが、そうした保険用装備の出番がないように安全は意識していきたいところだ。
ドナは――ティールが一緒についていてくれるとの事で。では、各々探索開始だ。
改めて周囲を見てみれば……まあ、ごつごつとした岩場と言った雰囲気だ。崖と斜面に囲まれた地形ではあるが、規模が大きいので狭いとは感じないな。珊瑚や海藻等は見られないので殺風景ではあるが……。
海流はあるが――それをまともに受けない部分も多いのだろう。あちこち堆積物が溜まっていたりもして、そう言ったところには有機物も流れ着くのか、ナマコのような小さな生き物が佇んだりしているのが見える。
「海底部分は俺が探すよ」
と言って、魔力の網を放って地形把握をしていく。堆積物を巻き上げたりすると視界が悪くなるしな。ああやって暮らしている小動物が依存している環境をあまり掻き乱すのもどうかと思うので。
そうやってみんなであちこち探していたが、やがて岩陰を覗いていたオルディアが声を上げる。
「これ――でしょうか?」
という声にみんなの視線が集まる。
「みんなも探してる途中だろうから、みんなにその場で見えるようにするよ」
そう伝えてからバロールをそこに向かわせる。幻影を展開して、集まらずとも確認できるように拡大して、オルディアの発見したものをみんなに見せる形だ。
「これですね」
オルディアがバロールに示す。岩陰に配置する事で海流から守るようにそれは刻まれていた。構造強化はなされているようだが、目印の周りだけだ。この分なら侵食を受けても目印の部分だけは残る……かな。
バロールはオルディアに応えるようにゆっくり瞬きしてから、マジックサークルを展開。それを空中に映し出す。
「ウォルドム殿の……家紋ですな、これは」
オズグリーヴが静かに言った。目当てのものが見つかったという事で、みんなもオルディアの所に集まって、それを直接見やる。
『どうやら間違いなさそうね』
クラウディアにもそれは心当たりのあるものなのだろう。
目印――岩に刻まれていた紋様はウォルドムの家系であり……元を辿ればハルバロニスに流刑となった月の民の家紋だ。ウォルドムはベリスティオと共に魔人になったからな。ハルバロニスで暮らしていた頃の家紋であるとか、その辺は記憶しているはずだ。
「では、ここからウォルドム殿の誘導した通りに進んでいく、という事になりますか」
「東側斜面中腹付近の探索ですな」
エリオットが言うと、ウィンベルグも頷いた。
「海底洞窟の点在している地点を見つけてから、私の術式を活用していく、というわけですね」
「そうなりますね。甲板から東側の斜面を調べながら進んでいきましょうか」
ドナに答え、みんなで飛行船に乗り込み、点呼をして全員が揃っている事を確認。艦橋に向かって合図を送る。
『それでは――進んでいきましょう』
外部伝声管からロヴィーサの声が聞こえて、飛行船が動き出す。大凡の深度も分かっているので、少し調節するように浮上し……そうしてゆっくりとした速度で斜面沿いに進んでいく。
「少し後方に煙を広げれば、視界の邪魔にはなりますまい。広い範囲での探知もしていきましょうか」
「煙は問題ない?」
「そうですな。少々探索中に試してみましたが……加護によるものなのか、少し出力を上げれば問題なく使えるかと」
と言って、オズグリーヴが煙を展開して、飛行船の右舷後方に広げていく。平面上をなぞって調べるので、縦長の棒状に煙を伸ばして、煙が触れた壁面の形状を探知しようというわけだ。
「それじゃあ、上を見てくれるかな。俺は、船の下側を調べていくから」
「では分担ということで」
というわけで俺は船首に移動し、定期的に重力ソナーを発する事で地形把握をしていく。
得られた情報はウィズが記録してくれている。星球儀で洞窟の位置を特定するには些か縮尺が小さすぎて細かな部分を把握しきれないというのがあるが……大まかな現在位置については掴めている。
オズグリーヴの煙の一端が船首にも伸びてきて、煙で触れて把握した地形を一定の縮尺で示してくれた。これもウィズに記憶してもらい地形図とすれば、星球儀と併せる事でどの範囲を調べたのかが分かるから、効率良く探索を進めていけるはずだ。
やがて――海底洞窟らしき穴を重力ソナーで感知する。
「見えてきたかな。そろそろ洞窟のある地帯に差し掛かってくると思う」
「それじゃあ、私も動いていきます」
ドナが俺の言葉に頷き、右舷の真ん中から東側の斜面に向かって手を翳す。重力ソナーは船首から。煙は右舷後方から展開しているので、ドナの術の邪魔にはならないはずだ。
集中するドナの安全を確保するように、ティールが付き添ってくれる。フリッパーに氷を纏ってゴーレムロープをその中に取り込み、不意に流されたりしないように態勢を整えてくれた。
ドナ――レプラコーン族の巫女の術は地下に隠された秘密――財宝や水脈、鉱脈を感知して探し当てるというものであるらしい。今回これが有効だと思われるのは、探知術の細かな性質もそうだが、ウォルドムが封印と共に少しの財宝を残していると、そう語ったからだ。
魔人が財宝を必要とするかはわからないし、実際重視はしていないのだろうが……封印から目覚めた後、色々な状況に対応しやすいよう軍資金として運び込んだと、そうウォルドムは語っていた。
だから今回はそれを利用させてもらう形だな。これなら洞窟入口が崩落して埋まっていたり、間違った洞窟を探索してしまった場合でも進むべき方向等を見定めてウォルドムの残した封印に向かう事ができる。
そうやっていくつかの探知の網を広げて飛行船を進ませていたが――やがてドナが手を斜面に向けたまま、ピクリと動いて目を開く。
「ん……。これ、かな? この反応」
そう言って、手を翳しながら首を傾げる。
「何か感知できたようですね」
「はい。お話を聞いていれば納得ではあるんですが。私の術って、探している物への思い入れみたいなものを、共鳴させて感知する、みたいなところがあるので……こういう反応は初めてです」
エリオットが尋ねるとドナが真剣な表情で頷いて答える。
ドナの説明によると、探知を依頼した者の思い入れ――例えば水脈が見つかって欲しいという希望が共鳴するだとか、財宝を埋めた者の思い入れに術式を反応させたりだとか、そういった性質の探知術らしい。
だからウォルドムの思い残しを、感知したと言えばいいのだろうか。他の可能性も考えられるが、今はまだ、あまり推測で動かない方が良いな。
「気分が悪くなったりは?」
「それは……問題ないです。珍しい反応なので少し戸惑っただけで」
俺が尋ねるとドナが心配ないというように笑って答える。それならば良いのだが。
移動して近付いていけば、より反応の強い場所を特定できるだろうとの事だ。反応がピークになる場所を中心と見定めて、そこを中心に探るべき海底洞窟を見定める、というわけだな。
では――ここからは慎重に飛行船を動かしていって、反応を探っていくとしよう。