番外1171 夕焼けの海で
二隻の飛行船を並走させるように、西へと進んでいく。
基本的には大きな街道沿いに進み、主だった都市部にギデオン王が命令を伝えていき……伝令が一通り終われば西の海域に進む、という事になるだろう。
どちらかの船を海底に進ませ、もう片方の船は連絡用に地上に残す。ギデオン王の所在を考えるならどちらかの船を海上ないし陸上に待機させて、探索班、飛行船の間での中継を行い、有事には片方の船を都市部まで戻してギデオン王に対処にあたってもらう、と……。まあ、そういった流れになるか。
「直接のお手伝いはできませんが、状況を見ながら動けるというのは有難いですね」
と、ギデオン王も伝令を終えた後の動きについて納得するように頷いていた。
「積み込んである食料の量や、海中での行動力を考えると、前衛はそちらの船の方が良さそうですね」
『そう、ですね。海底洞窟内部までは流石に船で進む事はできなさそうですが、海中の前線基地として考えるならば、その方が良いかも知れません』
俺の言葉にロヴィーサが思案しながら言った。
『魔人達の対応は分からないけれど、魔物がいる可能性は十分あるものね』
『確かに……部隊として動くことを考えても慣れた船の方が動きやすい、と思うわ』
と、イルムヒルトがやや心配そうに言うと、ステファニアも同意する。
そうだな。戦闘になった場合に海中での行動や部隊での対応を考えるなら、ウェルテスやエッケルス達が慣れた船の方がより動きやすい。
アルファが後衛に回る場合も、その操船で動いたり、アピラシアが防御に回れる分、ギデオン王の安全確保やその後の対応もしやすいというのもある。俺が魔道具の補助で転移魔法を使う場合においても、退避場所としてより安全、というのもあるか。
「そちらの船の――船倉にも魔法陣を構築しておきましょうか。転移先にできるようにしておけば、色々と対応の幅も増えるはずです」
『ありがとうございます。心強いものですね』
俺の提案にロヴィーサが笑顔を見せる。
そうやって到着した後の体制、作戦を考えつつ、二隻の飛行船は進んでいく。やがて大きな都市部が見えてきて――ギデオン王は静かに頷くのであった。
飛行船が都市部に近付くと、大きく旗が振られて誘導してもらう事ができた。
俺達が西方に用がある、というのは事前に伝えてあるので、イスタニアとしても領主達への伝達はしてあるようだ。
そのお陰か対応も割とスムーズで、俺達もギデオン王と共に領主に挨拶を済ませることができた。
幾つかの場所に伝令を行う必要があるので歓待等は行われず、この後はすぐに移動する事になるが――それでも報告等々はある。
ギデオン王、ウェズリーや騎士団長が作戦について領主に伝えている間に、俺もグランティオス側の飛行船の船倉に転移補助用の魔法陣を描いて、今後のための準備を進めさせてもらう事となった。
手早く第二船倉に魔石粉で魔法陣を描き、それを土魔法で固めて暫定的に固着させておく。後はクラウディアの属性を与えた魔石を組み込んだ魔道具で補助すれば、転移先として活用する事ができる、と言うわけだ。
作業を終えて、その旨を報告するために艦橋へ向かうと、ロヴィーサ達が俺を迎えてくれた。
「転移補助の魔法陣については問題なく構築できました」
「ありがとうございます。きっと皆も安心できますね」
俺の言葉にロヴィーサは微笑みを見せた。それから俺に「今の内にこれを預けておいた方が良いかも知れませんね」と、箱を見せてくる。
箱の中には貝を象った台座が収められており……そこに銀色の腕輪が置かれているのが見えた。
「その腕輪が……例のウォルドムの持ち物、ですか」
「そうですな。封印以前から、あの御仁が身に着けていた品です」
と、エッケルスが言う。それを俺と同行している改造ティアーズが中継すると、水晶板越しに腕輪を目にしたフォルセトが真剣な表情で口を開く。
『ハルバロニスの古い時代の細工物に似ている気がします』
「それは――説得の場面において有効に働きそうな印象もありますね」
まあ、知らないと言われたらそれまでの話ではあるのだが……有効そうな材料はできる限り集めておきたい。
「では――これは大切にお預かりします」
「よろしくお願いします」
箱ごと受け取ると、ロヴィーサとエッケルスが一礼してくる。説得に当たる際に必要なものだからな。魔法の鞄に入れて持ち運びしやすいようにしておこう。
そうやって海王の腕輪を受け取ったりしていると、ギデオン王やウェズリー達も戻ってきたのが見えた。では飛行船に乗り込んで、次の都市部を目指して動いていくとしよう。
そうしていくつかの都市部を回って、ギデオン王から伝令をし、領主達に挨拶もしていく。
各領地の町や村々へは領主から通達に動くという事で、細かな部分の対応は領主に進めてもらうわけだ。
門や街道の警戒度の増強、町や村との連絡体制等の一時的な強化、という事になるが……まあ、現時点ではそこまで負担が増えたりするわけではないだろう。
「とりあえず、主だった場所への通達に関しては問題無く終わりました」
シリウス号に戻ってきたギデオン王がそう伝えてくる。
「では――このまま西へと移動しましょうか。本島以西に、拠点がある、という話でしたが」
「ええ。最西端の拠点まで向かうとしましょう」
と、ギデオン王が地図を広げてくれる。本島から離れ、一般的な海路の上空を通って西の海に浮かぶ島々を目指して移動していく、という事になるな。
海底洞窟付近はイスタニアから外れるから、その場所が目的とする海域から最寄りの拠点、という事になる。そうした海域を治める領主にも通達を行う必要はあるが、俺達が補給を行ったり撤退したり、という事も状況によっては視野に入ってくるから、まあ、飛行船が来ている事等を知らせておくのは重要だな。
イスタニア本島の西の灯台を眺めつつ――海原に向かって進んでいく。あちこち巡ったので時刻は夕暮れ時だ。食事の準備も進み……そろそろ夕食時という頃合いだろうか。水平線に向かって陽が沈もうとしているところであった。
「夕焼けの海……綺麗ですね」
と、ドナがモニターを見て笑顔を見せる。そうだな。今日の日の入りは見事なものだ。
手前の空は青。太陽の消えようとしている水平線に近付くに従って黄色から赤とグラデーションが広がっていて、何とも綺麗なものだった。
「そろそろ夕食にしようか」
「甲板で夕焼けを見ながら食事っていうのも悪くないかも知れませんね」
『ああ、それは楽しそうですね』
俺が言うとエリオットが笑顔で提案し、ロヴィーサも乗ってくる。というわけで、二隻並んで夕焼けを楽しみながら食事、という事で準備を進めていく。
飛行速度を緩やかにし、互いの船を一定の距離、速度を保ったまま移動できるようにバロールを派遣して調整。
そうして甲板に料理を運んで、みんなで夕焼けを楽しみつつ食事をとる。
ギデオン王にはイスタニア料理を堪能させてもらったので、俺達も返礼としてフォレスタニアでしか食べられない物を用意するのが良いだろう。
ロヴィーサ達とも一緒に料理を食べられるようにという事で、グランティオス側の持ってきた食材を一部融通してもらい、カレーを多めに作る。グランティオス側には白米を多めに炊いてもらい、みんなで食事だ。
「おお……何とも複雑で芳醇な香りと味わいですね……。これは食が進みます」
と、カレーを口にしたギデオン王が驚きの表情を浮かべる。
「美味しいです……!」
「魚介類を使ったカレーだな。素晴らしい」
「テオドール公の作る料理はやはり美味だな」
ドナも笑顔になり、ウェルテスとエッケルスがそんな風に言って頷き合う。シーフードカレーなのでグランティオスの面々にも好評なようで何よりである。