番外1170 西の旅へと
イスタニアは島国。しかも王都は港町が近いという事もあって、海の幸を使った料理が次々と運ばれてくる。
『ん。美味しそう』
『ふふ。こっちの夕飯も今日は海の幸みたいだわ』
『イスタニアの宴会も、きっと海のものかと思いまして』
シーラの言葉にイルムヒルトとセシリアが答えると、シーラはぐっと拳を握って喜びを露わにしていた。マルレーンもシーラの様子に少し肩を震わせる。そんな調子でフォレスタニアは平和なものだ。
会場で専用のテーブルについたレプラコーン族が嬉しそうに笑顔で談笑している。階段付の椅子に座って、俺達と変わらない目線の高さで宴会を楽しめるようにする、ということらしい。
王城にレプラコーン族用の家具の用意があるあたり、イスタニア王国とレプラコーン族の関係が良好である事が窺えるな。
ギデオン王もモニターや宴会場の様子を見て少し笑い、宴会準備の進捗を確認すると視線を送る。それを受けた楽士達は演奏を一旦中止して、笛を高らかに吹き鳴らした。
宴会場のざわめきが急速に静かになって、皆の視線が集まる。そうしてギデオン王は静かに頷くと、宴の始まりを宣言するために口を開いた。
「今宵は王城に賓客を迎え、歓迎の宴を開く事が出来て誠に喜ばしく思っています。これから力を合わせて作戦に臨むにあたり、今宵の宴が互いの絆を強いものにしてくれれば、これ以上はありません。またこれから先の将来に渡って平穏の礎ともなる事を望んでいます」
ギデオン王の口上に拍手が送られ、そうして酒杯を掲げると宴会場に居並ぶ面々も酒杯を掲げる。
「作戦の成功と我らが友好に! 乾杯!」
「乾杯!」
と、みんなもギデオン王に続いて酒杯を傾け、宴が始まった。
食文化としてはヴェルドガルやシルヴァトリアに近しい部分もあるかな。
魚介類とキノコのスープ。塩漬けしたサーモンとポテトのサンド。ニシンの酢漬けに焼き魚。サラダや山羊のミルクから作られたチーズ等々……それぞれにイスタニアらしい細かい特色もあって美味である。総じてパンとの相性が良くて食が進むというか。
歓迎の宴という事でイスタニアの伝統的な料理を多めにしているらしい。
「ああ……。タームウィルズもそうですが……陸の料理で魚介類中心というのは最高ですな」
と、エッケルスは魚料理を口に運んで目を閉じ、ウェルテスも料理を味わいながらうんうんと頷いていた。海中では気軽に火や油を使えないからな。地上の料理は中々の贅沢だったりするのだ。
そんな事もあって、エッケルスの氏族達は大分嬉しそうに食事を楽しんでいる様子だった。レプラコーン族にとっても魚介類は普段は食べない御馳走という事で、大人も子供も美味しそうに口に運んでいた。
やがてみんなの腹が満ちるに従い、食事から余興や談笑に主軸が移っていく。イスタニアの重鎮と挨拶を交わしたり、楽士達の演奏に合わせて踊るレプラコーン族の余興を楽しませて貰ったりする。
俺達も返礼としてゴーレム楽団による魔法楽器の演奏を披露して……イスタニアの宴は結構な盛り上がりを見せたのであった。
そうして明くる日。やや遅い時間に起き出し、朝食をとってから動いていく事となった。
まずレプラコーン族の面々を集落まで送ってから、ギデオン王と共にイスタニアの主要な都市部を回って今回の協力作戦に関する通達をしていくわけだな。
とは言っても現状では通常より高めの警戒態勢を取っておく事以上の話にはならない。封印を解いた後の交渉が不調に終わり、その後の魔人達の行動に干渉できなかったら……似顔絵や胸像等を作って各都市に配る等、次の段階に移るかも知れないが、それまでは経緯から考えても穏便に進めるだけの話だ。
『レプラコーン族は、森で暮らしているわけでしょう。結界のような備えは大丈夫なのかしら?』
「私達も森の集落を中心に何重かの結界線を構築していますよ。魔道具作りなどでもイスタニア王国と協力しているので技術交流もありますし、結界がないとやはり不安が残りますから」
ローズマリーが尋ねるとドナが明るい笑顔で教えてくれる。
『それなら安心ね』
と、その言葉を受けてステファニアも納得したように頷く。
魔道具作りか……。なるほどな。細かい装飾ができるという事はより寓意を込めやすくなるから、魔道具の性能向上にも繋がる。そうした交流の中で結界術についてもレプラコーン族に伝わったのだろう。
レプラコーン族に関して言うならトライスやセバスター達は集落に残るし、事情は知っている。集落を守る人員もきっちり残っているので問題はあるまい。
レプラコーンが出払っている集落を見守るためにシーカーを配置しているが、回収については……そうだな。作戦が終わるまでは待っても良いだろう。俺達の方で問題が起こればすぐに知らせて結界の展開もできるだろうから。
そんなわけで旅支度を整えたら出発だ。
ギデオン王の護衛としてウェズリーや騎士団長が同行する。主だった重鎮達が出発前の見送りという事で顔を見せていた。そんな重鎮達にギデオン王が言う。
「では、行って参りますね」
「はい。くれぐれも無理をなさらぬよう」
「ええ、分かっています」
ギデオン王が穏やかに笑って応じる。それから重鎮達は俺にも向き直り、一礼してくる。
「作戦が首尾よくいきますよう祈っております」
「はい。こちらも安全の確保に関しては気を付けたいと思います」
重鎮達の心配事としてはその点だろう。国内の情勢も安定してきた状況だからな。尚の事ギデオン王が重要、というのは分かるので、その辺はしっかりしておこう。
シリウス号にみんなで乗り込み、王都から移動していく。
集落に向かう道中はオズグリーヴが事前に言っていた通り、煙による余興でレプラコーンの子供達の面倒を見てくれた。
オズグリーヴの余興に関しては――俺達が隠れ里を訪問した時の出来事――魔物や魔獣の襲撃を退けた時の再現をしたものだな。
煙で隠れ里のミニチュアを作り、どうやって迎え撃ったか。どんな戦い方だったか、等々、オズグリーヴが解説しながら再現していく。
「こうして――境界公や奥方様達は隠れ里の仲間達を守り抜いて下さった、というわけです」
「すごい……!」
「格好良い……!」
と、レプラコーン族の子供達のきらきらとした視線が俺に集まったりしているが。
んん……まあ、何だ。そうした反応は俺としては些か気恥ずかしいが、楽しんで貰えたなら良かったのではないだろうか。
そうこうしている間にレプラコーン族の集落近くに到着する。
アピラシアによると働き蜂で全員が揃っているのを把握しているとの事だ。念のために確認をして貰い、それで問題なければ送り届けてイスタニアの西方面へとそのまま移動していく事になるだろう。
集落の広場にレプラコーン族が降り立ち、トライスとセバスターが全員揃っているか名前と人数の確認を進める。レプラコーンの子供達は名前を呼ばれると明るく手を挙げて返事をしていた。
「最後に――ドナ」
「はい、長老様」
トライスに名を呼ばれたドナは、静かに頷く。
「気を付けて行ってくるのだぞ」
「そなたに限っては大丈夫とは思うが、怪我をしないようにの」
「ありがとうございます、長老様、おじいちゃん」
ドナがトライスとセバスターにそう答えると、子供達も詰め寄ってくる。
「いってらっしゃい、ドナおねーちゃん……!」
「気を付けてね……!」
と、心配そうな子供達を見て頷いて、頭を撫でたり手を取り合ったり笑みを返したりしつつ、一時の別れを惜しんでいた。
やがてそれも落ち着き、ドナはこちらを振り返って「お待たせしました」と明るい笑みを見せる。
「ドナねーちゃんをよろしくね」
「ああ。みんなで無事に帰ってくるよ」
そう言って子供達を真っ向から見やって頷く。
そうして……俺達はシリウス号に乗り込み、レプラコーン族に見送られながらイスタニアの西へと出発したのであった。