番外1168 妖精の異能
話を聞いてみれば、トライスが協力を申し出て来たのは当てがあるかららしかった。トライスとセバスター達はレプラコーン族の主だった者達を集めて同席させ、事情を説明した上でレプラコーン族について教えてくれた。
「儂らは妖精族を祖先に持つと伝えられておる。そんな中で……先祖返り、と言えば良いのかの。失せものや埋まっているものを探し当てる才、異能のある者が時折出て来るのじゃ」
「水脈等々……イスタニア王国の水源の幾つかは、森の隣人の協力で掘られたものなのです」
トライスとギデオン王がそんな風に教えてくれる。
妖精を祖先に持つ、か。伝承という形ではあるが、来歴としては納得のいくものであるかな。
「なるほど。その能力を使って海底洞窟の探知や内部探索に協力ができるのでは、と?」
「そうなるのう。儂らとしては戦力としてもそこそこに自信があるつもりじゃが、流石に境界公を実際に目の当たりにしてそこを売りにするのは些か厳しいからの」
そう言ってから「自分の身は自分で守る、ぐらいの事はできるか」と、付け足すトライスである。集められた主だった者達も、やる気満々といった感じでそれらの言葉に頷いていた。件の先祖返りした者もこの場に参加している、という事らしい。
「レプラコーン族の方々の戦い方としては……やはり木々の間を飛び移りながら、といった感じでしょうか?」
「む。流石というか、そこまで予想がついてしまうか」
と、セバスター。まあ……セバスター達が最初、樹上から現れた事がヒントだな。あの位置が隠密にも会敵した時にも有効だからそうしていた、と。
身体能力の高さと体重の軽さから推測するに、木々の中ならあちこち飛び回って移動したり戦ったりといった事ができそうだと思っていた。
「同じような戦い方をする知り合いがいるのです」
「ほほう」
そういう戦い方はシオン、マルセスカ、シグリッタと最初に会った時のことを思い出すというか、セバスター達の戦い方を想像する元にもなっているが……シリウス号の船内や洞窟のような閉所でも力を発揮するだろう。
「というわけだが、どうかの?」
トライスが尋ねてくる。そう、だな。西の海域の探索は危険も予想されるが、そうした探査能力は有用だろう。イスタニアやレプラコーン族との今後の関係を考えた場合においても、ここで断るのは得策ではない、と思う。
「……分かりました。では、その方向で協力をお願いしても良いでしょうか? 有事に危険だと感じた場合は、術式によってフォレスタニアに転移させる形で安全確保をする事もできますから」
そう伝えると、トライスとセバスターは少し驚いてから真剣な表情になって一礼してくる。
「むう。それは有難い話じゃな。こちらこそ一族の者をよろしく頼む」
という言葉に、頷いてから尋ねる。
「同行して頂く方に目星はついているのですか?」
「今の代に探知の異能を持つ者は1人しかおらぬので、その辺については問題ないぞ」
「儂の孫娘じゃな」
ギデオン王の言葉にトライスとセバスターがそれぞれ言う。セバスターの言葉に合わせるように1人のレプラコーン族の少女が一歩前に出た。
赤毛のレプラコーンだ。快活そうな表情で、豊かな髪を大きな三つ編みにしている。背中に自分の背丈ほどもある鉈を背負っているな。
「ドナって言います。よろしくお願いしますね……!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
『よろしくお願いしますね』
と、明るく挨拶してきたドナに笑って応じる。モニターの向こうの面々もドナに挨拶をして、お互い笑顔になっていた。
「我らの間では巫女殿、と呼ばれておるな」
「まあ、ドナは村の中でも屈指の腕自慢でもあるから巫女という雰囲気はないが」
巫女、か。ヒタカのユラもそうだが、特異な能力を発現するとそうした立場になる事も多いかな。
腕自慢というのは……まあ、魔力で身体能力を強化しているならば、魔力の高い巫女がそうなるのも自明だろう。
「では――これからの話をしましょうか」
そうしてドナの同行が決定したところで、ギデオン王が言ってくる。
そうだな。西の海域に向かう前に、イスタニア国内に通達する等、まだやる事が残っている。
「通達が必要であれば、シリウス号で主だった都市部を回る事は出来ると思います」
「それは――助かります。そうなると説明と指示も私自身が行うのが手っ取り早いでしょうか。流石に洞窟の探索にまで同行を申し出ては皆を困らせてしまうでしょうが、此度の事はできるだけ力になりたいのです」
ギデオン王はそんな風に申し出てくる。ウェズリーや騎士団長も、俺を見て頷いてきた。
ウェズリー達もギデオン王の気持ちは承知の上、という事か。
「森の隣人との約定と国の状況の兼ね合いもありますからな」
「うむ。草原の隣人の事情を考えると、儂らも一族を挙げて、というところまでは申し出るには躊躇われる状況ではあるのう」
ウェズリーの言葉にトライスが答えて頷き合う。
イスタニアとレプラコーン族は何かあれば協力して事に当たる、という約束をしているらしい。レプラコーン一族を挙げて探索に全面協力という事になれば、イスタニアとしても約定に基づいて相応に動く必要があるそうで。
だから協力の度合いを加減する事で、イスタニア――特にギデオン王の行動に自由の余地を残しているという事であった。
「境界公に勇気付けられた私自身の思い入れもありますが……国の状況を考えると、流石に自重しなければいけませんからね」
と、苦笑するギデオン王である。俺の歳が近いので王として勇気付けられた、という話だったな。
一方でイスタニア王国は若くして即位したギデオン王を支えて地盤固めをしている段階という事で、家臣達にとってはギデオン王の身の安全が最優先であるというのは間違いない。その辺の兼ね合いもあって家臣達としては洞窟探索同行までは遠慮してもらいたいと、考えているようで。それについてはギデオン王自身も承知しているようであった。
「そういう事情でしたら、僕達としても可能な限りそれぞれの意向を汲んだ方向で動いていきたいところですね」
というわけでギデオン王の都市部への同行と、ドナの探索における協力が決定したのであった。
主要都市を巡って今後の指示を出すにしてもギデオン王の準備は必要だ。そうした準備を整えると共に、俺達の歓迎の宴も用意しているという事で、シリウス号で王都に戻る事になった。
探索前に相互理解を深める目的もある。ドナを含めたレプラコーン族の面々も歓迎の宴に参加する形だ。
というわけでレプラコーン族もシリウス号に乗り込み、王都へと移動する。レプラコーンの面々は艦橋に案内されると随分と驚いていたが、シリウス号が浮上すると喝采を送ってくれた。妖精に近しい一族だけあって、陽気な部分があるな。
「里の冬場のお仕事は、ゆっくり進めていけば良いものばかりですからね。お陰でみんな宴会に参加できるって喜んでます……!」
と、レプラコーンの子供達を引率していたドナがそんな風に教えてくれる。
秋口に食糧を溜めて、冬場は割と慎ましやかな暮らしをするのだそうな。だからこうしてみんなで宴に参加しても問題ないというわけだ。
とは言え、一時的に里を留守にする事には変わりないので、シーカーを残してきている。
宴会が終わったらレプラコーンの面々を里に送っていくのだし、シーカーはその時に回収すれば良いだろう。
一先ずイスタニアとレプラコーンの了承と協力は取り付けられたからな。宴を楽しませてもらいつつ、良い関係を築けるように交流も進めていくとしよう。