番外1167 小人たちの暮らしは
迎賓館に通されるとレプラコーンの少女が数人やってきてちょこまかと動き回ってお茶と菓子を用意してくれた。
俺達から見て通常サイズの丸いテーブルには階段が付いていて、歩いて登ればレプラコーン達にも配膳ができるというわけだ。
『ふふ。可愛らしいですね』
レプラコーン達の動きを見て、グレイスが微笑んで言った。確かに、メルヘンな世界に迷い込んだようで、俺としても微笑ましいというか。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
と、屈託なく笑うレプラコーン達である。
「ふむ。これは――飲んだことのないお茶ですな」
「どんぐりから作ったお茶とお菓子ですよ」
茶を口にしたオズグリーヴが尋ねると、レプラコーン達が明るい笑顔で答えてくれた。
どんぐりか。少し煎ったような香ばしさが感じられるが、お茶としては意外に癖のない、飲みやすい味のように思う。菓子の方はクッキーというか、焼き菓子だな。こっちも甘くて美味しい。
どんぐり自体は割と普通に食用にできるらしい。種類によって渋みを抜く必要があったりなかったりするらしいが……お茶も菓子も美味しいと思う。
『どんぐりを集めてるところ……見てみたい気もするね』
セラフィナが嬉しそうにそんな風に感想を口にすると、マルレーンもにこにこしながら首を縦に振っていた。確かに……どんぐりを集めている光景が似合うというか何というか。妖精に近しい種族だからか、身体のサイズが近いからか、セラフィナとしても親近感が湧くようであるが。
「ふぉふぉ。客人は我らの暮らしに興味があると見える」
と、そこにやってきたのはレプラコーンの長老だった。司祭のような衣服と帽子。手には錫杖。長い白眉と白髭を蓄えて、如何にもといった雰囲気だ。魔力も頭一つ抜けて大きなもので、身体強化に特化していた戦士達とはまた違う魔力を湛えている。
「お初にお目にかかります」
まずは挨拶と自己紹介からだな。長老に一礼してからそれぞれ名を名乗る。『水晶板越しで恐縮ですが』と、後で合流してくるウェルテス達も長老やセバスター達に挨拶をする。
「これは御丁寧に。儂はレプラコーンの里を預かるトライスと申す。以後お見知りおきを」
長老――トライスも水晶板には少し驚いた様子であったが、自己紹介をしてくれた。
円満な関係を築く意味でも、本題に移る前にレプラコーン族の風習やイスタニアとの関わりについて聞いてみるのは良いかも知れないな。実際のところ俺自身興味があるので。
「レプラコーン族の皆さんの暮らしや、イスタニア王国との関わりについては確かに興味がありますね」
「ほうほう」
「ふふ。興味を持ってもらえるのは嬉しい事ですね」
俺の言葉にトライスとギデオン王は笑みを深め、色々と教えてくれた。
森の隣人――レプラコーン族については元を辿れば、かつてイスタニア王国と共闘した仲、だそうな。
「多くの地域でそうだと思いますが、ゴブリンやオークは……私達にとっても共通の敵でしたからね。イスタニア王国の先祖達が島に移り住み、連中との戦いの中で互いに助けたり助けられたりしている内に、自然に互いを敬うようになっていったと言いますか」
「そうですな。平原はイスタニアの民が。森は我々が守り、ゴブリンやオークを島から一掃するに至ったわけです」
なるほど。イスタニアにはゴブリンがいない、というのは有名な話だ。
星球儀で見たところ、本島に目立った魔力溜まりもないし、支配域を広げていけば、いずれは連中を島から追い出せる。平原と森とで、住んでいる場所が違う、というのも共闘や対ゴブリン戦においても大きいだろう。
これが大陸だと事情が変わってきて、ゴブリンやオークは魔力溜まりの少し奥――危険度の高い地域に分散して巣を持っていたりするからな。
個体数の増加や食料難。勢力の拡大。或いは別の魔物に追われたとか、何かしらの理由で外に出て来たりして、人里で問題が起こったりするわけだ。
連中も人間や獣人、エルフやダークエルフと正面切って戦うと分が悪いと知っているからな。魔力溜まりの主や強力な魔物からは襲われず、さりとて軍や冒険者達が継続して活動するには難しいといった半端な奥地を選んで住処としている。
翻ってイスタニアは――ゴブリン達にとっての「拠地」を確保しにくい環境だったわけだ。
レプラコーン族も見た目に比してかなり強そうだしな。
「そうして今現在では、互いの領分を守る約定を結び、良き隣人として暮らしておるというわけじゃな」
「現在でも得意分野でお互い交流し、助け合ったりもしていますよ。レプラコーンの手工芸や細工物は非常に細かく、見事な技術を持っています」
確かにな。家々の作りやこの迎賓館も立派なものだ。戦士達は手斧や槍、弓矢で武装していたし、手先が器用なのだろう。
そうやって色々と暮らしぶり等を聞いた後で、俺達もタームウィルズやフォレスタニア、シルヴァトリアの話等をして……それから本題に移っていく。ウォルドムとの約束について、ギデオン王に伝えたのと同じ事をトライスやセバスター達にもう一度説明していく。
「――そうした事情から西の海域に赴き封印を解くことを希望しているのです。その上で、彼らを説得し解呪を行う、というのが目的となりますね。イスタニアが比較的近い陸地である事から、説得が不調に終わった場合でも危険のないようにしたいと、幾つかの対策も考えました」
例えば、オズグリーヴ達が住んでいた隠れ里を代わりの居住地として紹介するであるとか。
和解と共存を望んでいる俺としてはやや複雑な気分であるが、管理された上での封印の継続も対案になるだろう。ウォルドムから聞いている経緯からすると、再封印を当人達が望む、というのも考えられる。
『その遺言を残した魔人というのは、かつて我ら氏族を率いていた御仁です。今では我ら氏族は戦いを経て、グランティオス王国の一員として迎えられておりますが……だからこそ過去の恩と義理をお返しし、女王陛下と境界公からの恩に報いたいと考えているのです』
と、ウェルテス達が理由と共に同行したいという旨を伝えれば、トライス達も真剣な表情で耳を傾けている様子であった。
「その話を聞く限りでは……説得が上手くいく可能性も十分にありそうじゃな」
「私達もそう思いました。ここで境界公の話を断っても、そこに封印がある事は変わりません。問題を先延ばしにするよりは、成功の公算が高い今回の一件に協力をするのが良いのではないかと判断し、一緒に話をしに来たわけです」
トライスの言葉にギデオン王が答える。それを受けてトライスはしばらく思案していたが、やがて口を開く。
「話は分かった。ここまで自ら話をしにくるというのも、儂らの事を重んじてくれる誠実さ故、であろうな」
そうして顔を上げると、セバスターに視線を向けて言った。
「儂としては境界公達の話は信用に値するし、事情が事情であるから協力したいとも思うが……そうするにしても儂らの安全にも関わる事。同意しておいて全てを人任せにするというのは不義理というものであろう」
「それは確かに」
「今の儂らで何か手伝える事、或いは力になれる事がないか、共に検討したいところではあるのじゃが、どうかの?」
と、トライスは俺を見てくる。
「分かりました」
直接同行して手伝うとか色々考えられるが、レプラコーン族の何が俺達にとっての手伝いや助けになるのかというのも、確かに少し検討しないと分からないところではあるかな。