番外1166 森の隣人
「ああ、見えてきましたぞ」
ウェズリーが水晶板モニターを見ながら言う。街道沿いに低空をゆっくり飛行していくと……やがて大きな森林地帯が見えてきた。
「ふむ。このまま飛行船で近付いて彼らを驚かせてしまう、という事はありませんか?」
「確かに……そうですね。途中で降りて共に森の中へ向かうという方が良いでしょう」
騎士団長の言葉にギデオン王も首肯した。
そうして頃合いを見計らって街道脇にシリウス号を停泊させ、そこから森の中へ、みんなで歩いていく、という事になった。
例によって留守番はアルファやアピラシア、ティアーズといった面々がしてくれる。甲板の淵から顔を覗かせるアルファ達に「よろしく」と言うと、各々こくんと頷いていた。
バロールも船に残しているので、ガルディニスの隠れ家の一件も含め、何かあればすぐに対応できるだろう。
そうしてみんなで街道を歩いて、森の中へと入っていく。
森の中に通じる小道も整備されているようだな。森の隣人の手によるものか、道の除雪もされていて、歩きやすい。
雪を被った森は神秘的な印象があるな。広葉樹の葉が落ちているから比較的見通しは良いが木々の密度はそこまででもないから、他の季節でも木漏れ日が程良く差し込んでくるだろう。恐らく、四季折々に明るい森なのではないだろうか。
「綺麗な森ですね」
「そうですね。気候の良い頃に来ると、爽やかで良い雰囲気ですよ」
俺の言葉にギデオン王が笑みを見せる。なるほどな。ギデオン王も含めて割と気軽に交流しているようで。
そうやって進んでいくと……少し森の奥まで来たところで、木立ちに声が響いた。
「む。すまんな。そこで止まってもらえるかの?」
と言う初老の男の声だ。声はすれど、姿は見えない。視界に入らないように姿を隠しながら声をかけてきたというように思うが。
「この声は――セバスター殿ですか」
「うむ。よくぞ来た、平原の隣人よと、歓迎したいところではあるのじゃがな。森の外の……あれは何じゃ? こちらに向かって飛んできたから、森の外れまで様子を見に来たのじゃがな」
「あれは飛行船と言ってヴェルドガル王国のお客人の乗り物です。私達の間でも新しい乗り物ですね」
セバスターという人物の声に、ギデオン王が答える。
「なるほど。一緒にいる者達が、その客人というわけかの」
と、同行している俺達に話題が移ったので、一歩前に出て一礼する。
「お初にお目にかかります。ヴェルドガル王国から参りました。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
複数の魔力反応は感じるが、向こうが姿を見せていないので警戒させてもいけないからな。便宜的にというか、森の小道の奥に向かって自己紹介と一礼をする。
「む……。噂に聞くヴェルドガルの境界公か。精霊達も懐いておるし、そうやって礼を示された以上はこちらも姿を見せねばなるまいな」
そう言って、セバスターが姿を見せる。樹上――幹の陰から顔を覗かせると、するすると器用に樹を降りてきた。
その姿は……ドワーフに似ているだろうか。カラフルな帽子と衣服に白い髭。ただ、ドワーフよりもずっと小さいな。三角帽子も含めて膝ぐらいまでしか背丈がない。
魔力は結構強いもののようだが、魔力波長からすると……身体能力強化に特化している印象がある。
恐らく見た目からは想像できないような怪力であったり、身体能力の高さと体重の軽さに応じた、俊敏な動きができたりするのではないだろうか?
「ふむ。儂の姿を見つけるのが早い。どうやら居場所も分かっておったようじゃな。レプラコーン族の戦士長、セバスターという」
セバスターが後ろを振り返り、手で合図をすると、あちこちの樹の上からちらほらと姿を見せる者達がいた。
レプラコーン族……小人族か妖精か。詳細な区分はともかく、森の隣人というのは彼らの事だ。あまり森から外に出ない種族なので、BFOの情報や文献等で存在だけは認知しているが、風習やらの細かい事までは知らない。
というか、向こうは俺の噂を聞いているわけか。イスタニア王国の民と交流があるから、その経路で噂を耳にしたのかな。
セバスターは容姿がノームやドワーフに似ているが、もっと若い年齢の者もいるな。カラフルな衣装に帽子、というのは変わらない。年配は三角帽子。比較的若い姿の者達は帽子の形もまちまちでデザイン性が強いものだったりするが……この辺は部族的な決まりがあるのか、それとも若い世代の流行りとかそういうものだったりするのか。あまり外に出ない種族なようなので色々と興味深い。
「初めまして。エリオット=ロディアス=シルン=オルトランドと申します」
「テスディロスという」
「ウィンベルグと申します」
エリオットも挨拶をし、テスディロス達もそれに続くとレプラコーン族の面々もお辞儀と自己紹介を返してきた。
各々自己紹介が終わったところで、ギデオン王が頷き、来訪してきた用向きを伝える。
「今日はイスタニア王国を預かる身として、森の隣人にお話があって客人を連れてきました」
「なるほどのう。では……長老の所に案内せねばなるまい」
ギデオン王の言葉にセバスターが頷くと、オズグリーヴが言った。
「その前に。私達は今、境界公から力を封印してもらっておりますが、魔人であるという事を先にお伝えしておきましょう。問題があれば船で待っています」
「今回ここに来たのは相談したい事があったからですね。オズグリーヴ達の事ではないのですが、魔人に絡んでのものなのです」
オズグリーヴの言葉に、俺からも補足するように説明をすると、セバスターは長い白眉毛に隠れた目を片方見開き……しばらくまじまじとオズグリーヴ達を見てから言う。
「精霊達は……先程同様、危険ではない、と言っておるようじゃな」
「うむ……。確かに」
一瞬緊張した空気があったが、レプラコーン族が顔を見合わせて頷き合う。
どうやら、精霊とも親和性の高い種族のようだな。割とあっさり姿を見せてくれたのはその辺が理由でもあるのだろうか。
「まあ……よかろう。封印というのがどういう物かは分からんが、悪さはせんのじゃろう?」
「そうですね。話をしに来ただけで、敵意や害意はありません」
オルディアが言うと、テスディロスも「同じく、敵意や害意はない」と言って、ウィンベルグ、オズグリーヴもそれに続く。
セバスター達は納得したのか「ふむ。では里まで案内しよう」と言って森の奥を示してきた。
それを見ていたグレイス達も安心した、というように笑顔で頷く。一先ず、話を聞いてもらうというところまでは漕ぎ着けたかな。
森の小道を奥へと進んでいくと――やがて森の中に小さな家々が見えてくる。
レプラコーン族のサイズに合わせた家、という感じだな。平たい円錐型の茅葺屋根の家は中々に風情がある。
里に近付いていくと、家々の扉や窓からレプラコーン族が姿を見せたり、顔を覗かせたりして、興味深そうにこちらの様子を見てきた。
偵察に出てきたのは男性のレプラコーン族ばかりであったが、里には女性やもっと小さな子供のレプラコーンもいるようで。
『こじんまりとしていて可愛らしい里ですね』
と、エレナがレプラコーンの里の様子に笑顔を見せる。そうだな。カラフルな衣装に小さな町並みと、中々メルヘン感のあるレプラコーン達である。
そんな小さな里の中に、人間サイズに合わせたと思われる家が一件だけ建てられている。来客を迎えるために建てられたという事らしいので、いわば迎賓館といったところか。
セバスター達はその迎賓館へと俺達を案内してくれるのであった。
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