番外1165 過去と今と
『新しい発見はありませんでしたが――我らが眠りにつく前にウォルドム殿が身に着けていた品を見つける事ができました』
エッケルスが中継画像の向こうで海溝探索の成果を教えてくれる。
エルドレーネ女王から連絡をもらったので、ギデオン王達にも同席してもらいながら水晶板モニター越しにエッケルスから報告をしてもらっているわけである。
グランティオス王国の面々もこちらに合流したいという事なので、ギデオン王達と挨拶をして貰った方が円滑に進むからな。
そんなわけで中継映像越しにではあるが、エルドレーネ女王達とギデオン王達も挨拶を済ませ、みんなでエッケルス達の話を聞いていたところだ。
「それに関しては、海底洞窟に向かってから説得をする際に有効かも知れませんね。もしかすると、相手が知っている品物の可能性があります」
『そうですな。話を信じてもらう一助になる、かも知れません』
俺がそう言うと、エッケルスは同意する。
新しい発見自体はないにしても重要なものが見つかったと思う。
ウォルドムとしては眷属達にも海底洞窟に遺してきた封印の事は秘密にしていた。眷属達を集める前の話だったから……私物が残っていたというのなら、心当たりのある者が海底洞窟にいても不思議ではあるまい。
いずれにしても元眷属達が説得の為に合流してくれるというのは心強い話だ。取れる手立ては多い方が良い。
『元眷属達が海王の足跡を調べる事については、回帰したがっているとも思われてしまうのではと危惧する声も少しあったのだがな。まあ、それに関しては他の者達にも忌憚なく意見交換をする場を用意し、調整を行った。結果としては有意義なものとなったと言えよう』
エルドレーネ女王が言うと、エッケルスも頷く。
『我らの中から危惧する声が上がった話ではありましたが……グランティオスの各氏族は皆、私達がグランティオス内での立場を良くする為に無理をしていないかと、心配してくれていたように思います。そういった想いを聞けて、感じ入っている者も多くおりました』
エッケルスはそこまで言うと一旦言葉を切り、俺に視線を向けてくる。
『今我らが動いているのは、女王陛下や境界公から受けたご恩を返す為。我らは元を辿れば望んで眷属となった身。ウォルドム殿からのご恩と義理も確かにありますが……あの御仁の遺した気掛かりを、境界公が未来に繋ぐために動いているというのならば、それは過去の恩をお返しする事となり、今受けている恩に報いる事に他なりません。なればこそ、我ら氏族一同、此度の一件に微力ながらも力になりたいと考えております』
過去の恩と今の恩、か。
エッケルス達が海王の眷属となる前は――力の弱い種族であったらしい。凶悪な魔物を討伐するためにウォルドムから力を借り、契約によって望んで眷属となったという。
だから恩というのなら間違いなくあるのだろう。ウォルドムの目的がどこにあったとしても、困っているところを助けられたという事実は変わらないのだし。
今回の事は……過去の想いに整理をつける事にも繋がるだろうし、自分達の現状や魔人達の今後を見据えての事でもある。そういう事ならば俺達としても否やはない。
「ありがとうございます。そういう想いから力を貸してもらえることは、嬉しく思っています」
そう答えると、エッケルスは敬礼して応える。エルドレーネ女王やロヴィーサ、魚人族の武官ウェルテスも、中継映像の向こうで静かに微笑んでいた。通信室のみんなも、良かった、というように微笑み合っている。
「合流した後、改めて挨拶ができたら嬉しく思います」
『イスタニア王国とも良好な縁を築いていけるのならば、喜ばしい事よな』
と、ギデオン王とエルドレーネ女王も笑顔でそんなやり取りを交わしていた。
グランティオスの海の民からすると、シルヴァトリアやイスタニア近辺の海は住処とするには少し寒すぎるとの事だ。そうした事もあって今まではあまり交流を持たずにきたが、それは暮らしている場所、環境が合わないから接点がなかった、と言うだけの話だからな。競合しないというのは逆に相性が良いかも知れない。
さて。グランティオスからの連絡と、イスタニアとの挨拶も滞りなく進んだ。続いて森の隣人と話をして来ようという事になった。
まあ、挨拶が遅れて軽んじられている、というように思われてしまってもなんだしな。早めに動いた方が良いと言うのは間違いないし、到着した時刻が早めだったので訪問するにしてもまだまだ時間的な余裕はあるだろう。
というわけで、ギデオン王と共にウェズリーを含めた数名の護衛を伴い、シリウス号に乗り込む。王城の外に出るという事で、ギデオン王も錫杖を手にしていたりして、しっかりと装備を整えてきているようだな。
「おお。これが飛行船の内部というわけですね」
艦橋に案内されたギデオン王は、内部を見回して明るい笑顔を見せた。落ち着いた王としての顔とは少し違い、年相応の無邪気さも感じられるだろうか。
「座席についているこれをこうして……船が傾いた時に転げないようにするわけじゃな」
と、ルベレンシアのシートベルトの説明に感心したように頷き、早速自分でもシートベルトを装着して頷いているギデオン王である。
そうしてシリウス号の留守番をしていた面々もギデオン王に紹介する。ギデオン王はにやりと笑うアルファや、カーテシーの挨拶をするアピラシアに笑顔になって頷いたりして応じていた。
みんなが座席について、ティアーズ達がお茶を淹れたところで出発だ。道案内はウェズリー達がしてくれるとの事である。
少し高度を上げると、王都からあちこちに街道が続いているのが見える。
「あの方向の街道沿いに進んでいただけますかな。やがて大きな森が見えてくると思います。そこが彼らの住処ですな」
「分かりました」
ウェズリーの言葉に頷いて、シリウス号を動かしていく。
「彼らと話をするにあたって、気を付けた方が良い事等はありますか?」
と、尋ねるとウェズリーが答えてくれる。
「我らとも交流があって異種族との付き合いには慣れておりますからな。他の種族の行動、風習に理解がある方でしょう」
「そうですね。悪意のある対応をしなければ問題はないかと」
ウェズリーの言葉にギデオン王も答えてくれた。
なるほど。では、その辺はあまり神経質になる必要もないようだ。きちんとした対応を心がければ説得が不調でも攻撃してくる等と言うことはなさそうだし、落としどころを探る事もできるだろう。
森の隣人も含め、イスタニア国内の事情について少し聞きながらシリウス号を進めていく。
ウェズリーに関しては、ギデオン王の側近とも親しくしているので学院の教師以前の経歴について気になっていたが、引退した前の騎士団長であったと分かった。現在の騎士団長とは師弟と言う関係性であるらしい。だからイスタニアの上層部には顔が利く、というわけだ。
「ですから、オルトランド伯爵はウェズリー殿の薫陶を受けたイスタニア騎士達と同門という事になりますな。留学時代の事とは言え、光栄な事です」
「こちらこそ、光栄な事です」
エリオットが穏やかな表情で答え、騎士団長と握手を交わしていた。
シルン伯爵家とイスタニア貴族の血縁での繋がりもイスタニア側でも把握しているそうで。家系図における血縁はやや遠くなっているものの、逆に言えばイスタニア貴族のあちこちとも家系図を辿っていくと繋がりができるとの事で……シルン伯爵家とオルトランド伯爵家に対してイスタニア貴族は割と親近感を抱いている、との事である。