番外1164 少年王の決断
魔人達の話が進むとギデオン王達は色々と思案を巡らせたり感じ入ったりしている様子であったが、基本的には好意的な反応だ。同席している騎士団長は一度魔人と相対して交戦した事があるらしいが、それでも――いや、だからこそ俺の見てきた魔人達に実感があるのか、納得したように頷いていた。
「半信半疑ではあったのです。あの恐ろしい存在と、和解や共存ができるのかと」
「僕も――そう思っていました。捕食する側とされる側で、価値観……というよりは世界の見え方が違っているように感じられて……それは実際、正しい側面でもあった」
騎士団長にそう答えて、一度言葉を切って目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、今まで戦ってきた魔人達だ。暴風のようにやってきて、何も残さない。そんな災害のような者達。長く無為に生きる事に飽きて、強者との戦いの中で燃え尽きる事を望むような……そんな生き方をしていた。
「それでも……魔人達の中にもオルディアやオズグリーヴのような生き方を選んだ者もいれば、テスディロスとウィンベルグのように経緯を知った上で協力し、生き方を変えようとしてくれる者もいます。解呪によって今までの関係を――捕食する側とされる側という前提を、変えられるのなら――」
同じ物を見て、同じように感じて笑い合う事だってできる。実際にそうした時間を、テスディロス達と過ごしてきたのだから。
そういった考えを伝えて目を開くと、ギデオン王も応じるように言う。
「心配する向きは確かにありましたが、やはり……自らの目で見ることを選択したのは正解でした。同盟各国という括りを飛び越え、これからの我々の種族として、真剣に考えるべき事柄だと思います」
と、真剣な表情で言う。
「ふむ。境界公がそれだけの信念と覚悟を持って臨むだけに、魔人の事で相談という本題についても、気になってくるところですな」
ウェズリーがそう言うとイスタニアの面々も頷き、視線を向けてくる。
「そうですね。端的に言うならば、西の海での活動許可を頂きたい、というものになります」
そう前置きをしてから、ウォルドムから聞いた話を、古参の魔人からの遺言として伝えていく。
流れとしてはイスタニアから更に西に行った海域に向かい、ウォルドムの施した封印を解放。そこに眠っている者を説得して解呪し、フォレスタニアに連れて帰る、という事になる。
ウォルドムの話では、その場所に関しては海底洞窟が広がっている事が示されているからな。
イスタニアに望む事としては……その行動に絡んでの全般の許可、という事になるが……封印されて眠っている魔人を、イスタニアの近海で敢えて目覚めさせるという事になるから、説得が失敗した時の出方によっては、イスタニアにリスクが及ぶ可能性もあるという事を承知してもらわないといけない。
イスタニアに話を通しに来た理由と共にその事を説明するとギデオン王は納得したというように目を閉じて頷く。
「なるほど……。協力の要請というよりは、事前に危険性を知らせに来てくれた、と言った方が正しいようですね。皆は今の話、どう思いますか?」
目を開いたギデオン王が側近や重鎮達に意見を求める。
「境界公や同盟が、可能な限り誠実であろうという証左なのでしょうな。西の海域といっても秘密裡に行動する事もできたはず。海底となれば尚更、我らの力が易々と及ぶ領域でもありますまい」
「確かに……行動や所在を知ったとしても直接の対応は難しいものがありますな」
「それにその封印の経緯を聞いた限りでは……説得できる公算自体は高いように思われますぞ」
騎士団長と宰相、ウェズリーがそれぞれ意見を述べる。状況やリスク分析といった意見ではあるが、全体の論調としては賛成に傾いている。
ギデオン王はその言葉を受けて思案を巡らせていたが、やがて口を開く。
「封印も……これから先も維持され続ける、と見るのは間違いかも知れませんね。術を施した者はもういないのでしょうし。境界公がいないその時にそういった事態を迎えるよりは……状況の把握ができる今こそが将来の不安を除く、良い機会なのかも知れません」
それは――確かにそうかも知れない。ウォルドムは自分の生死を問わず術式が維持できるようにしたらしいが、それでも海底の封印が将来に渡って維持される保証はない。地殻変動、火山活動等々、封印が何かの拍子に弱まったり解けたりすれば、忘れ去られた頃に問題が起こる、という事も有り得るわけで。
仮に交渉が決裂した場合の事も考えておかなければならないだろう。
「今の内に対処をしていただく、というのは賛成ですな。事態が制御できないよりは良い」
重鎮達はその言葉に頷き合う。
「分かりました。細かい部分についてはもう少し詰めなければなりませんが、境界公の此度の作戦に協力する方向で動いていきたいと思います。差し当たっては他の者達にも話を通し、万一の場合における対処をできるようにする事と……森の隣人達への連絡と情報の共有ですね」
「はっ!」
ギデオン王の言葉に重鎮達は頷いた。
もし説得が失敗した場合、和解と共存を謳っておいてこちらから即武力行使というのは流石に取れない手段ではあるしな。それは和平交渉の場で決裂したからと言って使者を斬るぐらいの暴挙だ。
ただ……その後の対応として封印されていた魔人の人相をイスタニア側に知らせたりとか、魔人に対抗するための技術協力をしたりといった事はできるし、そうすべきだろう。
イスタニアの脅威にならないよう、説得の場でもそれは封印されている者達に伝える必要があるだろうな。
俺達の手を取らないという選択をされた場合でも……オズグリーヴは元々自分達が住んでいた隠れ里を仮の住まいとして提供するという手もある、と考えているようだ。それは……今回の話を軟着陸させるための提案でもあるから、必ずしもそうできる、というわけではないのだが……条件を変えて受け入れてもらえるラインを模索する為にも、別案の用意ぐらいはあった方が良い。
そうした説得が失敗した時の対応についても考えている事を伝える。
「そこまで考えていただいているというのは、心強いですね。魔人達との共存と和解と同様に、イスタニアの平穏にも考えを巡らせてくれているというのは嬉しく思っていますよ」
ギデオン王は穏やかに笑って応じる。何というか穏やかな対応が板についていて、思慮深い性格だと評されるのがよく分かるというか。盛り立てようとしているウェズリー達の気持ちもよく分かるな。
「こちらこそ、陛下の柔軟で寛大な対応には感謝しています」
と、一礼してから、改めてこれからについての話をしていく。
「森の隣人についてですが……、ウェズリー卿から少しお話を伺っています。説得に際しては僕達から話を通す必要があるという認識でいます」
「そうですね。ですが、協力するという立場を表明した以上は、私もその場に同席し、説得に加わる必要があるでしょう」
ギデオン王が顎に手をやって思案しながら言う。そう、か。ギデオン王も選択した以上は俺達に協力するから当事者という事になるのか。協力したいというその旨を森の隣人達に説明し、説得する必要がある、と。
その辺の認識は重鎮達も同じなのか、誰をギデオン王の護衛として同行させるか等、具体的な話を打ち合わせていた。
と……そこに通信機から連絡が入る。エルドレーネ女王からだ。
ウォルドムに絡んだ話という事で、エッケルスやギムノスを始めとした元海王の眷属達も協力したいと打診してきたのだ。
差し当たってはエルドレーネ女王がグランティオス内の調整を行うと共に、海の都の海溝で……自分達が封印されていた場所の捜索をして、何かないか調べるとの事で。
イスタニアの西の海域に向かう前に合流できるようにしたい、とは言っていたから、それに絡んだ連絡だろう。