番外1162 王都ウルガレク
「王都に到着したら、一先ず我らは待機していた方が良いかも知れませんな」
「外壁の外でシリウス号と共に留守番といったところか」
オズグリーヴが言うと、テスディロスも同意する。エベルバート王に確認を取ってみると、書状で魔人との和解の事も触れていて、魔人との和解絡みであれば同行者もそうした人物になるだろうと認めている事が確認できている。その上で案内役を派遣してきてくれたわけだから、国王としては理解した上で歓迎してくれている、のだとは思う。
「陛下を盛り立てているというお話でしたし、側近の方々が心配するという事があるかも知れませんからね」
「そうですな。状況の確認がてら、こちらも気を遣っている事を伝えて安心して頂くというのは重要でしょうから」
「つまり、配慮を示しておく、と」
オルディアとウィンベルグの言葉にそう言うと、テスディロスとオズグリーヴも首肯する。
なるほどな。こうやって案内役を派遣してきた以上、国王の意向はテスディロス達を連れていく事を良しとしていても、周囲には蟠りがあるかも知れないし、ワンクッション置く、という事か。
「では……到着し次第、私達が先んじて状況を確認しに王城へ向かいましょう」
と、ウェズリーが申し出てくれる。それはありがたい話だな。
「ありがとうございます。助かります」
お礼を言うと、ウェズリー達は穏やかな笑みを見せた。
さて。一先ずは王都に到着してからすべきことは確認しただろうか。
ウェズリーは状況を見て一つ頷くと、エリオットに視線を向けてから口を開く。
「しかし……何と申しましょうか。オルトランド伯爵は本当にご立派になられた。魔法の才にも武術の才にも優れ、努力も惜しまない。あの頃から頭角を現しておりましたからな」
「先生のご指導があってこそです。私が九死に一生を得る事ができたのも、捕虜となったあの当時の私に、自陣に引き込むだけの価値があると思わせる事ができたからですので」
エリオットが言う。ザディアス率いる黒騎士達にエリオットの乗る船が襲われて捕まった時の話だな。
エリオットは黒騎士達に奮戦してそれをザディアスが殺すには惜しいという理由から見逃した形だ。洗脳の実験を兼ねてのものではあるが、いずれにしてもエリオットは生き伸び、明日を繋ぐ事ができた。
当時のエリオットの実力を認めてのものであるから、ウェズリーの指導とエリオットの努力が実を結んだ結果だと言えるだろう。
艦橋のそんなやり取りに通信室のアシュレイやカミラが目を閉じる。
「素晴らしい事ではありますが、私としてはお話を聞いているだけでも犯人に憤りを感じてしまいますな」
案内役の1人が眉根を寄せるが、エリオットは静かに笑って答える。
「確かに。しかし運命は数奇なもので、シルヴァトリア王国でも信頼のできる仲間に恵まれ、その後にはテオドール公に出会い討魔騎士団として過ごす中で、様々な知己を得ることができました。今では絆と共に誇りを感じているのです」
そう言って、傷跡に手をやるエリオット。その言葉にウェズリー達は感じ入っている様子であった。しばらくエリオットの言葉の余韻に浸るような静寂があったが、やがてアシュレイが口を開く。
『私としては……イスタニア王国で修業を積んでいた頃のお話に興味が湧いてきますね』
『ああ。それは確かに』
カミラが応じるように笑顔を見せると、ウェズリーも穏やかな笑みで頷いた。
「では、王都に到着するまで――少々昔話に花を咲かせるとしましょうか」
そう言ってウェズリーはエリオットが留学していた頃の話を披露してくれた。
「オルトランド伯爵は、水魔法の才覚があるので私が指導を受け持つ事になったのです。そうしている内に治癒魔法の適性まである事が分かり……これも驚かされたものですな」
しかも治癒魔法が高水準で扱えるのに肉体的には健康という事で、ウェズリーとしては魔法騎士として大成すると直感したらしい。
性格面でも当時から真面目で思慮深かったという事で、ますます理想的だとウェズリーは高い期待を寄せていたそうだ。
俺からすると……エリオットは当時からエリオットらしいという印象があるな。そして、ウェズリーもまた水魔法を扱う事のできる魔法剣士、というわけだ。
その他にも、エリオットの故郷――当時のシルン男爵領の話。アシュレイやカミラの話もしていたそうで。そうした話題にウェズリーが触れると、流石に気恥ずかしそうに咳払いをしていた。
モニターの向こうでアシュレイとカミラも微笑み、そうして穏やかな雰囲気のままで思い出話に花を咲かせて、シリウス号はイスタニア王国の王都へと飛んでいくのであった。
街道沿いに進み――やがて銀世界の向こうに大きな街が見えてくる。エリオットの見せてくれた幻影そのままの、温かな雰囲気のある街並みがそこに広がっていた。
「あれがイスタニアの王都、ウルガレクです」
ウェズリーがその街を示して教えてくれる。ウルガレクか。
積み重ねるように組み上げられたスレートの壁。茅葺屋根の家々は比較的古い区画に多く、赤っぽいレンガ屋根の家は新しく建築された部類ではあるそうな。
王城は街の中心にある小高い山の上に作られている。石造りの伝統的な建築様式といった城は、歴史を感じさせる風合いがあって立派なものだ。
高所に建っているので城下町のどこからでも見える、というのも良いな。
シリウス号を外壁まで進めていく。普通なら竜籠と同様の手順で街中に入るのだが、先程やり取りした事を踏まえ、外壁前で停泊させて甲板に出て挨拶をしてから、ウェズリー達に確認に行ってもらう、という事になった。
「では、少々行って参ります」
と、ウェズリー達は正門から話を付けて王城へと向かっていった。どうなるものかと待っていると、ややあってウェズリー達が戻ってくる。
「お手数おかけしました。どうだったでしょうか?」
そう尋ねると、ウェズリーは真剣な表情で言う。
「昨今の魔人達との和解についても聞き及んでいるとの事です。陛下のお考えとしては、魔人達に絡んだ事であるからこそ、自分の目で同行している御仁についても確かめたい、と仰っておりました」
「なるほど。であるならば、私達も姿を見せねばなりませんな」
ウェズリーの言葉に、オズグリーヴは納得したというように目を閉じて頷く。
「それと、私の所見ではありますが側近の方々もそこまで神経質にはなっておりませんでした。テスディロス殿に言伝を預かっております」
「俺か?」
と、テスディロスが不思議そうに顎に手をやる。
「フォレスタニアに親族が観光に行った際、子供がはぐれて迷子になっていたところを助けて頂いたそうで。あの時はお世話になりましたと伝えてほしいと。王城で会えるのを楽しみにしている、との事です」
「ああ。そんな事もあったな」
テスディロスは納得したのか頷いて応じるが。なるほど。イスタニア貴族の血縁者と接点があったわけだ。
「子供を迎えに詰め所に向かった際、テスディロス殿が愉快な表情を作って子供をあやしているのを見て、微笑ましく思ったそうです。後で魔人だと聞いて驚いたものの、境界公や同盟の方針と聞いて納得をしたと」
「あの時は……そうだな。不安そうだったから、昔見た傭兵の真似をしてあやしてみた」
と、割と真面目な表情でそんな風に答えるテスディロスである。要するに、変顔で子供を笑わせたりしていたらしい。こういう時に拘りのない実直さはテスディロスの良いところだな。
だがまあ……そうだな。そうした過去の行動の積み重ねが信用に繋がっていくという事で……俺としても嬉しい話ではあるな。