番外1157 ネシュフェルからの帰還
オーラン王子は数部隊と士官2名を残し、滝の近く――増水の危険がない場所に野営地を移して撤退に向けて動いていく。
その光景を見せてもらいながら、俺達も一旦帰る準備に入った。元の野営地、偽隠れ家と本物の隠れ家と、あちこちにハイダーを仕掛けているが、野営地に配置したハイダーには本陣を引き払ったら戻ってきてもらって良いだろう。
『ん。王子がいい人で良かった』
と、オーラン王子の命令を受けて野営地全体が慌ただしい動きになるのを眺めながらシーラがうんうんと頷く。マルレーンも水晶板の中継映像ににこにことしていた。
『上手くいって何よりだ』
冥府のヴァルロスとベリスティオも、部隊の様子を中継で見守っている様子であった。ガルディニス当人はと言えば「伝言の通りだ。言葉を残した以上、その後の事は知らぬな」と言って、結果は見なくてもいいとヴァルロス達に言ったそうだ。まあ、それもガルディニスらしいとは思う。
『オーラン殿下の反応からすると、近い内にネシュフェルからバハルザードに使者が送られてきそうな気がしますね』
仕事の合間を縫って状況を見に来たエルハーム姫も、工房からそんな風に言う。
「ファリード陛下は伝言の内容を知っていますが……だからこそ、その辺の伝達が来たら厚意によるものだと伝わるところがありますね」
魔力溜まりもあって交流そのものが難しいから互いに情報が足りなかったところはあるが……バハルザードの先王に絡んでネシュフェル側も距離を置いていた、というのは有るかも知れないな。
いずれにせよ大規模な部隊を派遣する事自体が難しいから、救援や支援は勿論、混乱に乗じた侵略も難しいという事情はあるが。
ともあれ、ファリード王にも今回の経緯については連絡を通しておこう。ネシュフェル側としてもガルディニスの伝言で、ファリード王は信用できそうな人物という情報を得たし、今後は飛行船も一般化していけば空路での交流も増えるだろうからな。
まあ、ガルディニスの遺品回収という仕事もまだ残っているので、今後の経過も含めてネシュフェルには注目していきたいところだ。
そうして、野営地の滝付近への移動や、オーラン王子を含めた部隊主力が帰還に移ったのを見届け、一部のハイダーを回収してから俺達も帰還する事となった。
ネシュフェルの部隊は練度も高いのか、撤退も結構迅速だった。紋様魔法の発達具合も含めて色々とネシュフェルの文化や暮らしは興味深いものだったな。
「ルーンガルドも地域によって色々なのだな。我としては色々見られて楽しかった」
と、ルベレンシアもそんな風に言って、テスディロス達も頷く。
「魔人特性を封印していると色々物珍しく感じてしまうな」
「確かにテオドール殿と共に出かけるのは楽しいものです」
「今回は戦いもありませんでしたからね」
ウィンベルグやオルディアもそんな風に言って、そのやりとりにオズグリーヴは目を閉じて静かに笑っていた。
ともあれ、ネシュフェルには近い内にまた訪問する事になるだろう。遺品回収を目的としての訪問になるとは思うが……隠れ家の封印やガルディニスの遺品の性質上とは言え、落ち度のない相手を騙す形になってしまってネシュフェル王国――特にオーラン王子には借りを作ってしまったからな。折に触れて困った事があれば、今度は正面から交流したり協力したりしたいところだ。
『ネシュフェルでの作戦は、首尾よくいったようで何よりです』
タームウィルズに戻る道中で、エリオットからも連絡が入る。
「そうですね。まだ途中の段階ではありますが第一段階としては、という感じでしょうか」
苦笑してそう答えるとエリオットは静かに頷いていた。工房とも中継は繋がっているので、アルバートやシャルロッテ、フォルセトも交えつつ、魔道具や祭具の仕上がり具合も聞いたりして今後の予定について話をしていく。
『魔道具については……まあ、碑を揃えるにはもう少しかかるかな』
『やはりというか、当初の予定通りイスタニア王国の訪問が先になりそうですね』
アルバートが思案しながら言うと、エリオットが応じる。
正確には、イスタニア王国近隣の海だな。こちらについてはウォルドムとの約束がある。内容的にも緊急性を有していたガルディニスの遺品の次に向かうべき場所だろう。こちらは差し迫った危険というわけではないのだが、対応の優先度は高いと思う。
いずれにしても魔人達の会合場所に設置するモニュメントの数を揃えたり、ベリスティオの剣を修復したりといった諸々の準備がまだ整っていないから、順番的にもイスタニア訪問が次の予定となってくるだろう。
ネシュフェルでの作戦行動も、ある程度のトラブルを予想した上で余裕を持って計画を立てているからな。想定以上に長引く事は無かったし、フォレスタニアに帰って少しのんびりしてからイスタニアに向かう事ができそうだ。
タームウィルズへの帰路も行きの時と同様、十分に高度を取って速度を上げて進んでいく。直線航路で進んでいるので、到着まで迷彩フィールドは展開したままだ。
星球儀のようなものでもないとどこに向かっていた、等というのは分からないかも知れないが、この時期俺達がネシュフェルに行っていたという情報はあまり残さない方が良いからな。
そうして、遠くにセオレムの尖塔が見えてくる。一旦海側に移動し、戻ってくる方向を偽装しながら迷彩フィールドを解き、雲の間から出て来るようにして、速度と高度を落としながら造船所に進む。
「到着したらフォレスタニアに戻るなり、街を見に行くなり、自由にしてもらっても構わないよ。またすぐにイスタニア訪問が控えているから、シリウス号に積んだものの片付けは必要ないし、俺は王城への報告があるからね」
ネシュフェルの様子を中継している水晶板については、報告がてら王城に一度持っていってメルヴィン王やジョサイア王子にも見てもらうからな。
「分かりました」
俺の言葉にオズグリーヴがそう言って、通信室にいるみんなも頷くのであった。
そうして船を造船所に停泊させ、ティアーズに水晶板を持ってもらって王城へと向かった。道中で王城にも連絡を入れていたので、迎賓館に通されて少し待っていると、程無くしてメルヴィン王とジョサイア王子も姿を見せたのであった。
「無事に戻ったようで何よりだ」
「はい。お陰様で無事に戻って来れました。ガルディニスの遺品に監視の目を置くという一先ずの目的も、果たす事ができたと思います」
と、再会を喜びあって挨拶を交わしてから、報告も兼ねて現地の状況を見てもらう。
「こっちの水晶板がガルディニスの隠れ家を映したもので、こっちが――今現在ネシュフェル王国の将兵達が野営をしている場所ですね。滝付近に見張りを立て、周辺を巡回する事にしたようです」
同時に地図を広げて、新野営地と隠れ家の位置を示し、大凡の距離と現地の環境、人払いの術式等の対策について説明すると、メルヴィン王とジョサイア王子は納得したと言うように頷く。
「それだけ離れているなら、間違って向かうという事もなさそうだね」
「そうですね。山体を一つ二つ越えて、標高の高い場所に向かわなければなりませんし、野営地で見た将兵達の装備では現場となる標高での活動は難しいと思います」
ジョサイア王子の言葉に頷く。
練度が高く統制も取れていたから、無理矢理向かうという事もあるまい。そもそも今となっては山奥に足を運ぶ理由がないしな。
「ネシュフェル王国の国王と王子について情報を得る事ができたのも喜ばしいな。今後、機会あらばヴェルドガルとしても交流を持ちたいところだ」
と、メルヴィン王も笑みを見せた。オーラン王子については尊敬できそうな人物だ。今後、ネシュフェルとの交流も増えるかも知れないが、その時に信用できそうな相手が最初から分かっているというのは良い事だろう。