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番外1156 黒骸からの伝言

 オーラン王子も一通り内部を見て回り、そうして最後に見つけていた魔導書に向き直る。


『これは――中身を見るのに少しばかり人払いの必要があるな。他人任せにもできない。もしもの時は……頼んだぞ』


 オーラン王子の言葉に、副官らしき人物が少し険しい表情を浮かべ、葛藤しながらも頷く。内容次第によっては世間に広められないというのも十分に予想がつくしな。


 テーブルの上に紋様魔法の描かれた布を広げ、そこに魔導書を置く。

 やはり魔除けというか、魔力の動きを阻害するためのもののようで、デュオベリス教団関係という事で最大限警戒しているのが窺える。


 末端の兵士達は外で待つように指示をされ、そうしてオーラン王子がまず魔導書の中身を見ていく、という事になった。

 オーラン王子も深呼吸をしてから魔導書を開いて、中身に目を通していく。


『古代語ではない、な。北方の文字か。これなら問題なく読む事ができそうだが――』


 オーラン王子はそう言いながら魔導書に目を通していたが前文を読み進める内に目が大きく見開かれたりと、少し驚いている様子なのが窺えた。


 やがて前文部分を読み終わり、更に記載されている幾つかの術式に目を通した後で、オーラン王子は顔に手を当てて嘆息する。


『殿下、如何なさいましたか……!?』


 と、その様子に心配そうな声を漏らす将官達に掌を向けて心配ない、というような仕草を見せる。


『問題はない。少し……いや、かなり考えさせられてしまった。他言は無用だが、ここにいる者達であれば、前文については内容を聞かせても構うまい』


 そう言ってオーラン王子は魔導書の前文――ガルディニスからの伝言を、静かに読み上げていく。副官達はネシュフェルにおいてはかなり立場のある者達なのだろう。緊張した面持ちで、オーラン王子の言葉に耳を傾けている様子だ。


『この前文を儂以外に目にする者がいるとするならば、それは恐らく我が生前の足取りを追ってきたデュオベリスの信徒達か――或いはそれを見咎めた為政者達……儂を滅ぼした何者か、というのも考えられる。いずれにせよ、余人がこの魔導書を手に取る時、儂はこの世にはいまい』


 そこまでを耳にしたところで、副官達の表情も変わる。デュオベリス教団の教祖。その本人が、魔導書を読む者に宛てた伝言だと気付いたからだ。

 オーラン王子は一旦顔を上げ、そんな彼らの反応に真剣な表情で頷くと、前文を読み進めていく。


『生を受け、世に出でて魔道を歩み幾星霜――。移り変わる人の世にて滅びと再生を目にしてきた。故に……その狭間に零れ落ちた者達に着目したわけだ。世に怒りを抱き、力を求める者達。彼の者を掬い上げ、その求めに応えれば命すら厭う事はない。教えを与え、手足とし……教団として成熟させていく事に、然程の時間は必要としなかった』


 ガルディニスからの伝言は続く。


 ――だからこそ、言葉を残そう。

 近年、バハルザードの混乱をファリード王が収め、先王を断罪した。教団に属する者達の生きる狭間はますます閉じていくであろう。

 平穏が訪れたのならば、それが続くのならば、それを乱す事に大義を見出すのは難しい。

 儂は信徒達が民草や臣民に戻る事を咎めはすまい。剣を置き……怒りを忘れ、日常に戻る事を赦そう。


 この言葉が偽りではないという事の証に、この書には儂からの餞別として、太平の世のための知と術を収めている。


 だが、心せよ。そして努々忘れるなかれ。我が下で学んだ知と力……世に撒かれた種は失われる事はない。


 既に牙を有する者達であるのなら後の世に暗君が現れ、世が再び乱れるならば、剣を手に立ち上がる事もできよう。


 儂は身に着けた力を己が目的のために使ってきた。その因果故に滅ぶこともあろう。それでも尚、各々が自らの信じるもののために力を使えと儂は説こう。

 誰が何を求めるかは儂の与り知るところではない。平穏か正義か欲望か。求める物はそれぞれであろうが、得るために力が必要というのは何時の世も変わらぬ摂理であろう。


『――己が立場や現状に甘えず、研鑽を続けるが良い。撒かれた種がどこでどのように芽吹くかを見届けるのもまた一興というものであろう』


 オーラン王子が前文を読み終える。副官達も途中から静かに聞き入っていたようだ。


『その先に書かれている内容にも少し目を通してみたが……確かに有意義な内容だった。安全性や真偽については検証する必要がある、とは思うが』


 そうだな。ガルディニスと俺の知識にある術や知識の中から、利用価値が高く且つ悪用の難しいものを魔導書として収録している。

 衛生学の知識もそうだな。まあ、成立の経緯からもガルディニスとの共著、かも知れない。


 ともあれ、ガルディニスはネシュフェルに伝わる事を想定して伝言を残しているが、デュオベリスの信徒が読んでも意味が通るし……俺に対する言葉にもなっている。「儂を滅ぼした何者か」と、さりげなく俺について言及していたりするのはそういう意味を込めているのだろう。


『読む者によって前文――伝言の意味合いが変わりそうな気がするわ』

「そうだね。為政者か信徒かで違ってくる、と思う」


 クラウディアの言葉に頷く。

 例えばそれがファリード王やオーラン王子といった立場であった場合、意味は「戒め」となるだろうか。

 仮に教団の信徒が読めば……その場合は戦いからの解放、教祖からの赦しであり、次に戦いを選ばざるを得なくなった場合には立ち向かう事ができるはずだという、激励でもあるかも知れない。


 ガルディニスにとって……信徒は自分の手足のようなものだったが、それでも自分が敗れた後に共に滅べとは思っていない。

 身に着けた力で思うように生きれば良いというのは、ガルディニス自身の生き方にも通じるもので、それがあいつにとっての「正義」でもあるのだろう。


 俺に対しては――まあ、油断して他の相手に負けてくれるなよ、という意味合いが強いように思うが。


 それに、人の世の移り変わり、か。亡くなった教祖こそが教団の開祖である事も示唆していてガルディニスが長命で、自身が魔人である事も暗に伝えているな。ファリード王の下で平和が戻ってきた事も言及されていて、近年記されたものだと言うのも分かる。

 真実が伝われば記述の意味が通る、という類の文言だ。


 水晶板で見ていると、やがてオーラン王子は頷く。


『私の考えを述べよう。これは王都に持ち帰り、後世に伝えるべき価値のあるものだと思う。我らが政を続ける上で、心に留め、民を安んずることの重要さを考えさせられる。世間に流布するには毒ともなるが、留めるならば薬、とでも言えば良いのか』

『それは……確かに』


 オーラン王子の言葉に、居並ぶ面々が真剣な表情で応じた。


『同時に……教団との戦いの主戦場であったのはバハルザードだ。ファリード陛下にも知らせる必要のあるものかも知れないな。この辺りは更に内容を精査し、父上と相談して事を進めていくとして――』


 そう言ってオーラン王子は魔導書を閉じると、一拍置いて大きく頷き、それから顔を上げる。


『これからの方針を伝えよう。我らにはこの場所から見つかった魔導書を筆頭に、資材、器具、魔道具類を王都へと迅速に持ち帰る義務がある。この場所に見張りを残しつつ、撤退の準備を進めていかなければなるまい』

『はっ!』


 オーラン王子の言葉に、副官達が居住まいを正して答える。諸々……こちらとしても望ましい方向で動いてくれているようだ。

 それに、あの前文が価値あるものとはっきり言えるオーラン王子に関しては、やはり信頼できる人物なのだと思う。

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