番外1154 偽の隠れ家を
シリウス号の守りと見張りについてはバロールとアピラシアの働き蜂達が担当してくれる。バロールがライフディテクションも展開しているので、ある程度の距離まで探索班が近付いてきた場合は、働き蜂達が教えてくれるはずだ。
周辺地形を確認。なるべく元の形を活かし、後の影響が少ないように偽隠れ家を構築していく。
まずは……そうだな。滝壺の周りから滝の裏まで続く道を整備する事からだ。
「起きろ」
マジックサークルを展開。少し岩陰になっている部分からゴーレム達が起き出して、崖の根本の岩肌を少し削るようにして空間と建材の確保を同時に行う。滝裏への道……というか足場を形成していく。
同時に構造強化を施し、削った部分が崩れないように補強。形成した足場も、滝が近いので滑り止めの溝を入れ……その溝に北方の方式の紋様魔法を用いて、ぬめりが付着しないよう状態維持の加工を施したり、水はけを良くするための溝を形成して、そこに木魔法を用いて水苔を周辺環境から移植したりする。
経年劣化が起こっている部分とそうでない部分の説明付けのための物ではあるが……魔法技術を前面に出しても教団教祖という事で通ってしまうからな。実際ガルディニスならこれぐらいはやるだろう、というところだ。
滝まで近付けば裏に形成された足場は気付きやすいが、離れて見た場合は分かりにくい。ただ、足場がそのまま剥き出しでは隠れ家と言い張るのは難しいので、ここで少し工夫を凝らす。
滝壺周辺の一部を落石があったように崩して、そこに敢えて機能しなくなった魔道具風の装置が露出しているように見せかけておく。これも……迷宮核で形成したものだ。
魔石の傷を埋め、魔力を補給してやれば滝壺回りの道に幻術を被せられる、というのが分かるはずだ。省エネ設計で魔力をフル充填してあれば1年以上は機能するが……まあ、それも修理すればの話だな。調査すれば幻影の魔道具というのは分かるが、修復しても術式が半端に欠けているので、この滝壷周りに幻影を被せる以外の用途では使えない。
仮に以前この滝を訪問した者がいて「こんなものはなかった」という証言をしても説明がつくようにするためのものだな。
「偽装の偽装、というわけですな」
「面白いのう」
と、ウィンベルグがそれを見て感心したように言うと、ルベレンシアも楽しそうに頷いていた。足跡等を残さないように空中に浮いたりして行動してくれているテスディロス達である。
ティアーズ達の運んでいる水晶板でも通信室のみんなが楽しそうにしているな。まあ、これも魔法建築という事には変わりないか。
さてさて。入口付近の整備もできたし、諸々の偽装もできた。ここから隠れ家の本体部分を造っていこう。
滝の裏部分に手を付き、十分に崖に魔力を浸透させてからゴーレムにしていく。入口部分。通路。内部空間と、くり抜いて空洞を作っていくわけだ。入口に近い部分からゴーレムに外に出て貰い、崖の中を抜き出し、構造強化して固めたり、ゴーレムを複数体、柱に変えたりしながら更に内側の空間を作っていく。
建築様式も見える部分に使われている術式も、ネシュフェルの物ではないしな。ガルディニスの習得している魔法体系は月の民の系譜であるから、同系列の流れを汲むシルヴァトリアとも共通している部分が多い。
ネシュフェルとは地理的な問題で国交が薄く情報交換もあまりなかったが……今後同盟各国と接触する事があれば、ガルディニスとデュオベリス教団の関係であるとか魔人に絡んだ裏の事情も伝わる……かも知れないからな。フェイクであるからこそ整合性は取っておいた方が良い。
外に運び出されたゴーレム達はブロック状の石材に変換。アピラシアの働き蜂達がシリウス号の甲板に積んでいってくれる。
内部空間も十分に確保できたので、そこから更に居室と広間等を構築していく。迷宮核で合成した使い込まれた風合いの実験器具。錬金術用の大釜。希少金属や魔石等々……。ガルディニスの隠れ家と実験室に相応しい品々をシリウス号から働き蜂に運んで貰ったり、魔法の鞄から取り出したりして構築していく。
資材はそのままネシュフェルに接収してもらって役立てて貰えばいい。あまり貴重なものは残っていないという体で進めるつもりだが、今回の肝はガルディニスが記した魔導書――の偽物だ。
この書物に、本人からの伝言を前文として記したりしていくわけだ。念のため本人の筆跡を独房の中で見せてもらい、それをフォントとして使うような形で魔導書を迷宮核で合成している。偽物ではあるが本人の意向が混ざっているというのも間違いない。
実験室の机の上に、古びた風合いの本を一冊だけ置いておく。
ガルディニスの現世への伝言に合わせた内容で……まあ、魔導書ではあるが危険な内容ではない、はずだ。悪用されるような術式を記してしまっては本末転倒だしな。
「一先ず……中身はこれで良いかな。後は偽装扉を作っていく、と」
自然石に見せかけた扉だが……よくよく観察すれば魔石が嵌っているのが分かるはずだ。魔石に触れて軽く魔力を流してやれば、岩がスライドして扉が開く。
入口は滝裏の真ん中に配置してある。怪しいと感じれば徹底して調べるだろうから、これも見つけられるだろうと見積もっている。
「こんなところかな? どこか不自然に感じるような部分はあるかな?」
「魔人の作った隠れ家と考えれば納得できる作りですな。教祖を人間として見ていた場合は……隠れ家にしては必要な設備が足りないと感じる可能性もありますが」
意見を求めるとオズグリーヴが答えてくれる。そうだな。その辺は、ここを調べた者達がガルディニスについて正しい情報を得れば得る程信憑性が増すというわけだ。
後は――調べられにくいところにハイダーを配置し、捜索班がこの場所を見つけるのを待つだけだ。
「よし。それじゃあ、一先ずこのぐらいで一旦撤収しよう」
そう言うと、隠れ家内を見ていた面々も頷く。俺達がいた痕跡が残っていないか、地面に落ちた水滴に至るまで確認し、人払いのために用いていた護符を取り除いてからシリウス号に乗り込んでその場から離れる。
移動先は――本物の隠れ家の近くだな。これで恐らく探索は切り上げられる……とは思うが、山が既に注目を集めてしまっているというのなら、念のために更なる処置をしておいた方が安心だ。
入口に注意がいかないように隠蔽術を施したり、メダルゴーレムを埋め込んで事態に対応できるようにしておかなければなるまい。
そうして諸々の防衛策を本物の隠れ家に施したところで待機する事となった。
オーラン王子の派遣している探索班の進行度合いから見るに、明日にはあの滝に到着するだろうからな。
ガルディニスからの伝言を読んでの反応と、それからの方針については俺としても確認しておきたい。
『偽の隠れ家で、部隊の撤収が決まると良いわね』
「そうだね。ガルディニスからの伝言を読めば……あれはあれで本物だと確信してくれる、とは思うし」
ステファニアの言葉に頷く。
偽の魔導書ではあるが、ガルディニス本人が関わっているからな。ある意味で本物とも言える。
ともあれ、捜索班の到達とその後の反応を見届けてから撤収する事になるだろう。本物の隠れ家については封印の解放時期がもう少し先になるから、流石にその時まで張り付いているわけにはいかないというか。
とりあえず、今日のところはみんなで料理をしたりして、監視をしながらものんびりと過ごさせてもらうとしよう。