番外1153 現世への伝言
露店での彫像販売は中々に好評で、暫く世間話をしながら情報の裏付けをしていたが、夕方ぐらいには完売してしまった。
門番達には値段が安いと言われたが、その見立ては正しかった、という事になるのか。とはいえ、俺としては儲けるのが目的ではないし、きちんと情報の裏付けはさせてもらっているのでこれで良いだろう。
そんなわけで、露店が好評だったお陰で色々と得るものはあった。
ネシュフェルの王族についてももう少し詳しい事が分かって……まあ、セルケフト王とオーラン王子は人望があるというのも間違いないらしい。ただセルケフト王ではなく、その弟がやや性格に難のある人物との事で。
王命が果たせなかった場合は王よりも、そちらの方面からオーラン王子が突き上げを食らう可能性があるのではないかと、住民達はそんな風に心配している者もいた。まあ、流石にそのへんは言葉を濁していたけれど。
『野営地の会議でも王命が果たせない事を心配している声がありましたな』
『確かに。セルケフト陛下が名君であれば、そう言った心配もいらないのではないかと思いましたが……そういう事情がある、と』
ウィンベルグの言葉にエレナが納得した、というように目を閉じて頷いていた。
「オーラン殿下は王族の自分が指揮しているなら部下達は大丈夫、って思ってるみたいだけどね。将兵達の立場を悪くしないための行動のようだし」
と、そんな話をしているのは住民達が勧めてくれた宿屋の一室だ。宿泊費がそこそこ安く、飯も美味しい。何より宿を経営している亭主も信用が置ける人物との事で。
そんなわけで宿屋に行ってみたところ、確かに温かく歓迎された上に、夕飯を大分おまけしてもらってしまった。
亭主は強面で寡黙だが気の良い人物のようで……宿の常連達によれば、行商している俺の年齢が年齢なので、亭主も応援してくれているのだろうとの事である。
どうやら亭主は俺の露店販売を常連達から伝え聞いたようだ。飯を食いに来た常連の1人が笑いながら俺が売ったワニの彫像を見せ、亭主も頷いていたりした。
まあ、そうだな。そういった厚意は有難い話なので、俺もオーラン王子をサポートする方向で動くことで返したいと思う。
そうやって宿の部屋で一段落したところで防音の魔法を使い、ローズマリーから借りてきた魔法の鞄の中から水晶板を取り出して中継しながらの会議だ。
「――というわけで、現世の状況や、それに対して立てた作戦としてはこんなところかな」
『くっく。奇策を考え付くものよ』
俺からの状況説明とこれからの方針を聞いて笑っているのはガルディニスだ。
看守冥精立ち会いの下で独房に冥府シーカーを持ち込んで中継して貰っている。
『しかし、わざわざそれを儂に聞かせるという事は、案を出せ、という事なのかな?』
ガルディニスが俺を見ながら尋ねてくる。
「いや。案というよりは……伝言があるなら意向を反映する余地がある、が正確なところかな」
『……なるほどな。信徒どもが自らの行動で発覚を招いてしまったか。ふむ……』
ガルディニスは少しの間思案していたようだが、やがて顔を上げて言う。
『よかろう。確かに儂が撒いた種でもある。後始末を依頼した以上は、その点について言及するのも道理よ』
「それじゃあ、暫く打ち合わせといこうか」
そう言うとガルディニスは顎に手をやりながら大きく頷くのであった。
そうして明くる日。宿屋で朝食を取った後で早めに街を出る。
その折に昨日の門番達とも顔を合わせたが、露店が好調だったので帰ってみんなに報告したいと伝えると、笑顔で喜んでくれた。
「そいつは良かった。みんなってのは坊主の家族か。そいつらにもよろしくな」
「ん。ありがとう」
門番達の言葉に頷き、そんなやり取りを交わしてから手を振り合って街を後にする。
後は適当に……見通しの悪いところ、人目のないところで離脱してシリウス号に戻れば良いだろう。その後はフォレスタニアに飛んで、迷宮核で準備を整えてから再びジャレフ山に戻って作戦の続きとなる。
十分に街から離れ……灌木やら茂みやらで視界が通らない場所、且つ、街道の分岐点付近を見計らって迷彩フィールドを展開する。朝早くに出発した甲斐もあって、同じ方向に街道を進む者も少ない。これなら問題ないだろう。
「今から戻るよ。バロールに操船を代わってもらえるかな」
と、伝えるとアルファがこくんと頷いて、バロールが操船の水晶球に触れる。
迷彩フィールドに包まれたシリウス号が俺のいる場所までやってきたのを見計らって地上から飛び立ち、直上に浮かぶシリウス号へと戻った。
「おお、お帰りなさいませ」
「おはよう」
「ん、ただいま。それからおはよう」
俺を迎えてくれるシリウス号のみんなと挨拶をかわす。
「昨日の打ち合わせ通り……バロールと船への魔力補給を終えたら、タームウィルズに行ってくるよ。その間……そうだな。シリウス号はジャレフ山で待機していてもらえるかな?」
「テオドールが戻って来た時にすぐに行動に移れるように、というわけじゃな」
というルベレンシアの言葉を首肯する。では……一つずつ確実に進めていくとしよう。
迷宮核での準備は然程時間もかからなかった。
ガルディニスとの打ち合わせで決まった事を、迷宮核で生成するものに反映させる。この内容についてはデュオベリス教団との問題が国内に残るファリード王も賛同してくれた。
『現世への伝言であり、信徒達を率いていた者の言葉、か。ならば、そこにも真実はあるのだろう。恐らく世に広く知らされる事はないとは思うが、我らにとっての戒めになる』
というのがファリード王の感想だ。そうだな。ガルディニスも教徒達への伝言の体ではあったが、南方の為政者に対しても言葉を向けたところはあるのだろう。
迷宮核で諸々の準備を整えたところで、生成したそれらを持ってガルディニスの隠れ家のある場所に待機しているハイダー目掛けて転移。シリウス号に迎えに来て貰う。
「ああ、お帰りなさい」
「ただいま。色々と準備してきた」
笑顔で迎えてくれるオルディアにそう言って艦橋のテーブルの上に、迷宮核で生成した品々を並べていく。
「なるほど。これは確かに、らしいですな」
「背景を知っていると少し偏りはあるかなって思うけどね」
笑うオズグリーヴに答えてから、こちらも尋ねる。
「野営地側の状況は?」
「大きな変化はありませんな。未探索の場所に探索班を派遣して、虱潰しに埋めていく方針のようです」
「昨日の今日だから、未探索の場所もそう変わっていないな。地図のここから……この辺までは探索班が動いた事を確認している」
オズグリーヴとテスディロスがそんな風に答えてくれる。兵士達に見立てた銅貨を地図上に置いて、探索の進んだ範囲を教えてくれた。
なるほど。というわけで未探索エリアに先回りし、良さげな場所を見繕っていく。あちこち星球儀を使って見て回っているので、既に周辺の地形も把握できている。
「この位置の……滝は良さそうだな。如何にも何かありそうな雰囲気がある」
「滝裏に何か隠されている、なんていうのも定番ではあるね。ガルディニスの伝言の内容的にも……分かりやすい場所でも違和感はないと思うし」
要するに……俺の立てた作戦というのはガルディニスの偽の隠れ家をでっちあげようというものだ。一度遺品を見つけてさえしまえば捜索もそこで完了するし、噂が人を呼ぶ事もない。迷宮核で生成したガルディニスの偽魔導書を暗号化し、解読作業をさせる事で時間稼ぎ。本物は俺達で厳重監視しておいて時期が来たら回収してしまえばいい、というわけだ。
これで野営地の面々が悪党であれば、例えば古代文字で暗号化したコロッケの作り方でも掴ませて解読に無駄な時間を費やさせてやろうなどという話をしていたが……まあ、オーラン王子はかなり真っ当な人物だしな。
一先ずは滝付近に偽の隠れ家を配置するという事に決めて、人払いの術式を展開した上で作業を進めていこう。