番外1151 異国の街並みは
「んー。しかし……悪人じゃなさそうだし裏も無さそうとなってくると、突っ込んだ情報収集は少し気が引けるところがあるな。さっきの王子の言葉だと、デュオベリス教団との繋がりがあるようにも思えないし」
「ふむ。それは確かに」
俺の言葉を受け、オズグリーヴが思案しながら言う。状況が状況だから深刻な被害を防ぐための諜報活動でもあるしな。発覚した場合の関係悪化も避けたいと言えばそうだ。
「ある程度のところが見えてきた以上、一旦別方向からの情報収集をする事で、信用できるかどうかの裏付けを進める方が良いのかもね」
「別方向から、というと?」
「近隣のネシュフェルの街へ行って町中の様子を見たり、王家についての評判を聞く。その結果が芳しくなかった場合は……改めてこっちで諜報活動を進めさせてもらう、と」
上役はこういう任務先でも国元と連絡を取り合う必要があるから、筆記用具や机を持ち込んでいたりする。ネシュフェル王都からの、指示書や手紙も見つかるだろう。
幸い目当ての天幕は周辺を調べていく内に既に見つかっている。結局筆記用具が用意されている天幕は発令所の他には一つしかないようだ。
机の隣に鍵のかかった木箱が置かれているところまでは確認している。野営地での諜報活動を進めようとなった場合は……恐らくすぐにでも前に進められるだろう。
「秘密裡に活動しているというわけでもないようですし、街中で話題になっていてもおかしくはありませんな」
「そうだね。結構大規模な部隊を動かしているようだし、近くの拠点からの支援は必要になってくると思うから、何かしらの噂にはなっているかな」
そこで背景と先程の会話との整合性が取れればこちらとしてもありがたい。
カドケウスには一旦下がってもらって、ハイダーを野営地に配置させてもらった。
最寄の拠点……街のある場所は――湖のある王都へと繋がる川を下っていけば良い。迷彩フィールドを維持したまま少し進んで行けば、ネシュフェル王国の地方都市らしき場所が見えてくる。
ネシュフェルの都市は――主な建物は石造りだな。整然とした造りの家が多く、計画して都市部が作られているというのが分かる。特徴的なのは建物の壁のところどころに、紋様魔法が刻まれている事だな。
「紋様魔法か。ネシュフェルだと独特の形式のようだけど……あれによって家の中の温度を快適に保っているようだね」
水晶板モニターで紋様魔法を確認。その効果をウィズがシミュレートしてみれば、そんな結果が返ってきた。みんなに伝えると感心したようにネシュフェルの街並みを見ていた。
「魔法技術の発展度合いも中々のようですな。建物だけでなく、人々にも応用しているようで……」
と、ウィンベルグが言う。
そうだな。野営地の兵士達もそうだったが、タトゥーのように肩や腕、背中等に紋様魔法を描いている者も多く見受けられる。
強い陽光から身を守る。虫や毒蛇などを遠ざける。体力や筋力を増強するなどなど……見た限り効果は色々だが、そこまで強力なものではない。
刺青なのか一時的に染料で描くのかはここからでは分からないが、日常的に人体に用いるものなので敢えて効果を穏やかなものにしているのかも知れない。
衣服は……ロインクロスと言われる腰布や、カラシリスと呼ばれるチュニックワンピースのような服を纏っているようだ。景久のイメージで言うと古代エジプトとか、そのあたりの民族衣装を想起するところがある。
町並みも人々の装いも、中々異国情緒があるな。これで自由に観光できれば良かったのだが。
『ネシュフェル王国の方々は、バハルザードに比べるとかなり露出が高いと聞きますね。肌の美しさや鍛えられた肉体を誇る文化があるのだとか』
というのは剣修復の休憩という事でエルハーム姫が工房からの中継で教えてくれた情報だ。
バハルザードはヴェールを纏ったりして秘める方向だったからな。俺達から見て南方の国々であっても、魔力溜まりを挟んで離れているから色々違うのだろうし、陽光を和らげたり、虫や蛇を避けられる紋様魔法が発展しているからこそ出来上がっていった文化ではあるのだろう。
『兵士達は結構駐留しているみたいだけれど……雰囲気としては平和そう、かしら?』
イルムヒルトが街の様子を眺めて言った。
「そうだね。あれは物資を集積して前線――山に輸送する準備をしているのかな。商人も沢山来ていて、賑わっているように見えるけれど」
街の広場の光景からはそう読み取れる。兵士達と談笑しているところも見る事ができて……剣呑さや緊張はない、かな。
「情報収集はどうなさいますか? やはりカドケウスさんを送り込む方法でしょうか?」
オルディアが首を傾げてこっちを見て来る。カドケウスも共に首を傾げていたりするが。
「んー。そうなるとこっちが欲しがっている情報を手に入れるまで時間がかかるからね。今度は変装して直接乗り込んで聞き込む方法が良いかな」
野営地の兵士達の捜索範囲の情報も手に入っていることだし、ここはスピードを重視していきたい。
キマイラコートを変化させ、フード付のネシュフェル風の衣装にし、変装の術式を展開する事で、髪の色等々、野営地の王子に近い特徴に変装する。艦橋や水晶板の向こうで「おお……」という反応があった。
「どうかな? 仕上がりとしては」
『良い感じですね。それらしく見えます』
『旅をしてきた風に少し風合いを出しているのですね』
『ん。芸が細かい』
グレイスやアシュレイが微笑み、シーラがその言葉に頷く。どうやら問題なさそうだ。
『特徴も、少しあの王子に似せているか』
と、ベリスティオが言った。
「そうだね。王子に関する話題作りもしやすくなるから。後は――木魔法か土魔法で彫像を持ち込んだりして、行商を装う事でその中で話題を振る、と」
「ふうむ。結界さえなければ、私も変装して同行した方が怪しまれにくい、とは思うのですが」
オズグリーヴがやや残念そうに言う。
確かに俺が単身で向かうよりも同行者がいた方が信用されやすいかも知れない。ただ、オズグリーヴが自身の能力で変装となると、煙の色や質感を調整して装う事になるのだろうが、魔人としての力を解放していないといけないからな。結界が張ってある人間の街に、封印術を解いたままで忍び込むのは些か難しいだろう。
「そこはまあ、大丈夫だと思う。結構大きい都市だし、怪しまれる前に撤退するつもりだからね。それに、もしもの時も身一つなら、離脱もそう難しいものじゃない。ここは年齢を逆手に取らせてもらう方向でいかせてもらおうかと思ってる」
「なるほど」
と、俺の言葉に少し笑うオズグリーヴである。
さて。ではこのまま少し旅支度風に身を整えたら潜入と行くか。ファリード王やエルハーム姫からネシュフェルの情報は多少貰っているが……その辺も最新のものではない点に注意が必要だな。
「それじゃあ、ちょっと行ってくる」
シリウス号は都市部近郊に停泊させておけばいいだろう。迷彩フィールドはバロールがいれば問題なく継続できるしな。
そうしてみんなに見送られつつ、甲板から飛び立つ。着地したところで木魔法、土魔法を使って細工物を作り、革袋に入れて出発だ。
念のため、本来の街道を外れた方向から合流しておこう。
少し道に迷ってしまった風にしておけば、街道を歩いてきたが見かけなかった、というような証言に対して言い訳が立つ。ネシュフェルの通貨を持っていないのもな。旅の間に魔物に襲われて落としてしまったとか、色々とやりようはあるだろう。