番外1148 黒骸の足跡
山と山の谷間を埋めるように、氷の層が下方へと続いていく。……氷河だな。
「ふむ。ここはなにやら懐かしいような雰囲気がある」
ルベレンシアにとっては万年雪と氷河は馴染みのあるものなのだろう。それを見て頷いているが。
「ガルディニスは、この氷河を上流に辿って行けば見つかるって言っていたな。甲板に出て、直接魔力反応を見ていくから、ゆっくりとした速度で進んで貰えるかな?」
そう言うと、アルファはこくんと頷いた。では……甲板に出て魔力反応を見せてもらうとしよう。
「私もお手伝いしたいところですが、迂闊な事をすると罠を発動させてしまいそうですな」
「確かに……煙で地形に沿ってなぞったりできれば早かったかも知れないけど、慎重に進めたいところだね」
オズグリーヴの言葉に少し苦笑してそう答える。隠れ家を暴こうとする意志を持って触れた場合に、契約魔法がどう判断するかに確信が持てない。その辺りは危険性を考えると慎重にならざるを得ない。
とりあえず魔力探知で探す場合や、隠れ家を守るために結界を展開する分には問題ないだろう、とガルディニスは言っていたが……。
「俺達は――そうだな。水晶板でそれぞれ特定の方向を担当するか」
「そうですな。目が多ければそれだけ不自然なものの見落としも減るでしょう」
と、テスディロスが言うとウィンベルグも頷いた。オズグリーヴやオルディア、ルベレンシアもその方針で動くとの事で。では――艦橋は任せて甲板に移動するとしよう。
ゆっくりとした速度で氷河を遡る。こういう大規模な氷河を間近でじっくりと見るのは初めてなので俺としても興味深いところではあるが……今は目的がある。見落としのないようにしていきたいところだ。
片眼鏡を通して魔力反応を見ながら、周囲の景色、地形の特徴などにも集中していく。
あちこち深いクレバスがあって……標高も高く、気温が低い場所なので、この辺りを真っ当に探索するとなるとさぞかし大変だろう。
ただ、環境魔力は正常なものだ。魔物が活動しやすい場所だと、何かの拍子で意図せず隠れ家に影響を及ぼす事も考えられるし、魔力溜まりを避けるというのは分かる。地形に対する氷河の浸食はあるが、その辺は魔法で対応が可能だろう。
そうして、ガルディニスが言っていた方向に注視しながら進んでいたが――やがて少しなだらかになっている場所が視界に入ってくる。その岩肌に……自然のものとは異なる魔力反応を見つけた。
「ここ、か? アルファ。船を停泊させてくれるかな?」
傍らのハイダーを通して艦橋にもその言葉が伝わり、アルファがこくんと頷くとシリウス号が動きを止める。
『私達もそちらに向かいますね』
と、オルディア。艦橋からみんなが甲板に出てきた。
「聞いていた地形の特徴とも……一致しますな」
周囲を見回しながらオズグリーヴが言う。確かに、それらの情報とも一致するな。
「そうだね。隠れ家そのものを見つけたというよりは、岩肌の一角に構造強化らしき魔力反応を見つけたんだ」
あの岩肌のあたりだと指差してから、空から近付いて見てみようと提案する。
「ふむ。基本的には見るだけで、何も触らないようにした方が良いのだな」
ルベレンシアが言う。まあ、そうなるかな。意図的に暴こうとしなければ大丈夫という話ではあるので、見るだけなら問題はない。各々その説明に真剣な面持ちで応じ、俺に続くように甲板から飛び立つ。
アルファは留守を任せろというように、艦橋でカドケウスに向かって軽く喉を鳴らしていた。俺もカドケウスに頷いてもらって応じる。
そうして……ライフディテクションで周辺に生命反応がない事、無人である事を確認しつつ、件の反応があった岩肌に向かう。
氷河の浸食を受けにくいような場所を選んで構造強化が広がっているようだ。氷河の影響が広がったとしても……メンテナンスをする者がいれば隠れ家を維持できるだろうな。
予定としては罠を取り払い、中身を引き払うつもりでいる。そうなれば痕跡が残るかどうかはあまり気にしなくてもいいのだろうが。
ともあれ、ガルディニスは氷河の影響を受けない位置を選び、岩肌内部をくり抜いて隠れ家を作った、という話である。構造強化の範囲を見ていけば、隠れ家のおおよその位置にも見当が付けられるだろう。
「地表に魔法が広がっているのは――ここからここまで、かな」
大体の位置に光のフレームを展開してあたりを付ける。
「となると入口は範囲内のどこか、という事になりますか」
「多分ね。肉眼では岩肌にしか見えないけど……魔力反応からすると、中心部がそうだと思う」
自然の岩肌に見せかけられているが中心部の魔力反応が濃い。だがまあ……こういう見た目なら知らずに辿り着くのは結構困難なのではないだろうか。
俺達もガルディニスから場所を聞いているから来る事のできた場所ではあるのだし、山も結構広い範囲に跨っているので、ヒントも無しにこれを探し当てるのは、結構難しいだろう。
変哲のない場所に敢えて隠れ家を作るというのは、特徴的な地形を選ぶよりも探し出すための難易度が高いかも知れない。ガルディニスとしては徹頭徹尾自分用の隠れ家で他人に見せる気もなかったのだろうし。
「となると、結界の展開できる範囲。監視のしやすさを考えて……この辺りの斜面にハイダーを配置するのが良いかな?」
隠れ家入口のある部分が見通せる斜面へと移動し、距離と見晴らしを確認する。下方に入口。向かい側に尾根。左右に氷河の上流と下流、と。全方位を見回す事ができるな。結界の展開できる距離も問題ない。
それに……氷河を見る限りだと侵入者もいなかったようだ。もし罠が発動していたら、周辺の氷河ごと石化していただろうし、周囲の景色ももっとおかしなものになっていただろう。
「ん。大丈夫そうだ。しばらくの間、この場所で見張りをしてもらえるかな」
魔道具を背負ったハイダーに尋ねると、こくんと頷く。そうしていそいそと斜面に同化してくれた。魔道具も含めて、色や質感も斜面と一体化して分からなくなった後、ハイダーが顔と片手を出して、俺に手を振ってくれた。うむ。
魔石の魔力容量と充填は十分。ハイダーなら封印解放の時期以降まで余裕を持って保たせる事ができるだろう。
『通信室からも見えています。声もそちらに届いているでしょうか』
と、グレイスが言うとハイダーがこくんと頷く。
「ん。大丈夫みたいだ」
『ふふ。こっちの声が届くなら任務中も寂しくないようにできますね』
エレナがハイダーの反応に微笑み、マルレーンもにっこりとした笑みを見せる。アピラシアやマクスウェルといった魔法生物組の面々もうんうんと頷いていた。
「一先ず、問題なく監視の目を置けましたな」
オズグリーヴが目を閉じて頷く。
「そうだね。後は山岳周辺の状況把握とネシュフェルの動向と政情を、軽く情報収集していく事になるかな」
それで問題が無ければ次の仕事に移れるだろう。俺の言葉にみんなが頷く。
まずは、そうだな。山岳地帯を一通り飛んで回って……それからネシュフェル王国を見に行くというのが良いだろう。
というわけで、みんなでシリウス号に乗り込む。配置したハイダーからの中継映像も……きちんと送られてきているな。
一度に周囲全てを見られるように視界を広角に調整しているな。何か動きがあればどの方向からでも察知できるし、中継を受けている側に警報も鳴らす事ができる。
アピラシアが監視は任せてほしい、というように働き蜂を水晶板モニターの前に一匹陣取らせていた。
よし。では、このままシリウス号であちこち見て回っていくとしよう。