番外1142 選択に誇りを
「魔人達の力はかなり削がれているが、性質上穏便という連中でもない。十分に気を付けてな」
「私達も冥府で、儀式の準備が上手く行く事を祈っている」
「ああ。また何かあったら連絡をするよ」
ヴァルロス、ベリスティオと言葉を交わす。
諸々冥府ですべきことを終え……腰を据えて今後の事等も話をさせてもらった後で、現世に戻る事となった。
中層に少し留まっていたという事もあって、冥府の知り合いの面々も顔を出してくれた。中層は上層と下層から人が集まってもあまり注目を浴びにくいというか、割と動きやすい所がある。中央の塔に集まり、見送りの冥精、神格者、レイスといった顔触れから挨拶を受けたりして。
「では……冥府より幸運を祈っております」
「そなたの道行に、幸多からん事を」
と、プルネリウスやベル女王を始めとした冥府の面々はそんな風に見送りの言葉を口にしてくれる。この辺の……ちょっとした挨拶の違いも定着したような印象があるな。
元々冥府では生者との挨拶も想定していなかったところはあるから、まあ、昨今の出来事ではあるのだが。
「ええ。冥府の皆さんの日々も幸運と平穏に恵まれますように」
俺もそんな風に答えて見送りの面々と握手をしたり挨拶をしたりしていく。リヴェイラもベル女王にそっと抱きついて、微笑むベル女王に髪を撫でられる。
ベリスティオとオズグリーヴ、ヴァルロスとテスディロス、ウィンベルグといった面々も挨拶をし合い、各々別れを惜しんでいる様子だ。俺も――母さんと向かい合う。
「私もテオの選んだ道を、応援しているわ」
「ん……。ありがとう。その言葉は――嬉しいな」
その言葉にそう応じると、母さんは目を細めて言う。
「テオは和解と共存に至る為の道を、きちんと探しているものね。もしも私の事で不安に思っている事や遠慮があるのなら――どうか安心してね。私は……あなたとあなたの選択を、誇りに思っているわ」
――ああ。そう、だな。他ならない母さんが応援してくれる、というのは。
少し天を仰いで、目を閉じる。それから視線を戻してから、母さんを真っ直ぐに見て頷いた。そんな俺に、母さんは優しい笑みを向けてくれた。
そんなやり取りに、通信室のみんなも穏やかな表情で微笑む。そうやってみんなが見守ってくれるから、俺も前に進んで行けると……そう思う。
オルハンとエスラも母さんの言葉に同意するように首肯する。ヴァルロスはそんなオルハン達の反応に、静かに目を閉じていた。
そうして冥府のみんなに見送られ、マジックサークルを展開する。
ランパスやブラックドッグといった面々が手を振ると、ユイとリヴェイラも嬉しそうに笑って手を振り合い。そうして光に包まれて天弓神殿に向かって飛ぶのであった。
「お帰りなさい、テオ」
「お帰りなさい、テオドール様」
「ああ、ただいま」
フォレスタニアに戻ってくるとみんなが嬉しそうに明るい笑顔で迎えてくれた。シーラが軽く両手を広げながらこちらに向かって来て、俺も笑ってそれを受け止める。
そっと抱擁し合えば、柔らかな感触と鼻孔を擽る香りがあった。抱擁しながら循環錬気を行って、体調に異常がない事も確認する。
そうして暫く抱擁し合う。シーラは俺の髪の毛を撫でながら耳と尻尾を揺らしていたがやがて頷いて離れる。
「ん。満足」
との事である。マルレーンもシーラに倣うようににこにこしながら両手を広げて俺の方に来て――。そうして同じように一人一人と抱擁を交わしていく。
ステファニアに背中の感触を確かめるように撫でられたり、そっとグレイスに頬を撫でられたり。それぞれ少しずつ反応は違うが、みんな無事に戻ってきたという事で嬉しそうだ。
ローズマリーはこういう場合やや遠慮がちではあるが、俺と抱擁しあったエレナが微笑んで譲ると、小さく咳払いしておずおずと前に出て来る。
「ええと、そうね。おかえりなさい」
「うん。ただいま」
今回の冥府への訪問はあまり長居したわけではないが、こうした光景ややり取りもいつも通りといった感じで安心するところがあるな。
「みんなに怪我がなくて良かったわ」
クラウディアもそんな光景に楽しそうに少し笑ってから、抱擁し合っての離れ際にそんな風に言ってくる。
「そうだね。みんなの身体の調子も良いみたいだし、俺としても安心した」
「冥府での面会も……良い方向に進んで何よりです」
アシュレイが笑顔で頷く。独房組との面会もそうだし、ヴァルロスの面会に関してもそうだな。
そうして同行していた面々も無事で良かったと挨拶を交わし合う。ユイとヴィンクルはハイタッチ等していて、ラストガーディアン同士仲が良さそうで結構な事である。
それを見ていたリヴェイラとコルリス、ティール、ピエトロやオボロといった面々もハイタッチしていて。何だかそこにシャルロッテも嬉しそうに混ざったりしているが。
そうして再会を喜び合ったところで、みんなと共に通信室に腰を落ち着ける。フォレスタニアは留守の間も異常なしとのことで軽く報告を受けつつ、お茶を淹れてもらった。執務に関してはまあ、少し留守にしていただけなので特に問題なく進められるだろう。
『おかえり、テオ君』
工房から水晶板越しにアルバートが挨拶をしてくる。
「ああ。ただいま」
と、挨拶を返しつつ、アルバートも交えて今後の相談だ。
『儀式にしても、まずは碑が必要になるんだったね』
「そうだね。だからまずは――ガルディニスの隠れ家付近に監視の目を置いて時期を待ちつつ、碑の準備をしていく必要がある」
設置するモニュメントに慰霊神殿で祝福を与え、把握した会合場所に設置して回る、と。モニュメントは儀式の力をその場に届かせるためのアンテナのような役割を果たすが……基本的には目立たないデザインの方が良いだろう。
その辺の事を説明すると納得したというようにアルバートが口を開く。
『察知されないようにするという事だね』
「メダルゴーレムを使って現地の風景に馴染むように埋め込んでおいて、儀式の折に遠隔操作で碑を展開する、っていう形が良さそうかな」
「それなら、碑以外の部分は手間がかからなそうね」
と、ローズマリー。そうなるな。儀式の準備はなるべく早めに進めていきたいというのもあるので。
モニュメントの設置と偽装に関してはそれで良いとして……。
「ウォルドムとの約束については、そのまま進められそう、かな」
ウォルドムの場合は――アルヴェリンデやガルディニスとの約束とは少し毛色が違うというか、事情が異なるからな。
「その事なのですが……エリオット兄様も手伝える事があれば協力したいと言伝を頼まれています」
ウォルドムとの約束に関する話が出たところで、アシュレイが言った。
「それは……有難いね」
ウォルドムの言っていた海域は、エリオットの留学先であった国の近海だからな。
魔人に関する共存と和解を進める上でも、話を通しておいた方が後々のためにもなるだろう。そこで伝手のあるエリオットが同行してくれるというのは、確かに有難い申し出だ。
というわけでエリオットには通信機で礼を言うと共に、冥府から戻ってきた事も伝えると、すぐに返信があった。今は夕方だからな。もう執務も終わっているとの事で、水晶板に顔を見せてくれた。
『皆さんにお怪我がなかったようで何よりです。冥府でのお話も首尾よく運んだようですね』
「ありがとうございます」
エリオットの言葉に礼を言って、挨拶を返す。カミラもエリオットの隣に顔を出して挨拶をしてきて、元気そうな印象だ。
では――エリオットも交えて、先々の予定を打ち合わせていく事にしよう。