番外1138 閃光炎舞
母さんがマジックサークルを展開すれば、その背中に光翼が構築され、杖の先端からも光が噴き出して刃となった。
そのまま翼をはためかせ、骨で構成されたような姿の百足に突貫していく。百足の頭部は人の上半身の骨で構成されており、両腕に骨の剣を携えているような姿をしていた。
但し頭蓋だけは百足のそれが混ざったような印象で、巨大な牙が一対生えている。やはりアンデッドではなく疑獣なのだろう。
骨百足は、咆哮を上げながら突撃してきた母さんを迎え撃つ。剣に紫色の炎を宿し、母さんの光の大剣と激突、火花を散らす。突っ込んだ衝撃で一瞬押し込んだその隙に、翼をはためかせて、光の羽根を散らしながら急上昇していく。わずかに遅れて、母さんのいた空間を切り裂く、紫の炎の軌跡。
垂直に立ち上がるように百足が上体を伸ばし、空を舞うように飛ぶ母さん目掛けて大きく口を開いた。その口腔内に魔力の光が宿り――それが解き放たれるよりも早く。
百足の身体のあちこちで爆裂が巻き起こった。四方八方から光の鎖が伸びて絡みつく。悲鳴のような怒りのような奇妙な声を漏らす骨百足。何が起きたか分からないというように視線を地面に戻し――次の瞬間、凄まじい速度で降下してきた母さんにその首を刎ねられていた。反応はした。しかし爆裂によって虚をつかれ、封印術によって拘束されてはその後の一撃に対応しようがない。
母さんが散らした光の羽根は、そのように形を偽装した、マジックスレイブの応用変化形だ。形に合わせた動きで、風に舞い散るように自然に舞い落ちた羽根が、突然砲台となって牙を剥いたのである。
『マジックスレイブの形状変化と動きの制御……。参考になるわね』
ローズマリーは母さんの戦い方を見て感心したように声を漏らす。シルヴァトリアの魔法戦闘術は、魔人との戦いを想定し、実戦の中で培われたものだからな。ああいった虚を突くような術も発達している。
一方で――母さんと百足が戦闘しているその近く。母さんに背を向けるようにして、俺やゼヴィオン、ルセリアージュも飛行型の疑獣と戦闘中だ。
空洞の天井に、巨大な物体が垂れ下がっている。蜂の巣のような質感だが、あちこちから全方位に向かって巨大な目が覗いていて。忙しなくきょろきょろと動いている。
あれは異形ではあるものの、蜂の巣に間違いない。周囲にも巨大な――熊程の大きさの蜂が飛び回っている。巣と蜂。これらは全て繋がった群体だ。一体が認識すれば全体が知覚を共有する性質がある、と冥精達が教えてくれた。ヴァルロス達も初めて遭遇する疑獣らしいが――。
蜂の大顎の奥――口腔内は人間の歯に似たような歯が生えそろっていて。ギリギリと歯ぎしりをしながら怒りの声を漏らしている。この辺、疑獣に間違いないという特徴が見られるな。
リヴェイラの索敵と隠行で先んじて蜂の巣を発見したために、先制して叩き潰しにきたわけだ。離れた場所で兵隊蜂に見つかればそこから警戒信号を送り、蜂の群れと共にあちこちから別種の疑獣が集まってきてしまうらしい。
蜂の巣の周辺にいた疑獣も同時に相手取る事になるが、それでも斥候に出ていた蜂があちこちから疑獣を引き連れて来るよりは状況が良い。
こちらとしては、任意の場所に防御陣地を構築した上で腰を据えて戦えるのだし――。
爆発するような速度で蜂の腹から針が放たれる。シールドを蹴って跳んで回避。一瞬遅れて針が追随してくる。飛び道具――ではない。
蜂の針は連接剣のように節と筋線維のようなもので構成されており、伸縮自在らしい。鞭のようにも使えるし、槍にもなるのだろう。
複雑な軌道で空を切り裂いて叩き込まれる針鞭を、魔力を込めたウロボロスで迎撃。金属音と共に火花を散らす。切り結びながら高速でホバリングする蜂目掛けて踏み込んでいく。
大上段――。魔力を込めたウロボロスを蜂の頭目掛けて打ち下ろせば、金属のひしゃげるような音が響いた。
怒りの咆哮を上げながら、蜂が後方へと距離を開けるように飛ぶ。外殻に罅が入っているが……あの手応えで粉砕できなかったのか。兵隊蜂一体一体が結構な耐久力を誇っているようだ。
だが――崩れた一角の合間を縫うように凄まじい炎の塊が蜂の巣へと飛んでいく。ゼヴィオンの放った爆炎弾だ。飛来する方向の蜂の巣が目を見開くと、光の壁が生まれて巣に直撃する前にそれを受け止めていた。
ルセリアージュの黄金の舞剣を蜂の巣が目で追い、魔力弾を放って空中で激突。いくつもの爆発が巻き起こる。
蜂だけでなく巣そのものも群体の一部だ。すぐに攻撃を仕掛けてきたゼヴィオンやルセリアージュ、俺への圧力を強めるように蜂達が飛来してくる。
蜂の巣は動かない分、防御能力はかなりのものを誇るようで。無数の巨大蜂による連係も相まって、要塞のような印象がある。
「こっちに向かっている一団がいるであります! 察知して向かって来ている動きではないでありますが……このままでは接触は避けられないであります!」
「単純に不運での遭遇は致し方がない。こちらには余裕はあるからそいつらは引き受けた」
リヴェイラの注意喚起の声に、ヴァルロスが応じる。
ヴァルロスとベリスティオ、それに母さんは――蜂達以外の疑獣の相手をしている。蜂の巣の周りにも百足やら地を泳ぐ魚の疑獣がいて。その連中が下方から防御陣地にいかないように派手な立ち回りで引きつけているのだ。
ヴァルロスとベリスティオは単純な能力と技量の面で突出しているものがあるから、当たるを幸い薙ぎ倒すといったような大立ち回りを演じていた。
「では、その連中は任せた。今ここにいる連中は私が」
「承知」
ベリスティオと短いやり取りを交わし、重力翼を噴出させたヴァルロスが、リヴェイラの示した方向に突っ込んでいく。暗闇の中から姿を見せたのは四足の狼のような集団だ。
真っ向から突っ込んでいったヴァルロスが斬撃を見舞い、回避した一匹の動きに合わせるように、打ち下ろしの裏拳を見舞う。コンパクトで何気ない動作で放たれた裏拳だったが、黒い火花を散らす重力塊を纏っており、狼は頭部にそれを叩き込まれて、潰されるように地面にめり込んでいた。
「くくっ! こうやって後腐れ無く暴れられるというのは悪くないな!」
「だが、温存していては埒が空かないな。蜂と巣は結構な大物なようだが――」
継続的な戦闘が目的だから大技を使わずに温存しているところがあるが……群体蜂は冥精達の話によるとかなり強力な部類ということらしい。
「なら……確実に一撃を通す策を取るか。ユイ、作戦を伝えるから、俺の動きに合わせてもらえるかな?」
「うんっ! 任せて!」
飛び回りながら複数の蜂と切り結んでいたユイが大きく後ろに飛んで、俺の背中をカバーするような位置まで飛んでくる。テスディロスも雷の速度で飛び回りながら巣に切り込む機会を窺っていたが、俺達の動きを察すると、周囲を飛び回りながら蜂達を牽制するような動きに回ってくれた。
ユイに簡単に作戦を伝えるとゼヴィオン、ルセリアージュがにやりとした笑みを見せて魔力を練り上げていく。
ユイの行動だけで詳しい説明はしていないが、大技を叩き込む隙を作ると伝えたから、それに合わせるつもりでいるのだろう。上等だ。こっちもきっちりと道を作ってみせよう。
「少しで良い。俺とユイが集中する時間を確保してもらえれば、きっちり仕上げる……!」
「承知!」
「まかせなっ!」
テスディロスが稲妻を全身から迸らせ、縦横無尽に飛び回る。リネットもマジックレギオンを身体の周囲に浮かべて俺達の周囲に陣取る。四方から叩き込まれる蜂の針を迎撃し、時間を稼いでくれているようだ。
俺が使用するのは覚醒能力。力の放出は一瞬で事足りる。この後の作戦行動にも支障はない。ユイと共に魔力を練り上げ――。
「行くねっ!」
「ああっ!」
合図に応えればユイが力を放出。空間に干渉して鬼門を開く。巣の周りに四方八方、黒い小さな穴が生まれた。十分だ――。
同時に世界が色を失い、時間の流れが緩やかになった。時間干渉。俺の認識だけが何倍にも引き伸ばされたような世界の中で、マジックサークルを展開して複数の術を鬼門の中に叩き込む。一瞬遅れて巣の全方位で眩い閃光が炸裂した。
間髪を容れずにユイの鬼門を通して封印術を叩き込む。疑獣の機能が見た目の通りだというのなら、あの目は視覚も有している。全方位からの目潰しで作る意識の間隙に、封印術を差し込んだ。
巣全体を覆うように、光の鎖が巻き付いていく。封印するのは、蜂の巣が展開する防壁の能力――。
次の刹那。ユイが鬼門を閉じ、ゼヴィオンとルセリアージュが動いていた。
視界を埋め尽くすような極炎の閃光と、巨大な黄金の剣が蜂の巣に向かって叩き込まれ――爆裂しながら切り裂かれて、大きく形が崩壊した蜂の巣が地面に向かって落ちていく姿が目に飛び込んでくるのであった。