番外1133 負の念と擬獣
独房組との面会も一先ず無事に終わった。
それぞれ違いはあるが……俺と交渉して冥府での利益や脱獄に繋げようとか、そういうつもりではなかったようだからな。蓋を開けてみれば協力的だったように思う。
贖罪に関しては――冥精達への誤魔化しも効かないようだし、冥精達の方針や考え方も信頼できるものだ。
罪業に対し贖罪の気持ちを持って向き合うならば、和解の話に手を貸してくれた事も加味されていくのではないだろうか。
「一先ずは、肩の力も抜けるかな」
『ん。ゆっくり休んで』
『相手が相手だから出方が分からない状態で話をするのも大変そうだものね』
と、待機所に戻ったところでそう言うと、シーラやクラウディアがそんな風に言ってくれた。頷いてお茶を飲んで一息つくとマルレーンがにこにこと微笑んだりして。
それから俺はユイとリヴェイラに視線を向けて尋ねる。
「二人はどうだったかな?」
「お話には聞いていたけど――実際に会うと想像してた以上に、すごそうな人達だった。……うん。修業に身が入りそう」
ユイがそう答えて小さく頷き、拳を握る。ユイは根っこのところで真面目だからな。ラストガーディアンの仕事と絡めて考えてしまうところがあるのだろうが。
「緊張したでありますが……冥府のみんなのお仕事や、独房やそこに収監されている人の実際の様子を見る事ができて勉強になったであります。冥精としてこれらの知識が必要とされたり、活用しなければならないような事態にはなって欲しくはないでありますが……いつか誰かの力になれるように、私も修業するであります……!」
リヴェイラも真剣な表情でそう言って、気合を入れ直しているようだった。
下層の構造や独房の性質、罪人の様子。冥精として……特にリヴェイラの場合は知っておくべき内容だと思う。
これらの知識やそれを把握した上でのアイデアが求められるような状況は――有事というのが真っ先に思いつくな。いつか誰かの力に、か。うん。二人にとってもいい刺激というか、高いモチベーションに繋がったようで何よりだ。
さて。今日はここで休み、その後改めて移動して負の念解消区画に向かう予定になっている。面会そのものはスムーズに進んだから、のんびりと話をする時間もとれるだろう。
というわけでゴーレム達を構築して食事の用意をしつつ、先程考えていた事を伝える。
「――というわけで、状況を見て周囲の意見も聞きながら、迷宮内に新しい村区画を作ろうかと思っている。保護と訓練はしても閉鎖的になり過ぎないようにしたいかな。それから……話し合える環境作りか。これが一番重要な気もする」
「ハルバロニスは外に出てはならないと己に掟を課していたからな。それがあるかないかで、様々な面での対応も変わってくるだろう」
「それと同時に、庇護と訓練は確かに魔人達の実情を見ると必須と言っていい」
俺の言葉にベリスティオとヴァルロスも同意するように頷く。
「今フォレスタニアにいる面々とはまた事情が違うだろうね」
「そうだな。魔人達は個々人での事情の差が大きい。強者を敬い、好む性質から、子を修練させたりある程度の教育をする面々は、何時の時代も一定数いると聞いたが、何を重視するかもまた変わるからな」
ヴァルロスが教えてくれる。なるほどな。
テスディロスとウィンベルグは傭兵として暮らしていたので人間社会に馴染むのが早かった。オルディアもイグナード王の庇護の下、社会的な部分を色々学んだとの事である。
オズグリーヴはハルバロニスで暮らしていた時の記憶があるし、隠れ里の住人はそのオズグリーヴから一貫した方針の教育を受けている。
他の魔人の場合は――教育や暮らし方は各々で違うので一概には言えない。氏族としてのまとまりがある頃なら方針はあったのだろうけれど。
ヴァルロスが庇護と訓練を必須だと同意するのは、魔人達の集団と合流して接した上で感じた事なのだろう。
「魔人化を解除した面々は、魔人の価値観では重視されてこなかったものに感銘を受けるみたいだからね。街並み自然、道具、調度品……そういうところから平和である事の意味や文化面にも価値を見出してもらえるかなとは思ってる。そこから訓練の意義についても理解してもらえるように進めたいな」
「確かに……。少し前の中層の風景すらも衝撃的だったな」
「上層の風景も素晴らしかったわ」
と、リネットとルセリアージュ。実体験として思い当たる節があるのか、真剣な表情で耳を傾けたり頷いたりしているが。
そうやって話をしている内に料理もできあがり、食事をとりつつ儀式に関する話や実際に受け入れた後の事、明日以降の予定について等々、色々とみんなで話し合うのであった。
そうして待機所でもう一泊し、身支度と朝食を済ませたら負の念の解消区画に出発する事になった。
待機所に設置した簡易設備もゴーレムメダルを用いて撤収というか、移動させられるようにしたのであまり時間を使わずに移動ができる。
「負の念の解消区画は監獄区画からやや離れた位置関係にあります。脱獄への利用や潜伏ができないように考えられた配置ではありますな」
と、冥精達が教えてくれる。独房区画からだと移動に時間がかかるという事になるが……まあそれなら寧ろ俺達としては下層で活動するにしても安心と言っていいだろう。
「問題なければ絨毯を使って移動するというのは如何ですかな」
「囚人達の目に付いて目立つのが問題なら、幻術を併用する手があるけれど、どうかな?」
「そういう事でしたら、私達としては問題ありませんぞ。禁忌の地に至った時の術を考えれば問題ありますまい」
オズグリーヴの提案に俺も頷いて尋ねると、冥精達も許可を出してくれる。護衛についている面々は禁忌の地に突入する際に行動を共にしていたからな。
というわけで空飛ぶ絨毯に乗って地下道を移動していく事となった。先導と殿に関しては冥精達が務めてくれるそうだ。護衛任務中なので他の冥精達に自分達の居場所が分かるようにしておく、というわけだな。誤解も招かずに済むので俺達としてもありがたい。
簡易ゴーレム達もレビテーションをかけておけば絨毯に捕まって移動できる。大きな問題はなさそうだ。
「負の念に形を与えるって、迷宮に近い仕組みなんだよね。どんな魔物が出て来るのかな」
「魔物ではなく、擬獣と呼ばれているな。元となった負の念や衝動に応じて誇張された形態をとるから、見た目にも理解しやすいかも知れない」
ユイの言葉にヴァルロスが答える。
「確かに、獣ではあるが半端に人を模したようにも見えるな。形態に応じた名前もあるそうだ」
ゼヴィオンもヴァルロスの説明を補足するように教えてくれた。
「例えば……飢えから生じたなら、大きな口を持っている、とか?」
「そんなところだ。まあ、冥府の亡者……それも下層の囚人の負の念が主要な源泉になっているから、そうした生者らしい欲求よりはもう少し複雑な印象があるが」
俺の質問にベリスティオが答える。なるほどな。肉体的な欲求から来るものとはまた違う、というわけだ。
先導する冥精の後ろについていき……やがて大きな門の前に到着する。ここに来るまで途中から一本道になっていたし、ある程度の人数が配置できる詰め所もあったので警備面では結構厳重かも知れない。
「ここから先は一本道でしてな。制御施設まで進んでから戦闘用の区画内部まで進める、というわけです」
戦闘用の区画はこれまで見てきた下層と同様、蟻の巣状に広がっているそうだ。なるほど。迷宮とは目的が違うから構造面でも大分違うな。戦闘による負の念の解消を目的とするが、基本的に管理しやすいように造られているというか。