番外1129 蝕姫の命題
まずは改めて自己紹介だな。アルヴェリンデにとっては俺の事も人伝に聞いた情報ぐらいのものだろうし。
「改めて自己紹介から、かな。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアだ」
「アルヴェリンデだ。ヴァルロス達から多少は事情を聞いているが、封印の巫女パトリシアの血縁だろうという、あの時の見立ても合っていたようだな」
アルヴェリンデの、その言葉に頷く。ザディアスと繋がってシルヴァトリアで暗躍していたという事もあり、賢者の学連や七家の関係者の情報もそれなりに知っているらしい。元々察しがついていたというのはあるのだろうが、ウィルクラウドという名前だけで理解が及ぶのもそのあたりが理由だろう。
アルヴェリンデは掌に乗せていた青白く燃える炎――自身の罪業をそっと宙に離すようにしてから、俺の方に向き直る。それから俺の事を観察するように眺め、やがて目を閉じて薄く笑った。
「くく。因果なものだな。人との共存というのは私にとってのかつての命題でもあったのだが。死した後に、お前のようなものが現れるとは」
「共存が命題? 今伝え聞いている過去の逸話も、それが目的だと?」
「人が私の行いをどのように見て、どう伝えているかには興味がない。確かに私は魔人として生き、振る舞う事に遠慮もしていなかったが……そういう動機もあった、という事だ。国を乗っ取る事も、人を傍らに置いて生きる方法も、私にとっての研究の内容であった。その中で立ち位置を確保し、それを守るために行動をしたとしても、それは人同士で行われている事とそう変わるものではない――というのが私の持論、ではあったな」
目を閉じて言う、そんなアルヴェリンデの言葉に連動するようにその身の周りの罪業が僅かに揺らぐ。アルヴェリンデの心情に影響しているのか。
アルヴェリンデの行動で政治が乱れて多数の犠牲者も出ているし、魔人として振る舞う事に遠慮しなかったと言うのも……その通りなのだろう。
人としてはたまったものではないし、感情では賛同しにくいところはあるが、緩慢な滅びへと向かっている魔人の事情を考えれば、それは生きる道への模索であり、魔人の氏族長としての立場から考えるなら間違ってはいない、か。
そもそもの動機として考えるなら、楽しみのためにやったと言われるよりは納得のいく話ではある。
そうしてアルヴェリンデは目を開き「だが結局は私の行いも無意味な事だった」と、言葉を紡ぐ。
「魔人にとって人は食糧以上の意味を為さなかったし、結末はいつも同じだ。私の正体を突き止めようとする者……義憤から立ち上がる者が現れ、混乱や戦火の中に終わる。やがて七賢者の結界術も広く流布し、私が潜り込む事も困難となっていったわけだ」
日常的に接していれば、魔力波長で違和感を抱かれてしまうと言うのは有り得るな。
過去の記録を追ってみると、魔人と魔力波長が合う者は元々そういう素地を持つ者、という傾向もあるようだ。実例としては……リネットを重用したモーリス=カーディフがそうであったのと同じだな。
ザディアスもそうだし、邪精霊ではあるもののホウ国のショウエンもそうか。
……魔人を重用しようとしたり、邪精霊に気にいられるような者が国の中枢にいる場合、政治が乱れてしまうのも必然ではあるのかも知れない。
「そしてそれが――ヴァルロスに協力した理由でもあるのかな?」
「そうだな。一方的な関係しか築けないのならば支配するしかない。私は氏族のために命をかける程殊勝ではないが、氏族ぐらいしか生きる事に理由を見出していなかったのも事実だ。あの男――ヴァルロスならば私が滅びても氏族達を無碍にはするまいと……そう思っていたよ。そしてそのあたりがそのまま、お前と話をしようと思った理由でもあるな」
共存しえない魔人としての在り方、前提が変わってくるのならば、というわけか。
「そう、か」
アルヴェリンデのヴァルロスに対する観察眼も、恐らくは正しい。それでも……イシュトルムの手によってアルヴェリンデの氏族は手にかけられてしまったが。俺の反応に、アルヴェリンデは口元だけで笑ってから真剣な表情になり、言葉を続ける。
「そうだ。ザラディあたりはお前を見極めようとして行動しているのだろうが、私は目的が一致しているなら相手の人となりは問わない。手段を選ばなかったこの身だ。お前の人柄を評価できるような、小奇麗な身の上ではないさ」
「という事は……何か現世の魔人達についての情報を持っている、と受け取って良いのかな?」
ここまでのアルヴェリンデの考え方からすると、ただ話をするだけという理由では、俺との面会を選ぶ事もないだろう。
「イシュトルムの手によって合流していた氏族の多くは死に絶えたが、まだ少数、残っている者達がいる。力が弱い故に残してきた者達だな。ヴァルロス達への協力は選んだが、もしもの時、撤退ができるように後方に拠点を残すぐらいの事はしておいたわけだ」
……なるほどな。アルヴェリンデとしては自分に何かあっても、ヴァルロスが勝てば彼らも合流できるとは考えていたのだろう。だが、ヴァルロスやベリスティオの顛末や、イシュトルムの一件で状況も大分変わっているから……それならば俺に託す、ということか。
「……分かった。彼らへの干渉や説得を進めていくと約束する」
「よかろう。では、氏族の会合場所を伝える」
俺の返答に頷き、アルヴェリンデは自分の持っている情報を俺に伝えてくれた。アルヴェリンデは氏族長を失った魔人達も自分のところに合流させていて、その者達の会合場所も把握しているようだ。
現在使われていない場所も含まれるにせよ、複数の会合場所についての情報が得られるのは有難い話ではある。
『円満に終わって良かった。元々、俺達がヴァルロス殿に合流できたのも、アルヴェリンデ殿の情報網があったから、ではある。そういう意味では恩もある。面会に応じてくれるかは分からないから、伝えておいてもらえるだろうか』
と、テスディロスが言ったのでカドケウスから頷いて応じておく。話の流れに、やや安心した様子のテスディロスであるが。
テスディロスとウィンベルグもまた、氏族不明の魔人だ。
結界外の戦場は負の感情を食らう為に魔人も出没するからな。そうしたはぐれの魔人達を見出し、集めるために案内役を派遣する、という事もアルヴェリンデの氏族はしていたそうな。
その伝手でテスディロス達はヴァルロスと出会った、というわけだ。
『ふむ。リネット殿の場合は、ヴァルロス殿が直接お会いしに行った、という話でしたな』
『ザラディが儀式で探し出して、会いに来たと言っていたがね』
ウィンベルグの質問に、リネットは肩を竦める。
『ザラディの力を借りて探し出した面々としてはゼヴィオンやルセリアージュもそうだな』
と、ヴァルロスが言う。
『リネット殿も氏族不明という事でしたが……魔法に精通した魔人というのは中々珍しいものですな』
『あたしの場合は親もはぐれの魔人だ。放浪生活をしていたが、親も魔法的な素養があったから基本的な知識を教えてもらっていた、というのはある』
オズグリーヴの言葉にリネットが答える。
魔力溜まりで魔物を狩る事で食欲を満たそうと僻地に向かった際に、そこにかつて魔術師が住んでいた痕跡を見つけ、その書斎を拠点にして更なる魔法知識を得たという事らしい。
召喚術や結界術に秀でていたのも……その辺が理由か。
リネットは「運が良かった」と言っているが、まあそれを身に着けられるのも努力があってのものでもあるだろう。
魔人の中での力の序列はあるとはいえ、生まれながらに他より強い種族である事は間違いない。良くも悪くもリネットは他の魔人達の気風を引き継いでいなかったから、協力している魔人達に馴染まなかったようではあるが。
しかしまあ……魔人達の舞台裏……背景も色々だな。アルヴェリンデやテスディロス達の話を聞いていると、本当にそう思う。
「テスディロス達も話が落ち着いて安心しているみたいだ。伝手を作って貰えたことは感謝してるって」
「ふ――」
他の面々と面会の話題を振る意味でも俺からテスディロスからの伝言を伝えると、アルヴェリンデは目を閉じて小さく笑うのであった。