番外1128 蝕姫の足跡
ザラディの時同様、ウォルドムにも同行している面々と共に挨拶する。
「余は、そなたら地上人の敵であった。ベリスティオやザラディが和解を選んだからと、余とまで無理に和解する必要はないのだぞ?」
ウォルドムはそう言っていたが。
「今はそれを、敵ではなくするために動いているからね」
そう答えると、ウォルドムは少し意外そうな表情をした後、「そうか。死した余とも和解するか」と、どこか愉快そうに笑っていた。
「私が不甲斐ないばかりに苦労を掛けたようだな」
再会の挨拶をした後にベリスティオがウォルドムに言う。ベリスティオは――恐らくウォルドムの語った封印に、その内容に何かしらの心当たりがあるようにも思える。
そう言われたウォルドムは目を閉じて笑った。
「いいや。お前と共に行く事は、余がかつて自ら選択した道だ。余らはその上で負けたが……それは余の力もまた及ばなかったという事でもある。何より過去の決断を他者のせいにして恨むのは筋違いというものだろう」
「そう、か」
「そうだ。それに――余もまたお前に遠慮をせずに自分のために行動をしていたからな」
そう言って笑うウォルドム。理屈が明確で小気味の良さを感じられるものがあるな。海王と呼ばれて眷属が主とするだけの器量がある、という事か。
その言葉でベリスティオも納得したようで、ウォルドムと向き合って頷く。
ヴァルロスとウォルドムも、俺達が冥府を訪問する前に挨拶をしていたようだ。
「ザラディが見込んだのも分かるというものだ」
というのがウォルドムのヴァルロスへの評価であるようだ。
初対面のユイやリヴェイラ、リネット達にもウォルドムはしっかりと挨拶を交わし、そうして幾つかの事情、情報を聞いてからウォルドムとの面会は一先ず終了した。
ある程度の事は聞けたし、納得もしたのでウォルドムとの約束はそのまま進めていくとしよう。
過去の情報ではあるものの、ヴェルドガル以西の海に落ち延びた魔人達の……定期会合の場所について聞くことができた。
魔人達はその種族の性質上から、家族や血族をあまり重視していない。
それでも同種としか子を成せないという事もあり、それ故にどこか決められた場所、決められた時期に集まって今後の大まかな方針を決めたり、近況を報告したり、各々が伴侶を選べるような集まりを持つ必要があると考えたわけだ。それが氏族ごとの定期会合、というわけだな。
まあ、そうした決まり事も盟主が健在だった頃に定めたものだ。ベリスティオ封印後は魔人達に纏まりが無くなっていったから、会合場所が今も機能しているかは不明であるが、具体的な場所が分かるというのは良い情報だろう。
仮に会合場所が現役ならば、ベリスティオの力を及ぼすためのモニュメント……例えば石碑などを設置しておけば、そこに縁のある魔人達に儀式の力を届ける事ができる。
会合場所が変わったり完全に使われずに廃れてしまったならば効果も落ちてしまうが……まあ、その辺は痕跡等から現在も使われているかどうかの判断もできるだろう。
人間側と魔人の交戦記録も参考になるか。近くで戦闘が行われていたら、会合場所が変わる可能性も高くなる。
『ふふ。どうなるのかなって思っていたけど、道筋も見えてきた気がするわね』
イルムヒルトがにこにこと微笑みながら言うと、マルレーンもこくこくと首を縦に振っていた。
「そうだね。後は――ガルディニスとアルヴェリンデか」
「先にアルヴェリンデから、という事だったな」
「ああ。アルヴェリンデもガルディニスと同じで、動向に予想が付きにくいんだけれどね。この二人の場合はどちらを先にした方が良いとか、そういうのも予想が立てにくいけれど」
アルヴェリンデは人間の権力者に取り入り、いくつかの国を内側から蚕食して滅ぼした、という記録が残っている。それ故に蝕姫という二つ名がつけられているが……ザディアスと接触して暗躍していたから、下手をするとシルヴァトリアもそうなっていた可能性がある。
というより、ヴァルロスやザラディによれば、人との交渉にも慣れているからザディアスに接触する役割として選ばれた部分もあるようだ。
魔人とシルヴァトリアは前身であるベリオンドーラ王国建国前――七賢者の時から幾度も戦いを経てきた歴史がある。
同じ月の民の系譜という事もあって因縁浅からぬところはあるが……ヴァルロス達としては別に恨み辛みや悪意からシルヴァトリアの内部に潜り込んだというわけではなく、盟主復活を目指しての合理性や実効性を考えての作戦であるらしい。
「シルヴァトリアは魔人にとっても正面から相手取るには危険な相手だが……目的のために避けては通れなかったからな」
ヴァルロス達からして見るとそうなるか。
七家は一時的に無力化されていたが魔法騎士団等は健在であったし、多数の魔術師も抱えている上に魔法技術も高い。
正面切っての戦闘で勝てたとしてもその後の展開を考えるなら、損耗は避けたかっただろう。ベリオンドーラ王国と正面切ってぶつかり、魔人達が勝ちはしたが目的は達成されず、更に数を減らしてしまったという前例もあった。
そうしてヴァルロス達の事情を聞かせてもらいながらアルヴェリンデについての話も教えてもらう。
「従者としてベルゼリウスがいた事からも分かる様に、アルヴェリンデもまた氏族長でな。俺達と戦力を合流させていたから、イシュトルムの一件で壊滅的な打撃を受けている、という事になる」
ヴァルロスはそう言って目を閉じる。アルヴェリンデの考えは分からないが……その辺は気にしている可能性もあるから気を付けて話をする必要があるな。曰く傾国の蝕姫に黒い魔女等々……人間達から見た評価は良いものではないが、それも伝聞系だし、人間側の視点での話だ。
氏族長という形を保ち、最古参の魔人として行動していたのを見るに、魔人達から見たアルヴェリンデはまた違った印象であるかも知れない。
「私が知っているアルヴェリンデの情報は過去のものに過ぎないな」
「ウォルドムもまた変化がありましたからな」
というのは、ベリスティオとオズグリーヴの意見だ。
「直近のアルヴェリンデと会っているのは俺とザラディだが……協力し合っていたとはいえ、お互いに本音を吐露するような仲でもなかったからな」
「外面的な印象や言動と、内面が一致しているとは限らないものね」
ヴァルロスの言葉に、ルセリアージュが目を閉じて言った。
そうだな。ウォルドムとの話が少し意外な方向に進んだように、アルヴェリンデとの話がどう転ぶか分からない。情報は集めるが、あまり余計な先入観を抱かないようにして面会に臨むとしよう。
相談をしてから休憩を挟み、アルヴェリンデの独房へと案内してもらう事となった。初日とは違って移動や簡易設備の配置といった作業もないしな。ウォルドムとの話が良い方向で進んだという事もあり、心身や時間的な余裕はまだまだある。
アルヴェリンデも人間の国の内部から滅ぼした経緯があるからか、扇動という面で冥精達の警戒対象であるらしく、やはりかなり下の独房に収監されているようだ。
結界で分断が可能なように、ガルディニス、アルヴェリンデ、ウォルドムの3人は少しずつ離れた位置になるように配置されていると、看守の冥精が教えてくれた。
そうしてアルヴェリンデの独房の扉が開かれる。アルヴェリンデは――独房の中央……結界の中に立ち、青白く燃え盛る罪業の内の一つを掌に乗せて静かに佇んでいた。
それから……こちらに視線を向けると口を開く。
「テオドール=ガートナーか。待っていたぞ」
「ああ。話をしに来た」
そう答えると、アルヴェリンデは目を閉じて大きく頷くのであった。