番外1126 獄中の海王
ガルディニス、アルヴェリンデ、ウォルドムそれぞれの動向を色々と予測し、それに応じた対策を考え、独房区画上階の待機所で食事をとったりしながらその日は過ぎて行った。
施設上階は監視所と待機所に分かれており、警戒度に応じて人数を揃えて待機したりできるように結構広めになっている。マスティエルの一件の折には監獄や独房区画も警戒度が上がっていて、冥精達もこの場所に詰めていたそうだ。
「屋内だから野営とは言わないのかも知れないけど、こういうので眠るのって何だか楽しいね」
「確かに、何やらわくわくするであります……!」
と、寝袋を敷きながらにこにこと微笑むユイとリヴェイラである。リヴェイラの分も端材で専用サイズの寝袋を用意してきているのだが、並んで敷いて楽しそうな事だ。
独房区画の建物そのものはやや無機質で人を拒絶するような寒々しさがあるが……まあ、みんながいるので賑やかな雰囲気だし、実際の気温まで寒いわけではないから、寝泊まりに際しては特に問題はあるまい。
『ふふ、ユイさん達は楽しそうですね』
それを見て微笑ましそうな様子のグレイス達である。
『ん。子供達が少し大きくなったら、みんなで一緒に野営とか、楽しそう』
「ああ。それは良いね」
シーラの提案は確かに楽しそうだ。
『子供達も連れて野営をするなら、やっぱりリサ様の家の周りとか……似た場所として賢者の学連の塔の敷地内も良さそうね』
『魔物の心配がいらない場所だと安心ではあるわね』
ステファニアが言うと、ローズマリーも同意する。ステファニアの言葉に母さんも笑みを浮かべていたりするが。母さんの家周辺はフローリアが守ってくれているし、賢者の学連の敷地内は自然が多くて、母さんの家の周りに環境が似ている。街中なので当然魔物も出ない、と中々悪くない。
子供達が泳ぎを覚えて魔道具も用意すればティールと出会った島あたりも候補に入ってくるか。他にも安全な場所や方法を考えておいても良いかも知れないな。
そうこうしている内に簡易厨房での調理も進んで、食欲をそそる香りがあたりに漂い出す。今日の夕飯はカレーだ。
保存食を持ち込んでいるが、みんなで行動しているのだし温かい物を食べた方がモチベーションも上がるだろうという事でカレーにしてみたが、屋内ではあるがキャンプ感も増していて良い感じである。
テスディロス達も監獄区画を通るという事で封印術を解いていたが、今から食事という事で再度特性封印を施す。
「この料理は好みだな」
「香りと少しの辛さが食欲をそそりますな」
「おかわりもありますよ」
と、テスディロスやウィンベルグはカレーを口にして満足げに頷き、料理を手伝ってくれたオルディアも笑う。そんなテスディロス達の様子にヴァルロスも目を閉じて穏やかに笑っていたりするが。
ヴァルロス達はヴァルロス達で、今回の俺達の訪問に際し、冥府の果実を用意して貰っているらしい。マスティエルの一件が解決して以降、中層では豊作も続いているという話で結構な事である。
冥府の住民にとってはかなり美味に感じるとの事で、リネット達も果実を齧って満足げな様子だ。
そして独房区画での一夜が明けた。冥府では……食事はともかく風呂や歯磨き、衣服の洗濯といった身支度は生活魔法の魔道具で簡易的に済ませてしまっているが、生活魔法でも割とさっぱりするものだ。
今日は――最古参の面々と話をしてくる事になるからな。気合を入れて行かないといけない。コンディションは悪くないので集中できそうだな。
『今日は――海王ウォルドムから、という事でしたね』
みんなと朝の挨拶をしたところで、アシュレイが言う。
「そうだね。最初に話をするのはウォルドムからかな」
海王の場合は他の魔人と繋がりが薄いし、独立心が高い。それに……近年まで海の慈母によって封印されていたという事もあって、情報共有をしていないというのもあるか。
ウォルドムが持っている情報は過去のものだと思うが、ベリスティオ、ザラディ、オズグリーヴ共に矜持や自負心が高い人物という評価をしていて、こういう場面で虚言を口にしにくい性格だろうと見ている。
過去の記録やザラディの持っている情報と合わせて見えるものもあるだろうし、近年まで暗躍していたガルディニスやアルヴェリンデの言葉の傍証にもなるだろう、というわけだ。
朝食を済ませてから一息ついたところで、看守の冥精が監視所から顔を覗かせて「こちらもいつでも案内できますよ」と笑顔を向けてきた。
「それじゃあ、行ってくるか」
3人とも俺との1対1での話を望んでいるという事だしな。
ウォルドムの独房もかなり下に位置している。水中の活動に特化しているというのは冥府においてそこまで問題ではないが……他の種族を眷属化していた事や彼らを指導して独自の勢力を築き、建国しようとしていた事が冥精達から警戒される理由だろうな。
独房に入れば――。そこにはやはり光の結界の中心に座すウォルドムがいた。
前に戦った時は青い色の髪をしていたと思うが……あれは魔人化の産物か。怜悧な容姿は変わらないが、今は黒みがかかった髪の色をしているな。
そして周囲に浮かぶ青白い人魂――罪業も……ザラディよりも強く燃え盛っているように思う。ザラディも戦いに身を置いたが、当人の性格から考えれば殊更血を流すような行動はしにくかったように思うしな。
「ふむ。魔人殺し。来たか」
目を閉じていたウォルドムであったが、こちらを見やってそう言った。前に会った時は容姿と相まって酷薄な印象を受けたが、今は落ち着いた雰囲気から思慮深そうにも見える。
矜持が高く研究者肌な所がある、との評だ。眷属を作り出したのは能力ではなく魔人化してからの研究の成果かも知れない。
「ああ。久しぶりだ。こっちの用件は聞いているのかな?」
「ベリスティオから聞いている。魔人達についての情報を求めているそうだな」
こちらが頷くと、ウォルドムは小さく笑う。
「まあ、心配はいらぬ。自分に関わりのある範囲だけとは言え、余の知っていた者達に関しての情報は集めさせていたからな」
それができそうなのは――ウォルドムに仕えていた魔人……オーベルクだったか。彼もここにはいないが、ヴァルロスらと繋がりを持ち、古くからウォルドムに仕えていたと言っていたし、ウォルドムにとっての従者、という位置付けではあるのかな。
「それは新しめの情報を持っているっていう事かな」
「そうなるな。要するにオーベルクも知っているという事だが……あれは義理堅いから余が話してはおらぬことについては口を開かぬであろう」
「なるほどね」
俺が納得した事にウォルドムは満足そうに頷くと、言葉を続ける。
「先に……ザラディあたりとは話をしてきたか?」
「――ああ」
最古参の面々と話をするにあたり、ザラディから話を聞いていくというのはウォルドムも予想していたらしい。こちらが少し表情を引き締めたのを見て、ウォルドムは少し笑った。
「そう緊張する事もない。そなたが信じるかどうかはともかく、余は余なりにあの者達の未来を案じているのだ。こちらにも――少々思うところがあってな」
そう言って、ウォルドムは目を閉じる。思うところ、か。ウォルドムにはウォルドムで、何か事情か理由があるようにも思えるが。
「そうだな。話をする前に……ザラディとの面会の経緯と結果について聞かせてもらいたい」
「……分かった」
こういう時に嘘を口にしない性格だろうという話だったな。ならば……俺も正直に答えるべきだろう。