181 因縁
「久しぶりイザベラ。今日来たのは――」
「まあ、そう急がなくても良いだろう。お連れさんにも茶ぐらい出すよ」
シーラの言葉を手で制し、奥の部屋を煙管で示す。
連れ立って移動して、部屋に腰を落ち着けるとすぐに茶が運ばれてきた。
「どうだい? 良い店だろう?」
イザベラは俺に言う。
……何というか、わざわざ俺に言うあたり、探りを入れている感じはあるな。
俺の素性を知っているなら、まあ反応を見ているというようなところはあるか。
「……これほど格式の高い店とは思いませんでした。客層が少し解りませんが」
などと、答えておく。雰囲気に飲まれていると見られるのは守勢に回ることになるし。
とは言え、治安の悪い西区だ。高級店を置くには立地が悪いと思うのも事実である。
「ふふ。褒め言葉と受け取っておくよ。まあ、必要になるようなお大尽様なら、送迎に馬車を出しているのさ」
なるほど。人目を忍んで通うにしても、護衛が必要な金持ちであるにせよか。盗賊ギルドの後ろ盾があるから、馬車に手を出す馬鹿もいないというわけだ。
シーラの話ではイザベラは他の店の娼婦達も可能な限り守っているという話だ。だからこそ西区なのだろうし、それが事実であるなら盗賊ギルドの掟を遵守する側であると見て間違いない。
シーラがイザベラの立場を知らないことや、この店の規模、イザベラの力の及ぶ範囲に鑑みて、彼女は盗賊ギルドでもそれなりの立場だろうと推察される。
「ま、世間話は程々にして本題に入ろうかね。今日来たのは――客でも、ここで働きたいってわけでもなさそうだが……」
イザベラがこちらの顔触れを眺める。俺はシーラに一瞬目配せを送り、自分から話を切り出す。
「僕はテオドール=ガートナーと申します。今日ここに来たのは、異界大使としての仕事で、聞きたいことがあったからです」
「ほーう」
イザベラはやや感心したような声を漏らした。
隠すべきことなどない。イザベラはシーラの現状についても把握していると考えるべきだからだ。
そうでなくても娼館である。噂話や世間話という形で、情報が集まりやすい場所だ。イザベラは俺の素性をある程度知っているという前提で動いた方が良い。
「おっと。これは申し遅れました。私はイザベラ。この夢尽楼を営んでおりますよ。大使様のようなお方が、私のような者にいったい何をお聞きになりたいと?」
「……2人とも。少し席を外してもらっていいかな」
シーラとミリアムが頷き、部屋を出ていった。そこで切り出す。
「盗賊ギルドの抗争について。できればデクスターという商人回りの情報も」
直球を投げてみるが、イザベラは動じない。少なくとも表情や態度には微塵も出さない。
「ふむ。何故私がそんなことを知っていると思うので? シーラから何を聞きました?」
「シーラには彼女の味方になってくれそうな事情通はいないかと尋ねましたが。ここは娼館ですから。色々な客から様々な話が集まってくる場所です。噂話で耳にしたことがあるのではないかと思い、シーラに紹介を頼んでもらったわけです」
俺の言葉に、イザベラは笑みを深める。
「私から情報を渡すことで、何か見返りなどはあるのですかね? 情報というのは只ではありませんから」
「僕からのお約束はできません。しかし僕が動くことで生まれる状況を利用する者もいるでしょう。丁度、国や冒険者ギルドと、盗賊ギルドの関係と同じでしょうか」
ギルドの立て直しをするのに容易な状況を作るというのが「俺から出せる見返り」だ。しかしそうであるとは口には出さない。
国王に近い俺と盗賊ギルドが持ちつ持たれつというのは、互いにとって良くない。暗黙の了解の中での互いの利用までが許容できる範囲だ。
例えば特殊な技術を持つ者を盗賊ギルドが輩出することで、冒険者ギルドが得をするのと同じように。国としてもローコストな治安の維持という意味で得になっているから彼らを排除しない。裏を返せば……その行いが目に余るようならその限りではないという意味でもあるが。
「なるほどなるほど。では大使様は、何故盗賊ギルドの情報などを求めるのです?」
「噂話で耳にしましたが……掟や法を軽んずる輩が奴隷商などに携わるのは、友好種の魔物との共存を掲げる異界大使としては困るのです。もっとも……冒険者ギルドにも縁があるので盗賊ギルド自体は必要な物だとは思うのですが」
イザベラは俺の顔をじっと見ていたが、やがて小さく溜息を吐く。
「――全く。あの子にも困ったもんさね。噂には聞いちゃいたが、とんだ子狸だ」
言質を与えない言い回しをしているが……イザベラの言うあの子というのは、シーラのことだろう。となると子狸というのは俺のことか。いやまあ、別に良いけど。
とは言え、シーラの掟破りは明言していない。聞けば俺もシーラも否定するだけの話だ。あくまでシーラの伝手を頼り、俺の推測でここにやってきた。それだけの話である。
「まあ、話は分かりました。そういうことなら、私も噂話を教えるぐらいのことはしても良いかも知れませんねぇ。大使様は一貫してシーラやあの子の友人を助けておいでのようですから」
……やっぱりこちらの情報を持っていたか。
「あくまで噂話ですよ?」
と、前置きをしてからイザベラが言う。
「先代の盗賊ギルド長が亡くなったのを良いことに、新しい派閥が幅を利かせ始めたという噂は、私も存じておりますよ。潤沢な資金で急速に力を付けて、ならず者を従えて武器を揃え……逆らうものを追放したり害したりと、年々勝手な振る舞いを見せるようになってきたとか」
「しかしそれでは反発もあるでしょう?」
「そりゃ、あるでしょうねぇ。実際、小規模な衝突は何度か起きてます。面と向かっての全面的な抗争までは至っちゃいないというのが現状ですがね。とは言え私の見立てじゃ、それも時間の問題かとは思いますよ。堪忍袋にも限界というのはありますからねぇ」
なるほどな。今はギルド内部の権力闘争に力を注いでいる段階というところか。
とは言え……このままいけば、表にものさばってくるのは時間の問題。そこに至れば全面抗争は避けられないだろう。
「派閥の中心だと思われる人物は?」
「奴隷商ランドルフ。大使様のお話にも出ていた、デクスターの後ろ盾になっている男ですよ。デクスター自身は元々取るに足らない下っ端だったのですが、どうやって取り入ったのかランドルフに重用されるようになったわけです」
「――デクスターが重用されだした時期と、ランドルフの資金が潤沢になった時期との関係は?」
「……ある――かどうかは分かりませんが、近い時期だった、かな?」
淀みなく答えていたイザベラが、そこで少し考えてから答えるような素振りを見せた。どうやら、デクスターについてはランドルフに付き従う、その他の有象無象と認識していたようだ。確かに、あんなのじゃイザベラから見たら器が知れてるだろうしな。
さて……。ここからの話はもう少し慎重に進めないといけない。風魔法で音を遮断し、部屋の外にいるシーラには聞かれないように話を進める。
「もう少し質問があるのですが――」
「ああ。こうなったらもう何でも聞いとくれって感じさね。さあ、遠慮せずにどんどんお聞きよ」
色々取り繕うのが面倒になってきたらしいイザベラに苦笑して、特に時系列に注目して、更に質問していく。
そうしてミリアムの話とイザベラの話を総合すれば……デクスターが苗を持ち帰った後にランドルフが急速に力を付けたという結論が出てきた。
問題は……デクスターが苗を持ち帰った時期がギルド長が亡くなる前ということ。それと同時期にシーラの両親も亡くなっていることだ。
「ところで、シーラの両親は盗賊ギルドと関係がありますか?」
俺の言葉にイザベラは扉に目をやる。やはりシーラを気にしているようだ。
「魔法を使って音が漏れないようにしています」
そう言うと、イザベラは小さく肩を竦めて答える。
「ギルド長の護衛だったのさ。ギルド長と一緒に馬車で崖下に滑落して、それっきりさ」
……なるほどな。
「あの子を見りゃわかるだろう。2人とも相当な腕前の持ち主でね。才能を受け継いでると見られていたし、実際にその見立ては間違いなかっただろう?」
「ええ」
「ごたついているギルド内部に置いといても利用しようとする馬鹿が出てこないとも限らない。そうでなくても、私は先代の遺した娘さんを預かってるからね。悲劇の子らが揃いでいるのは絵になり過ぎてて拙いのさ」
「だから、娼館からというよりは……盗賊ギルドから距離を取らせたと」
「ああ。だって言うのに自分からこっちに戻ってくるなんて……馬鹿な子だよ。両親の素性は知らせてもいないのに……因果って奴かねぇ」
イザベラは残念そうに言うと煙管を燻らしている。
……聞きたいことは大体聞けた。後は見えてきた概略に従って裏付けを取るだけだな。




