番外1125 監獄の再会
そのままザラディの独房で待っていると、看守の冥精がみんなを案内してきてくれる。
「何かありましたら、お呼び下さい」
と、冥精は一礼して席を外す。ザラディと面会を希望していたのは俺達の中ではオズグリーヴを始めとした魔人、元魔人の面々。それから冥府ではヴァルロス達だ。ただ、ユイやリヴェイラ、母さんも挨拶をしたいという事で独房に姿を見せていた。
「話の内容によっては席を外した方が良いのかな?」
「内密な話というわけでもないし、そのままで構わない」
「こちらも同じく。ザラディ殿とのお話も上手く纏まったように思いますから、私達が説得に当たる必要もなさそうですし」
尋ねると、ヴァルロスやオズグリーヴからはそんな返答があった。
なるほどな。面会を希望していたのは説得のための次善の策をそれぞれ考えてくれていたからではある。
俺とザラディの話は纏まったから、とりあえずそうした事は考えずに面会できるからか、みんな割合肩の力を抜いて挨拶をしにきた、という雰囲気があった。
「ご無沙汰しております。前に里を訪問された時以来、ですな」
「ふむ。オズグリーヴ殿もお元気そうで何より」
と、オズグリーヴとザラディが笑って言葉を交わす。二人は同じ時代にベリスティオと共にハルバロニスを出奔した最古参であるから、同期というか共に修業をした仲、という事になるか。
ヴァルロスやベリスティオも二人の再会の様子に目を閉じたり、静かに頷いていたり、懐かしさを感じている様子で、話すべき事を話した後だからか、再会と挨拶は穏やかな雰囲気に感じられた。
「初めまして、ユイと言います」
「リヴェイラであります……! よろしくお願いするであります」
「パトリシア=ウィルクラウド=ガートナーです。今は、リサと名乗っていますが」
「これは御丁寧に。ザラディと申します」
ユイ、リヴェイラ、母さんもザラディに挨拶をし、ザラディもまた穏やかに応じる。それから、ウィンベルグ達も「お久しぶりです」と、挨拶をし、それから近況報告をする。
「先程のお話の中でも触れられておりましたが……テオドール公のお力を借りて、こうして魔人化を解除できたというわけです。一人だけ先んじて魔人化を解除してしまった事は申し訳なく思っておりますが、実例がないと魔人化の解除やその安全性にも説得力がありませんからな」
そう言って、手の中に普通の魔力を集めて見せるウィンベルグである。
「ウィンベルグはああ言っているが、魔人としての力でテオドールの手伝いをしたいという気持ちは同じだから……俺もその点は譲ってもらった形だな」
「ですからウィンベルグさんが引け目を感じる必要はないと思います」
テスディロスとオルディアが言うと、ウィンベルグが苦笑する。
「封印術で特性を抑えて戻ってくる感覚と、魔人化を解除して戻ってくる感覚は大きく変わらないとは思うのですが、やはり気分的に、と申しますか」
そんなやり取りをするテスディロス達を、ベリスティオ、ザラディとオズグリーヴは、どこか眩しい物を見るように見ていた。
「我らが……子孫に強いてしまった業でもあるな」
「そうですな。儂らは望んで捨てたと言えますが……。戦いによって数多の血を流す事を選んだ事も罪ですが、子孫らに呪いを背負わせた業も、儂らが償っていくべきもの、なのでしょう」
ベリスティオの言葉にザラディが答える。
「ま、そういった感覚を知らなかった分、冥府で感覚が戻ったって状態でも、そう悪くは感じなかったがね」
「うむ。確かに中層の花々や上層の景色も絶景ではあったな」
リネットが言うとゼヴィオンも顎に手をやって答える。そんなゼヴィオンの言葉にルセリアージュも少し笑う。
「そうね。私達は今の状況に納得している。今日、ここにはいないギルムナバルやベルゼリウス、ザルバッシュ達もそうだわ。現世の魔人達は……また状況も違うのでしょうけれど」
……そうだな。現世の魔人達は解呪されていないから、また状況が違う。
『解呪された時の感覚を知っているか知らないかで、他人を不幸と断じる事は一概には出来ないでしょうけれど……魔人であり続けるというのは他者にとっての危険でもあるものね』
クラウディアが目を閉じて言うと、みんなも真剣な面持ちで頷く。
だからこそ、儀式を通して違う生き方ができる選択肢もある、というのを伝える、という方向で動いているわけだ。
まあ、ともあれ自己紹介と挨拶も済んだ。水晶板での中継を交えてみんなでこれからの話をしていくとしよう。
ベリスティオは自分が封印された後の状況を知らず、ヴァルロスもまた、それぞれの氏族の細かい内情については知らない事も多いようだ。
仲間に引き込むために交渉したのはそれぞれの集団を纏める代表であって、変に内情に探りを入れればそれは仲違いの原因になるからだろう。
「ガルディニスあたりは当然のように自己陣営の全体像を明かさないようにしていたし、そういう考えの者は他にもいたからな。もし仲違いした時に戻る場所を晒したくない、という思惑もあったのだろうし、それは正当な言い分でもある。戦力を集めたいこちらとしても、それはそれで構わないと思っていた」
「然り。儂もまた、経緯を知るのと能力故にある程度の状況に推測は出来ても、過去の知識のみでそのまま通用するというわけではなかったのです。その点、オズグリーヴ殿は昔も今も一貫しておりましたな。協力が望めないというのも何となく予想がついてしまいましたが」
ヴァルロスの言葉にザラディが頷くと、オズグリーヴも苦笑する。
「里の者達と力を至上としている外の魔人達は相容れない、という事は分かっていましたからな。ヴァルロス殿やザラディ殿には信頼が置けても、力を貸せるかはまた別の話と申しましょうか」
ヴァルロスもその辺は理解を示して、無理強いはせずにすぐに説得を切り上げたらしい。オズグリーヴの行動原理ははっきりしているので顔見せで繋ぎを作っておくだけでも十分、という判断でもあったようだ。逆に言えば、その辺の問題を解決できる条件、かつ利害が一致するという状況ならばオズグリーヴと手を組む事も可能という事になるし。
「先程の話も見ていたとは思いますが、過去の各国の戦いの記録と、魔人達側の知識を照らし合わせれば、もっと全体像も見えてくると思います」
「現在の氏族の状況も含めて他の情報源も重要になってきそうね」
母さんが真剣な表情で頷いた。他の情報源――つまりはガルディニス達の持っている情報だな。やはりというか、そこに帰結してしまうところはあるか。
ともあれ、これからの方針も見えてきたが。現世でも早速通信室に詰めているみんなが、同盟各国の面々に過去の魔人達との戦闘記録等を調べてもらうように頼んだりしてくれているようだ。
『冥府でも情報を求めてみるか。亡国出身の神格者も上層にいるから、現世には残っていない情報もあるやも知れぬ』
と、ベル女王もそんな風に協力を申し出てくれた。冥府にしか残っていない情報、というのは貴重だな。
さてさて。このままみんなで話し合い、作戦会議を続けていくとしよう。上にある冥精達の待機場所も滞在用として使って構わないと冥精達は言ってくれているので、腰を据えて話をする事ができそうだ。
もう少ししたら上で滞在や食事の準備等も進めていくと良いだろう。寝床は寝袋などでもいいが、冥府で初めて行く場所には簡易の厨房やトイレ等の設営もどうしても必要になってくるからな。