番外1124 魔人達の系譜
独房にて、ザラディと向かい合って座る。ザラディは少しずつ過去を思い出すように話をし出す。
「ハルバロニスを出奔した後――最初に魔人化した者達の後にベリスティオ殿に同調した者達もおりましてな。しかしながら十全な鍛練を経ず、盟主との契約のみによって魔人化した者達の多くは、大きな力を発揮するには至らなかったのです」
例えば魔人化した者達の家族や縁者も、立場が悪くなるよりはベリスティオについていこうという者もいたらしい。
戦力としては高位の覚醒魔人と比べるべくもなくとも、それでも彼らの果たした役割は結構大きなものだった、とザラディは語る。
「まず、我らが主たるベリスティオ殿が戦いの中で敗れても次に宿る器が複数あれば安心でしょう。ただ……盟主の能力は当人が健在であればそれで事足りる。ベリスティオ殿が強力な魔人と統合されてしまうのは器となる魔人を代わりに失う事と同義で大きな戦力低下であり、非効率ですからな」
確かに、それはそうだな。実力のある者が複数いれば作戦行動等にも幅ができるし、ベリスティオは指導者でもあり契約の主でもあるから、契約者がいる限り不滅に近い。
「それと――魔人は魔人としか子を成せぬという点がもう一つ」
「なるほど……。国家を作り、種族や血族として繁栄を目指すならある程度の数は必要だった、という事ですか」
そう尋ねるとザラディは真剣な表情のまま「然り」と、大きく頷く。だから、戦力的に重要でなくとも、そうした魔人達は重要な役割を占めていた、というわけだ。
「力の弱い魔人、強い魔人と分かれましたが……努力次第で後天的に力を伸ばせる事も分かっておりましてな。第二世代以降の魔人の中にはちらほらと優秀な者も現れた事から……まあ魔人達の特性と心情故に、後に形骸化してしまいますが、家系ごとに強力な覚醒者を中心に集まりを作り――それが氏族という形になっていきます」
「血の繋がりが濃くなり過ぎないように纏まりを作っていった感じでしょうか」
「そうですな。当時は大きな力を持つ者に立場を認める事で内輪揉めを防ぎ、秩序だった行動ができるようにする、という意味合いもありましたが」
氏族とは言っても、魔人達はあまり肉親の情や血の繋がりを重視していない実力主義の連中だ。だから後になって氏族も形骸化してしまったらしいが……血筋を残すためにどこそこに集まる、といった取り決め等もなされていたそうだ。
部隊の時の名残が残っている事例もあるそうで……例えば氏族長には直属の部下として従者が付き添う、というルールもあったそうだ。アルヴェリンデは氏族長であったので、塵牙のベルゼリウスが従者として付き従っていたらしい。
ガルディニスも従者がいて魔人達の間で派閥工作をしていたが、ガルディニスの敗北に焦ったのか、ヴァルロスに表立って反旗を翻し、戦いの中で命を落とした、との事だ。
「ルセリアージュも家系を辿れば氏族長の直系……であったはず。かつての戦いで氏族全体が壊滅しておりましたが……時代を経て従者の位置にギルムナバルが望んで収まったようなところがありますな」
ベリスティオが敗れて魔人達が敗走した後は氏族制度については段々と形骸化していったそうだし、ルセリアージュ当人は氏族長云々というか、魔人の歴史自体、あまり興味を示さなかったそうだが。
ルセリアージュがヴァルロス一派に加わったのも、どちらかというとヴァルロス個人への興味が勝ったから、と言うところがあるそうだ。
ゼヴィオン、リネット、テスディロスにウィンベルグといった面々は氏族不明。特にゼヴィオンは叩き上げで二つ名を受け、実力を知らしめた新世代の魔人だった、との事だ。
「ベリスティオ殿が七賢者に封印されて敗れた後も戦乱は続いていましたが魔人達もまた七賢者に敗れ……壊走して散り散りとなりました」
そのまま魔人達を集団として率いていた者もいれば、氏族長を失って個々人が放浪生活に移ったケースもある。
そうして、ヴァルロスとザラディが出会う。
「所在を把握しているほとんどの氏族の末裔に関しては声をかけて集めて回ったつもりですが……敗走して以後、行方不明になった氏族もいます。人間側の持つ情報と照らし合わせれば全滅したかどうかもわかるでしょうし、もしかすると他の魔人の中には儂の知らない氏族の末裔の所在を知っている者もいる……やも知れませんな」
「……なるほど。現時点でも重要な情報ですね」
現時点で大半はヴァルロスの下に集まり……そうしてベリオンドーラに仕掛けられた炭素槍の罠で、イシュトルムの手にかかっている。
オズグリーヴの纏めていた者達は複数の氏族の混成からなる。彼らはフォレスタニアにいるし、そうなってくると魔人達の纏まった集団はもう幾らも残っていない、という事になるだろうか。
それにこちらの把握している情報を魔人達が把握しているとは限らないというのは確かに。ザラディ達からの情報とこちらの情報を合わせれば氏族の行く先、結末についてもっと詳しく分かるかも知れない。
今すぐ過去の資料に当たれるわけではないが……もう少し詳しく元々の出自や氏族の内訳について聞いてみて、魔人達の状況を整理してみよう。
ザラディは独房内部で力を抑えられている。代わりに俺が魔力文字の応用で空中に図を構築して纏めつつ、魔人達の系譜や当時の戦いについて詳しく見ていく。
この辺の情報はベリスティオも持っている内容もあるのだろうが、封印された後の詳細を知らない以上はやはり、ザラディに聞くのが確実だろう。
「エインフェウスに向かった氏族……恐らくオルディアさんはこの氏族に関係していると思われます」
「ふむ……。情報を合わせて整理していくと、見えてくるものもありそうですな」
ザラディは顎髭を撫でつけながら感心したように言う。
まあ、オルディアの場合は両親がその氏族から離反して戦いになってしまっているので、彼らを身内とは思えないだろう。
家系が判明しても何かが大きく変わるというわけではないのかも知れないが……月やシルヴァトリア、ハルバロニスに親類縁者と呼べる者も見つかる可能性もあるな。
そうやってしばらくの間、知っている情報を教えてもらい、やがて大凡の情報共有ができたところでザラディが言う。
「儂の知っている情報としてはこんなところでしょうか。お役に立てばよいのですが」
「参考になりました。ガルディニス達と話をするのに前提となる知識だと思います」
連中の記憶を辿る一助であるとか、はぐらかされないようにする、とか知識の活用法は色々あるとは思うが、このへんはガルディニス達の動向との兼ね合いもあり、そこが読めないから何ともな。魔人化が解除されているから逆に読めなくなっているというか。
ともあれ、後はここで得た情報を元に一旦話し合いが必要だな。
「それからヴァルロスとベリスティオ、テスディロスやオルディア……同行している面々に話をしたいという者が何人かいますので――ええと、そう。今からみんなでこっちにやってくるかなと」
通信機を活用して上にいる看守役の冥精達に尋ねてみれば、複数人の面会に関しても問題ないという返答を貰えた。
こっちのやり取りは中継しているので、ザラディの今の考え方は看守達だけでなく、ベル女王達にも伝わっている。
一対一で話をしたいというザラディの希望だったので俺が先行して話をしたが、ベル女王によれば「面会は何人までという決まりもないな。そもそも独房区画への面会の申し出も許可も、滅多にない事ではあるが」との事である。
とりあえずは脱獄や反乱の扇動といった恐れがなければそれでいい、という事なのだろう。
「ふむ……。中々賑やかな事になりそうですな」
ザラディは俺の言葉に、少し苦笑していた。普段はこの場所で過去の罪業と向き合っているそうで、それがこれからも続くと思っていただけに、この場所が賑わうとは思ってもみなかったらしいが。