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番外1123 地の底の隠者

「儂が敗れてからの経緯は聞き及んでおりますぞ。テスディロスとウィンベルグ、オズグリーヴと彼の率いる者達も身を寄せている、とか。それともう一人……オルディア嬢、でしたか」


 ザラディは静かに尋ねてくる。話に聞いていた通り、理知的で礼儀正しい老爺といった雰囲気だ。ただ、こちらの一挙手一投足を観察している感じがする。


「そうですね。オルディアに関しては、魔人達の間でも知られていなかったとは認識しています」

「その辺の話も聞いてみたい、とは思っていました。儂としては境界公と直接話をして、その人となりや敗れた後の経緯を直接聞きたい、と考えた次第でしてな」


 観察はしている。しかし値踏みされている、というほど不躾な印象はない。

 見極めようとしている、というのが一番しっくりくるだろうか。だとするなら――いや、だとしても当時感じていた事、考えていた事。今の考えといったものを、そのまま伝える事が重要な気がする。


「話すとやや長くなりますが……時間はありますからね」

「ふっふ……。儂に関してはそうですな。境界公はお時間を作るのに調整をなさったのだと思いますが」


 静かに笑うザラディ。こちらも少しだけ笑って。それから表情を真剣なものに切り替えると、向こうも雰囲気を察して居住まいを正す。

 では――そうだな。最初から話す事にしよう。母さんや、グレイスと暮らしていた頃からの話だ。

 あの冬の一日と、それからの日々。タームウィルズに出てからの出来事。魔人達との戦いの顛末と……月面での出来事。イシュトルムとの戦いを終えてからの事。


 それらを、一つ一つ話していく。


「ミュストラ……死睡の王にして最初の魔人イシュトルム、か。ヴァルロス殿から聞いてはおりましたが……」


 ザラディはイシュトルムの話をすると、目を閉じてかぶりを振っていた。魔人達の間ではミュストラと名乗っていたようだが、ヴァルロスやザラディにとっても油断がならない相手という評価ではあったようだ。


 もっとも、魔人連中はガルディニスを始めとして一癖も二癖もある連中ばかりだったし、仲間というよりは協力関係、利用し合う関係、と言った方がしっくりくる集団だった。

 腹に一物がありそうだとか、自分の能力を秘密にしているというのも別段珍しくはなかったので、それも許容されていたそうだ。だからこそ、ザラディとしては見過ごしてしまった事に悔いが残っているのかも知れない。


 実際のところイシュトルムは……ヴァルロスが俺に敗れるまでは、その方針を支持していたような事を言っている。

 未来は不確定で、ヴァルロスが勝ったなら奴はそのまま協力していたのだろうし、イシュトルムの危険性を見切って裏切りを予知する、というのは中々に難しかったのではないだろうか。


 ザラディの能力の基本は自分にさし迫った脅威を感知し、起こりやすい可能性を視る、というものだ。護身や直接戦闘の役に立つ能力で、遠い先を見通す儀式予知は、もう少し曖昧で大きな流れを見る事ができるだけ、らしい。

 決戦が控えているような状況では栄光も破滅も入り混じり、何が味方で何が脅威なのか。細かな流れを正確に読み取るのは難しいだろう。


 そうして……ヴァルロスと約束を交わした事や、ベリスティオとラストガーディアンの一件。月での戦いから戻ってから今までの出来事。そして内心を話す。


 オルディアや――オズグリーヴと一緒にいた者達は人との戦いを選ばなかった魔人達だ。きっと、今からしようとしている事が上手くいって、見知らぬ魔人達の呪いを解くことができたとしても、彼らはそれぞれ過去に悩むことになると思う。


 ただ、冥府は生まれついての魔人が捕食する側である事を、業ではあっても罪とはしていない。第二世代以降の魔人達がレイスとして扱われるのはそれが理由だ。


「母さんの仇だからと……それを理由に力を求め、戦いに身を投じた。だから今の状況に、その資格があるのかと自問自答する事もあります」


 俺の独白に、ザラディは静かに耳を傾けていた。伝える。考えている事や、想いを言葉にしていく。


「ただ……ヴァルロスとの約束や、ベリスティオに後を任された事は今になっても特別な事で……。呪いを解かれた彼らが思い悩む事になっても、彼らが生きていくために力を尽くすと、そう決めています。和解や共存まで至れれば……それに越した事はないのでしょうが」


 彼らが悩み、悔やむような事になったとしても。それでも魔人としての生はあまりに苛烈で……そのままでは前に進む事もなく、周囲に滅びを撒きながら自らも緩慢に滅んでいくだけだ。それが魔人達と戦い、接した上での実感である。

 だからその呪いを解くことは、きっと必要な事なのだろうと……そう思う。


「それが、ヴァルロス殿やベリスティオ殿との約束に対する答え、というわけですか」

「はい。ですから、その為に力を貸してほしいと思い、ここまで来ました」


 真っ直ぐにザラディを見て答える。ザラディはしばらく俺の目を見てきたが、やがて目を閉じて静かに口を開く。


「困難な道と思いますが……儂がここで何と答えようとも、それは揺るがぬのでしょうな」

「ええ。もう決めた事です」


 そう答えるとザラディは頷き、目を開く。


「話は分かりました。……そうですな。そこまで話をしていただいたからには、儂も自分の内心をお伝えすべきなのでしょうな」


 ザラディの言葉に、俺もまた居住まいを正して向かい合う。


「ベリスティオ殿が敗れて以後――長い間失意と共にあちこちを放浪してきました。魔人達は纏まらず……そうですな。呪いと言うのは正しいのでしょう。魔人達は緩慢な滅びの道を進んでいた」


 そんな折に、ヴァルロスを見出したのだという。


「あの御仁は――儂にとっては光のようなお人でしたよ。灰色の世界の中で鮮烈な輝きを見た、と思ったのです。年甲斐もなく心が震えましたな。ですから、月光神殿の決戦の半ばで倒れ……ヴァルロス殿のお力になれなかった事やイシュトルムの事を察知できなかった事を……今でも悔やんでいるのです。敗れたと自覚をした時。塵となって消える、最期の最期まで、何かヴァルロス殿の力になれないかと足掻いていた」


 その時に視たものは、広がる大きな闇とその中に灯る仄かな明かりだったとザラディは語る。それを、ヴァルロスの勝利だと信じて消えて行ったのだと。


 そう、か。その予知の解釈をザラディにとっての絶望と希望の闇と光と見立てるのならば。それをヴァルロスの勝利だと解釈するのも分かる気がする。

 結果から見るならば敗北やイシュトルムの裏切りが大きな闇で、明かりがヴァルロスとの約束だと解釈してもザラディの視点としてそう見えて意味が通る、だろうか。


「話をして良かった。ベリスティオ殿やヴァルロス殿の意志は――形を変えてはいるものの引き継がれていると……そう思えました」


 そうしてザラディはしばらくの間遠くを見るような目をしていたが、やがてまた俺を見てくる。


「困難な道とお聞きしましたな。それは――かつてヴァルロス殿にも尋ねた言葉でもあるのです。ヴァルロス殿もまた、もう決めた事だと。そう仰いました」

「そう、だったのですか」


 俺の言葉に、どこか懐かしそうに笑うザラディ。


「これからの話をしましょうか。ここから動く事はできませぬが……かつて撒いてしまった過ちに対する責任がある。その償いの意味でも、儂の知る情報を境界公にお伝えするのは、果たすべき務めでしょうから」


 ああ。何か、俺の目的に沿うような情報を持っている、ということか。

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