番外1122 監獄の奥底にて
しばらく移動して幾つかの区画を抜けると、少し風景が変わってきた。ごつごつとした岩場が続いているのは同じだが青白い靄が広がっていて、要所要所に冥精達が監視役として立って警備しているのが見て取れる。
「この辺りは監獄ではなく脱走者を防ぐ警備が多く巡回している、いわば緩衝用の区画なのです」
と、冥精達が教えてくれる。
なるほどな。監獄区画の周辺にそうした区画を挟む事で正しい道を分からなくしたり脱走できないようにしているわけだ。蟻の巣のようにあちこちに繋がっているから、どの道が正解か分からず、分岐点が多くて大変に見えても、警備する側としてはその実要所要所を見張れば済む。
「あれは?」
と母さんが首を傾げる。その視線の先には半霊体の抜け殻――亡者達の遺した骨がうず高く積まれていた。中々剣呑な風景ではあるが……。
「ああして骨塚を残しているのは、逃亡者が隠れやすいようにわざとそうしているわけですな。骨塚の中に隠れた場合、察知できるような仕掛けを施してあるのです」
なるほど。半霊体の抜け殻もどうせ残るし保管場所も必要になるわけで。合理的なのかも知れない。
そういった区画を跨いで地下道を抜けると、何やら高所に出た。急斜面の山肌の一部を削って作ったような道で、眼下に何か――石造りの施設がある。
塀や壁で区切られただけの施設で、上からは施設内の様子が見える。亡者達が収監されているのが見えるが……。
聞こえてくるのは亡者達の嘆きの声だろうか。顔を覆ってかぶりを振ったりしている。中層でも忘我の亡者達がこうした嘆きの声を漏らしているのを聞いた。
……この魔力波長は、冥精達からの亡者への干渉波が出ているようだな。母さんには影響はないようだが。
「干渉力を使う事で、生前の各々の罪業と向き合わせているわけですな。罪を目の当たりにして悔いて罪悪感に苛まれるだけ、比較的更生や浄化を期待しやすい囚人達ではありますが」
「拠点に近い区画はまだ比較的罪の軽い者達や、良心を残している者達、という事になるわけですか」
オルディアが尋ねると、冥精達も「そういった傾向にはありますな」と首肯する。
『だがまあ、独房は単純に罪が重いから収監されるというわけでもなくてな。様々な事情を勘案し、独房に収監する必要があると判断された者達、という事になる』
水晶板の向こうでベル女王が言った。
例えば、高い魔法技術を有するような者や特殊な能力を持つ者の場合、干渉波や警備に対策を練ってくる可能性がある。他者を扇動する能力に長けたような者も、他の亡者達と一緒に収監というわけにもいかない。
そうして考えると……ザラディやガルディニス達はしっかりとそれに該当するな。能力そのものの高さ等も含めて、冥府としては警戒して監視体制を厚くせざるを得ない囚人、というわけだ。
そうして冥精達は道を選びながら区画から区画を抜けて進んでいく。そうして――地下道の突き当たりに巨大な石の門がある場所に辿り着いた。
「この先が独房区画ですな。専用の部屋を割り当て、一人一人を結界の内側に閉ざしている、というわけです」
「……なるほど。それも脱獄対策、ですか」
結界を抜けても区画ごと閉じ込めてある、というわけだ。魔力反応の大きな冥精――門番も配置されていて警戒は厳重だ。
「お話は伺っております。到着をお待ちしておりました」
「ありがとうございます」
挨拶をしてから門番が扉に触れる。装飾に沿って光が走り――そして重そうな扉が奥に向かって開く。
最初に見た監獄は外からでも内部の様子を見る事ができたが、ここは本当にしっかりとした石造りの建物で、独房区画という名称ではあるが如何にも監獄といった雰囲気だ。
「最初はザラディから、という事でしたな」
「そうですね。彼からなら方針も決めやすいだろうと思っています」
冥精達が監獄内部も案内してくれるらしい。ヴァルロスとベリスティオは面会に来ているらしいのでどこにザラディ達が収監されているか知っているそうだが。
真っ直ぐ一本道の廻廊を抜けると、吹き抜けになった円筒状の空間に出た。円筒状の内径に沿って螺旋状に通路がかなり下の方まで続いていて、通路上に入口と似た石の扉が配置されているのが見える。
『あの石の扉一つ一つが独房、という事かしら?』
「左様です。とはいえ、あの扉の全てに囚人が収監されているというわけではありませんが」
ローズマリーが水晶板越しに尋ねると冥精が答える。扉同士の間隔はかなり広いようだから独房の壁や天井、床を破って逃げる、というのも難しそうだな。
「一番上に、吹き抜け内部を監視できる設備があります。テオドール公の面会の間、同行している皆様はそこでお待ちになられては如何でしょうか」
「監視場で待機もできる、というわけか」
そんな提案にリネットが頷く。それなりの人数で待機できる作りになっているわけだ。看守側も数がいないと対応できない事態も考えられるので当然ではあるか。
「それじゃあ、話が終わるまではみんなは監視所で待っていて貰えるかな」
向こうは俺との一対一の話を希望しているらしいからな。その後でならば希望する者は面会する事もできるだろう。
「うんっ」
「待っているであります」
「承知した」
と、みんなから返答がある。そうした反応に頷いてから「それじゃあ行ってくる」と、看守の冥精に続いて円筒の下方部へと向かった。
円筒内部は多数の結界を展開できる作りで、下の方へ行けば行くほど多重の結界で脱出を阻む事ができるようだ。要するに下に収監されている囚人程、冥精達に警戒されている、或いは能力が高いという事になるかな。
ザラディが収監されているのはかなり下の方であった。当人の能力を考えると、情報を与えずとも脱獄の為の正解を選んでしまえる可能性があるからな。警戒度が高くなるのは当然ではあるか。
「囚人は落ち着いているので滅多な事はない……とは思いますが、どうかお気をつけて。何かあれば外におりますので、声をかけて下さい」
「ありがとうございます」
看守が扉に触れると、入口の時のように装飾に光が走り、そうして扉が開け放たれた。深呼吸をしてから内部に入る。
壁や床、天井にびっしりと紋様が描かれている。どうやら特定の座標に結界を構築する役割を果たしているようで……部屋の中央部を囲うように光の輪が浮かんでいた。結界内部の囚人の力を制限する機能もある、だろうか。
そして……結界の中心に胡坐をかいて座る、ボロ布を纏った亡者が1人。
――ザラディだ。その周辺には青白い霊魂のような物が浮かんでいる。あの霊魂は……ザラディにとっての生前の罪の象徴のようなものだ。ザラディに対する恨み辛み。そういった犠牲者の想いが形を成している。
「おお、いらっしゃいましたか」
俯いて瞑想のような事をしていたらしいザラディであったが、俺がやってきた事に気付くと顔を上げてそう言ってから立ち上がり、顔を覆っていたフードを脱ぐ。
長い灰色の髪と髭を蓄えた……理知的な老人、と言った雰囲気の人物だ。能力の本領を発揮してもあまり形態変化を起こさない魔人だったと記憶しているから、最後に見た時と印象はそう大きく変わらない。人となりについてもヴァルロスとベリスティオからある程度は聞いているから、こうして対面してもイメージ通り、という気がする。
「久しぶり、と言うべきでしょうか。月光神殿以来ですね」
「そう、ですな。このような地の底で再会を果たすとは思ってもみませんでした。いやはや、未来というのは読み切れぬものです」
予知能力を持つザラディが言うと実感が篭っている気がするな。ザラディの予知は……因果の流れから近い未来に起こり得る中から高い可能性を読み取るというもの、と推測している。遠い未来の予知に関しては――個別の細々とした未来はともかく、大きな流れならば儀式をすれば探る事が可能であるらしい。
ヴァルロスが魔人達の未来を明るいものにする、と。そんな予言をしたらしいが。
「まあ、立ったまま話をするというのもなんですな。結界越しですし、何もない場所ではありますが、腰を落ち着けて話をしましょうか」
「そうですね。僕もそのつもりで来ました」
俺が言うとザラディは静かに頷く。お互いどっかりと腰を下ろして向かい合う。聞いていた通り、落ち着いて話をする事はできそうだが、さて――。