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番外1118 旧都にての祈り

「お待たせしました。突然予定になかった話をしてしまって申し訳ありません」


 と、転移門の光が収まるとエルハーム姫が現れる。トビネズミの姿をした魔法生物の守護者――ラムリヤも一緒だ。

 最初は祭具、触媒の候補を探し、受け取って戻ってくる予定だったので同行していなかったが、ナハルビア旧都の墓所に向かうという事で、それならばとエルハーム姫が合流する事になったのである。

 ファリード王は兵を動かす用事があってすぐには外せないので、シェリティ王妃とマスマドルの太守ファティマと共に後日ナハルビアを訪れて墓参りをする、と言っていた。


「いえ。ナハルビアに向かう予定も、急遽立ったようなところがありますから」

「そう言って頂けると助かります。それから――それが例の剣ですか」


 俺とユイが持っている木箱に収められた剣を見て、エルハーム姫が言う。ラムリヤもエルハーム姫の肩に乗って木箱を覗き込んでいるな。


「はい。かなり朽ちていますが」


 エルハーム姫は剣を暫くの間見ていたが、やがて意を決したように顔を上げ、胸のあたりに手をやって言う。


「もしよろしければこの剣の修復を――私に任せて頂けないでしょうか?」

「それは……有難い申し出です。任せられるぐらい腕のいい鍛冶師はそれほど多くありませんし、意義を分かってくれている方なら尚更ですね。ただ――エルハーム殿下に頼む場合、心情を考えるなら複雑な想いもあるかと思っていました」


 そう答えるとエルハーム姫は真剣な表情のまま目を閉じる。


「過去から続く悲しい出来事があり――それに対する考えや感情は確かに様々にあると思います。そんな中でテオドール公や色々な人を見て、その想いに触れてきました。だから……新しい歩みを進めるために、お力になれたら嬉しいと、そう思っています。私自身の出自に関わりがあるからこそ、儀式の一助になる事に意味があるのではないかと」


 ナハルビアに連なる系譜だからこそ、か。


「お気持ちはよくわかりました。どうか、よろしくお願いします」

「はい。今までの技術と想いを尽くしたいと思います」


 エルハーム姫は俺の目を真っ直ぐに見たまま、そう言って応じるのであった。




 エルハーム姫とも合流したところでハルバロニスの外に出て、ナハルビアの旧都へと向かう。

 ナハルビアの旧都は近くにハルバロニスの森があって豊富な資源を入手できるということもあり、廃都という字面にそぐわず冒険者達で活気に溢れている場所だ。

 公的にはマスマドルを治める領主ファティマが管理しているが、復興には冒険者ギルドが結構深い関わりを持っているそうだ。


 ナハルビアの城が吹き飛んで大混乱が起きた時……元の住民は怖がって逃げ出した者も多かったという。それでも資源の供給がいきなり無くなっては周辺も立ち行かない。ハルバロニスの森からの資源調達の依頼が出されて冒険者が集まり、その冒険者達の懐を当てにして商売をする者も集まる、と。その内危険がない事を確かめて戻ってくる住民も居たとの事で。

 まあ、そうして一度は人が去った旧都も、今日のように活気がある状態になっているというわけだ。


 だから元々あった市場の場所などは活用されているし、当然墓地も残っている。フォルセトが持ってきてくれた指輪を持ってハルバロニスを出て、少女が眠る墓所へと向かう。


 少女が埋葬されたのは民間の集団墓地ではなく、貴族や有力者達の埋葬されている大きな墓所がある区画らしい。これはフォルセトやヴァルロスの申し出に対するナハルビアの厚意でもあるし、少女の出自や部族同士の争いによる犠牲者だった事を鑑みてのものらしい。


「この場所です」


 フォルセトが示した墓所は――確かに立派なものだった。大きな石造りの、ちょっとした祠のような墓石だ。

 ナハルビアの墓所に関してはファティマが墓守を派遣しているらしい。結界が張ってあるので砂に埋もれるような事もなく、墓守もいるので全体的に綺麗な状態に保たれている印象がある。


「では――」


 と、ここに来るまでにハルバロニスの森で調達した花を墓前に供える。

 冥府では造花でも効果があったし……きっと献花は冥府の住人にとって意味のあるものなのだと思う。

 少女が今も冥府にいるかどうかは分からないけれど、きっと無意味なものではあるまい。


 フォルセトも指輪を手に少女の墓前に黙祷を捧げていた。俺もそれに倣って、少女の墓前に黙祷を捧げながら、今日墓所に来た理由を想いの中に込めて伝えていく。

 エルハーム姫とフォルセト。ハルバロニスの長老達、オズグリーヴ達、年少組も、順番に墓所に祈りを捧げ、フォレスタニアの通信室でもみんなが合わせて黙祷を捧げていた。


 リヴェイラが力を貸してくれているのか、場の魔力が高まっているのが分かる。


 そして……少女への墓参りが終わったら、そのままナハルビア王家の墓参りにも向かう。彼らにもきっと、報告しなければならない事がある。


 同じように献花して黙祷を捧げ、そこに祈りを込める。


「お爺様、お婆様……ご無沙汰しております」


 と、エルハーム姫が墓前に向かって黙祷を捧げ、俺もそれに続く。ナハルビアの王達とは直接の面識はないそうだが、

 バハルザードが平和になっている事。シェリティ王妃やエルハーム姫の事。ハルバロニスの変化と現状。魔人達との戦いを終わらせ、和解に向かう為に動いている事……。

 そうした事を伝えてから顔を上げれば……リヴェイラも祈るように目を閉じて手を組んでいて。


「きっと、みんなの想いも伝わるであります」


 みんなの黙祷が終わるとややあって顔を上げ、リヴェイラが真剣な表情で言った。リヴェイラのそんな言葉に俺やエルハーム姫、みんなも目を細めて頷くのであった。




 祭具となりそうな品物は幾つか確保できた。触媒に関しては儀式当日に鮮度の高いものを届けてくれるとの事なので、ハルバロニスの長老達に任せておこう。

 炭火であぶったヤシの実を結構な量、お土産として貰ってしまった。フォレスタニアに戻った時にみんなで楽しめるように、との事だ。


 実際のところ、こうして手を加えた椰子の実も触媒として良さそうな気がするな。ハルバロニスでも昔から食べられてきたと言うし。


 というわけでフォレスタニアに帰ってきて、みんなで腰を落ち着けてから椰子の実を楽しませてもらう。一度焼くと甘みが増す、というのは以前バハルザードを訪れた時に教えてもらった事だな。既に焼いてある物を貰ったので魔法で冷やし、そうして割ってみんなで味わわせてもらう。


「んー。さっぱりとした甘みで美味しいですね」


 エレナの場合はヤシも初めてとの事で、口にして笑顔を見せる。温室の椰子がもう少し育てば収穫して楽しめるようになるかな。暑い日だと冷やしたヤシの実は美味しく感じるというのがエルハーム姫の談なので、今はやや季節もあわないけれど。


「ん。果肉も結構いける」


 スプーンを片手にシーラが言うとマルレーンもにこにこ笑って頷く。そうして俺もみんなと一緒にヤシの実を楽しませてもらった。


「後は冥府でお話を聞いてくる、という事になりますか」

「そうだね。食料と滞在回りの準備ができたら行ってくる事になるかな」


 儀式に必要な祭具、触媒、場所の選定を経て手順は概ね固まったからな。効果をより上げるためには情報を得て来歴などを知った上で、と言うのが良いから、独房の面々が持っている情報に期待したいところだ。


 みんなとの時間も過ごさせてもらい、準備もしっかりしてから冥府下層に訪問するとしよう。

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