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番外1117 残された決意の欠片

 木魔法で箱とその中を満たす綿のようなものを作り、二つに分かれたベリスティオの剣をそれぞれ別々の箱に収める。

 これでベリスティオに関する祭具、触媒は揃っただろうか。みんな興味津々といった様子で、箱に収められた剣を覗き込んでいるのが中々に微笑ましい。


「元の形は私が覚えています。打ち直す際の意匠の再現もできるでしょう」


 オズグリーヴが煙の形を変えて、記憶の中にある剣を再現してくれる。朽ちる前の剣は意匠も細かい立派なもので、やはり鍛練場にあった訓練用の剣ではないようだ。

 人との決別を示す意味では訓練用の剣では不適だろうしな。元は実用品とはいえ、立派なものなので祭具には向いているだろう。


「ふむ。ヴァルロス殿縁の品に関しては、フォルセト殿に心当たりがある、という事でしたな」


 ウィンベルグがそう言うと、フォルセトが頷く。


「そうですね。あの方はハルバロニスの武官でしたし、それも30数年前の出来事でしたから。生家は出奔の際に止めようとした者達との戦いに巻き込まれて焼けてしまいましたが、それでも残ったものはあります」


 ヴァルロスの場合は……ハルバロニスを出て行く時にかなり大立ち回りになったらしいからな。ハルバロニスの面々としては魔人を世に出してしまったという負い目があったから尚更地下に篭る事を選んでいたし、ヴァルロスの時はベリスティオと違って単身で行動していたから、周囲の者達も止めようと判断してしまったのも分かる。


 というわけで今度はハルバロニスの中央塔付近にあるフォルセトの家に向かう事になった。


「当時のヴァルロス殿は武官として周囲の者達から尊敬を集めておりましたな。仕事にしても鍛練にしても真摯に向き合って、良い結果を出してくるし、後進の指導も分け隔てなく根気よく行う、という印象がありました」

「だからこそ、回りの者達も引き止めたかった、というのはあるのかも知れませんな」

「それも……ヴァルロスらしいと言いますか」


 長老達の言葉に目を閉じれば、そうした情景が浮かぶようだった。

 根っこの部分で真面目な性格でなければ世情の混乱や魔人達の現状を憂いたりはしないし、自分でそれをどうにかしようなどとは思わない。

 当時のハルバロニスの在り方に対して批判的だったのも、その辺がまず理由としてあるからなのだろう。


「では、取ってきますね。少々お待ちを」


 フォルセトの家は中央の塔の近くにある。ヴァルロスに縁のある品はそこに保管されている、との事だ。到着したところでフォルセトはそう言って家の中に入って行き……ややあって小さな箱を持って戻ってきた。


「これです」


 フォルセトが箱を開ける。そこに入っていたのは――。


「指輪、ですか? 弱い……冷気を纏う魔法がかかった品のようですが」

「はい。私のものでもヴァルロス殿のものでもありませんが――そうですね。この人数では私の家では手狭ですから、塔でお話をしましょうか」


 フォルセトはそう言って苦笑する。そうしてみんなで塔に移動し、腰を落ち着けたところでフォルセトは目を閉じて……過去の出来事を話してくれた。


「あれは――そう。魔法の触媒を調達するために外の森に出た時の事ですね。あの方は武官として私の護衛役を担い、外に同行していました」


 そこでフォルセトとヴァルロスは――森の中で怪我を負った少女と出会った、らしい。


「ナハルビア王国があったあの当時は……ファリード陛下もまだ幼子だった頃、でしょうか。先代バハルザードの王の下で、政情が乱れていた時代です。ナハルビアまで戦火が及んだわけではありませんが、バハルザードは周辺部族も束ねていましたからね」


 部族同士のぶつかり合いというのもあって……少女はどうやら部族同士の抗争に巻き込まれ、ナハルビアまで逃げて来たらしい。少女の周りの大人達は敵対部族に追い立てられて……彼女を逃がすために森を目指したか、それとも1人で落ち延びてきた少女が水や隠れ場所を求めて森に入ったか。少女が砂漠を抜ける事ができたのは、指輪がそうした魔法のかかった品であったからか。

 いずれにしても矢傷の他に酷い脱水症状を起こしていて。フォルセトとヴァルロスは行き倒れていた少女にできるだけの事をしたが、時すでに遅かった、という。


 お父様、とうわ言を口にする少女に、ヴァルロスは「ああ。ここにいるよ」とそう言って手を握り……少女は少しだけ嬉しそうに笑って、静かに息を引き取ったという。


「その時の少女が……この指輪を身に着けていたのです。私達は彼女をナハルビアにて弔いましたが、特徴的で魔法のかかった品でしたからね。形見があった方が遺族にとっても良いだろうとヴァルロス殿は指輪を副葬品とせず、残しておくように進言し、私も了承しました。外との接触に関しても武官が担うところがあったので、その時は指輪を彼に預けました」


 ヴァルロスは……ナハルビアやハルバロニスが本気を出せばこんな小競り合いなどさせなくても済むし、そもそもバハルザードの混乱など収められるだろうにと、少女を埋葬した際、そんな風に零していたらしい。


 指輪……はヴァルロスの指には合わないために、細い鎖を付け、首飾りのようにしてヴァルロスが身に着けていたそうだ。少女を探しに来た者がナハルビアに現れた時、すぐに渡しにいけるように、と。

 ただ指輪を預かる時、ヴァルロスは少しだけ言いたい事がありそうだったようにフォルセトには見えた、という。


「切欠はその時の事……だけではないのでしょうね。彼の中ではハルバロニスやナハルビアの在り方について、ずっと不満が燻っていたのだと思います。鍛練を積み続けるひたむきさも……いつか魔人に至ってハルバロニスを出て行く事を考えての物だったのだと思いますから。出て行く決意を既に固めていたから指輪を預かる事に思うところがあったと考えれば、私の中ではあの時の反応が腑に落ちるのです」


 その後しばらくしてヴァルロスは魔人として目覚め、ハルバロニスを出て行く事となる。

 止めに入った者達を蹴散らした後でヴァルロスは首にかけていた指輪を、フォルセトに渡して言ったそうだ。


「俺にはもう、これを遺族に返す機会もないだろう。であれば彼女を看取った貴女が持っておくべきだ」


 そうしてヴァルロスはハルバロニスを出て行った。


「後に少女の部族――血族は絶えてしまっている事が調査で発覚しています。この指輪も戻すべき場所を失ってしまいましたが……ヴァルロス殿の決意はこの指輪に対して抱いた想いに、重なっているところが多いように思うのです」

「確かに――そうかも知れませんね」


 ヴァルロスは政情の乱れによって巻き込まれる弱者の犠牲もどうにかしたいと考えていたからな。この指輪の持ち主であった少女に対しても色々思うところはあっただろう。

 そうでなければ……指輪を遺族に返すなどとも進言しないだろうし。


 ヴァルロスが外に出た理由と重なっている、というのは確かに。

 だからヴァルロスと約束を交わした身としては、この指輪を祭具とするのは良いと思う。ヴァルロスとベリスティオ、二人の祭具、触媒の確保に関しては何とかなりそうだ。


「ただ……この指輪の持ち主のお墓参りだけはしておきましょうか」


 預かっていた品に返すべき相手がいなかったとしても、預かった品であるからこそ故人に報告しておくべきではないかと思う。


「そうですね。ナハルビア旧都には彼女のお墓も残っておりますから案内もできると思います」


 フォルセトは俺の言葉に真剣な表情で頷くのであった。

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