番外1113 縁と祭具
というわけで月光神殿の区画内を探索する。
象徴的なもの。意味が込められそうなもの。そういったものがあればいいのだが。
因みに触媒にしても代替が利いて長期保存できないものは儀式の度に用意する消耗品となる。
その逆……貴重品で代替えが利きにくく保管が可能ならば触媒というよりは祭具として後世まで使える品、という扱いになる。
特に月光神殿の場合は、あまり何度も立ち入るような場所でもないからな。後世でもベリスティオやヴァルロスの力を求めて儀式を行うような事になった場合、祭具として大事に使っていくことになる……というのはあるかも知れない。
魔力を秘めた稀少品の方が、儀式の力を増幅してくれる傾向にあることも間違いないしな。
「何か良さそうなものがあったら、教えてもらえると助かるよ」
というとカルディアは頷いて声を上げる。心当たりがある、との事で。ではカルディアに案内してもらおう。
先程のように背中に乗せてもらうと、カルディアはゆったりとした速度で進んでいく。
「んー。状況は少し変わったけど……霊樹に関しては大丈夫そう、なのかな」
瘴気の吸収ができなくなってしまうから大丈夫なのかと思ってライフディテクションを使って霊樹の生命反応を見てみたが、かなり力強いものだった。
カルディアは首だけで少し振り返って声を上げる。
瘴気や邪気と言った負の魔力の吸収と浄化は霊樹の成長や再生を促進するものではあるが、絶対に必要というわけではないらしい。
但し、瘴気を吸収できない場合は普通の植物と変わらない……というより、成長そのものがかなり緩やかな性質になってしまうのだそうな。
この辺はカルディアが月光神殿のガーディアンとして配備された時に七賢者から与えられた知識との事だ。
霊樹に関しては元々、魔力嵐の前の時代に月の民が地上で発見した品種らしい。環境魔力浄化の能力に注目されて月に持ち込まれ、その後、七賢者が封印のためにその性質を利用した、というわけだ。
何にせよ、月光神殿の大樹も状況の変化で枯れるような事が無くて良かったと思う。
カルディアに案内されて樹上に進んでいくと――それが見えてくる。枝と枝の間に石の足場が組んであり、そこに枯葉が敷き詰められていた。
『カルディアさんの寝床でしょうか?』
グレイスが表情を綻ばせる。音声も中継しているのでカルディアはこくんと頷いて――。それから枯葉の中に首を突っ込んでごそごそと何かを探している様子だったが、再び寝床から顔を出した時、何かがその口に銜えられていた。そのまま俺のところに戻ってきて、俺に譲る、というように渡してくる。
これは――。
『霊樹の実……?』
ローズマリーが呟くように言う。カルディアの口には何か光沢のある……鮮やかな青い果実が咥えられていた。ただ表面は非常に硬質な印象だ。果実ではあるが宝石やガラス細工のような印象がある。
カルディアはまた声を上げ、霊樹について説明してくれた。
霊樹は――過剰な負の魔力を取り込んだりすると果実を実らせて枯れ落ちる性質があるらしい。その他にも大きなダメージを受けると果実を実らせて種の存続を図るとの事だ。
これは、霊樹の未熟落果なのだと言う。ラストガーディアンの吐息でダメージを受けた霊樹が実をつけたが……本体が持ち直したので熟す前に自切したのだという。
これが熟れるともう少しブルーベリーのような色合いになって果実も柔らかくなるらしいとカルディアも語った。
いずれにしてもかなりの魔力が宿っているのは間違いない。ただ、ライフディテクションに反応は……ないな。
カルディアはこれを触媒として使ってはどうかと伝えてくる。
「未熟落果か。確かに触媒としては良さそうだけど、カルディアが大事にしてたんじゃ?」
そう尋ねると、カルディアは少し口の端を上げて心配ない、と笑ってみせる。
霊樹の未熟落果に関しては知識がなかったので拾って様子を見ていたが、腐敗したりするような事もなく、拾った時のままだったと、カルディアはそんな風に教えてくれた。気に入って大事にしていた、というわけではないらしい。
強い負の魔力に晒したら、変化も起こるかも知れない。管理方法には少し気を付ける必要はあるが……このままで変化がないなら、触媒や祭具としては良さそうだ。
「そっか。それじゃあありがたく、触媒として使わせてもらうよ」
そう言うとカルディアは目を細めて首を縦に振った。役に立ちそうなら何より、と翻訳の魔道具を通してカルディアの意思が伝わってくる。
ベリスティオとしては月光神殿や霊樹に関する物も良いのではないかと言っていたが……そうだな。熟すことの無かった霊樹の果実というのは、戦いの終結という意味においては象徴的、かも知れない。
それに……未熟落果が今こうして世にあるのは、イシュトルムの制御を受けたラストガーディアンの吐息が直接の原因だ。ヴァルロスともベリスティオとも……イシュトルムの目的を挫くために手を取り合ったのだしな。
そうしてカルディアから果実を受け取り、月光神殿から迷宮核に飛んで、念のために解析にかけておいた。月光神殿の清浄な気の中にあったからこそ変化がなかった、という事も有り得るからだ。
一先ずは負の魔力に晒さなければ朽ちる事もなさそう、という解析結果も返ってきたので管理にはあまり神経質にならなくとも大丈夫なようではあるな。
迷宮核からフォレスタニア城に戻り、みんなにも果実の実物を見せると、興味深そうな視線が集まる。
「果実というよりラピスラズリみたいですね」
と、アシュレイが表情を綻ばせて、マルレーンもにこにことしたまま首を縦に振る。ああ、質感や色合いがラピスラズリに似ているというのは確かにそうだな。
「確かに似てるね。形自体は植物的だから面白い」
俺も笑ってその言葉に頷いた。
「ん。負の魔力に晒された場合はどうなる?」
「弾けて周囲一帯を浄化するんじゃないかって解析結果が出ていたね」
「霊樹らしい性質だけれど……それを利用すれば触媒以外の使い道もありそうね。稀少性を考えると弾けさせるのは勿体ないけれど」
シーラの質問に迷宮核の解析結果を伝えると、ローズマリーと共に感心したような反応を示していた。まあ、そうだな。場の浄化の他に邪精霊対策、悪魔対策といった感じでも使えそうな気もするが稀少性を考えるならば、触媒や祭具として大事にするのが良いだろう。
みんなと共に霊樹の果実を見ていると、ヴィンクルも一声上げると、俺に何か手渡してくる。手渡された物を見てみれば……それは竜鱗だった。
「ヴィンクルの鱗……これを触媒として使って良いって事かな?」
尋ねるとヴィンクルはにやりと笑って応じてくる。確かに……ヴィンクルもベリスティオとは縁があるな。成竜だった時の記憶もあるから、ベリスティオの霊体がラストガーディアンの力を削るために飛び込んできて、内面で戦いを繰り広げた事もまた記憶に残っているのだろう。
『ふふ。月の石もそちらに届けますね』
と水晶板越しに伝えてきたのはオーレリア女王だ。ベリスティオの霊体と会ったその場所の石を触媒として調達してくるとの事だ。かつてのオリハルコンの採掘場だからな。まあ、これも触媒にするには十分な品だろう。
霊樹の果実、ヴィンクルの鱗と、月の石。いずれも俺とベリスティオの接点、縁のあるもの、か。協力を呼び掛けたら随分と稀少な品が集まってしまった気がするが。
後はそうだな。ハルバロニスに関連した品か。これはベリスティオの過去と接点のある品という事になるだろう。