番外1109 縁と助力
レアンドル王からの報告には、父さん達も喜んでいたようだ。暫くは基礎訓練の身体作りが続くようだが、魔物相手の実戦や飛行訓練に移る際は回復や解毒の魔道具、空中戦装備を渡して欲しいという事で話を通している。
空中戦装備についてはヴェルドガルだけでなく同盟各国で広まっているしな。特に、竜騎士や幻獣騎士にはレビテーションの魔道具が基本的な装備になっている。
ルトガーも空中戦装備については指導できる程度に修練を積んでおく、と言っていたから、基礎訓練が終わる頃には指導体制も整っているだろう。
「弟子に悟られないように自らも訓練を積むというのも師匠の醍醐味ですな」
ルトガーはそう言って、レアンドル王に対して楽しそうに笑っていたそうだが。
さて。バイロンのその後については報告を待つ、といったところだろうか。
面会については一先ず状況も落ち着いたので、俺としても安心して他の仕事を進めていける。
「――というわけで実家での異母兄との面会は、結構いい方向で落ち着いた、と思う」
『共に暮らしてきた者達に不義理をした俺が良かった、と言うのもなんだが。約束を違えない生き方をするためにというのは、こちらとしても頭が下がるところだ』
水晶板モニターの向こうで、ヴァルロスが俺の言葉を受けて静かに目を閉じて笑う。
バイロンとの面会を選んだ動機に関しては、ヴァルロス、ベリスティオとの約束も大きかったからな。そうした感情が二人には届いていたようで。
『ふむ。我らとの約束に関する事で何か良い事があったようだな』
と、ベリスティオが尋ねてきたので、近況報告も兼ねて動機の時点からバイロンとの一連の出来事を説明する事になった、というわけである。
「考えてみれば約束を受けての行動だものね。詳細はともかく祈りに近い想いは伝わるという事かしら」
クラウディアは納得したように言うと、ヴァルロス達は「そうなのだろうな」と応じる。
そうしてバイロンだけでなく、シルン伯爵領での出来事など、あれこれみんなと茶を飲みながら話をしたりして。
『イビルウィードの品種改良でノーブルリーフ……面白い事を考えるもんだ』
別の水晶板モニターでヴァルロス達以外の面々も話を聞いているが、リネットは感心したように頷いていた。
「お城にもハーベスタという子がいるんですよ」
というアシュレイの言葉に合わせてハーベスタがモニター越しにお辞儀をするとゼヴィオンも『ふむ。よろしく頼む』と律儀に挨拶を返し、その光景にルセリアージュが肩を震わせていた。
『ふ……。何というか……日常の話を聞くのも存外楽しいものだな』
「俺としては……不思議な感覚かな。こうして日常の話をするなんて少し前まで考えもしなかったっていうか」
『くっく。確かにな』
俺の言葉に愉快そうに笑うヴァルロス達である。
「そっちはどうかな? 新しい生活は順調?」
『悪くはないな。冥府では明確な一日というのがあるわけではないが、レイスとして下層の区画で働き……それ以外の時間は冥精や他の連中と交流する時間もある』
『私達もだわ。冥府は平穏が戻っているけれど、負の念の浄化に関しては結構張り合いがあるものね』
俺の質問に、ヴァルロスとルセリアージュが答える。
『冥府に来てからの方が真っ当な日常を過ごしているというのも皮肉なものだがな。どうあれ自分の業が元となっているからレイスとしての今がある。諸々の事に納得できる、というのはあるな』
なるほどな。こちらも新生活が順調なようで何よりだ。
というわけでお互い近況報告もし終わったところで、少し真面目な話をする。
つまり――下層の独房訪問についてだな。負の念解消の区画で共闘する予定も立てているが……こちらは一緒に迷宮に潜るようなもので、冥府全体の利益に繋がり、レイスとしての仕事の手伝いという事になるし生前の業の解消にも繋がるが、下層のヴァルロス達や中層のリネット達――レイスの面々との交流に近い部分がある。
独房への訪問については、また目的が違うな。ガルディニスやザラディ、それにアルヴェリンデやウォルドムといった面々はベリスティオと共に出奔した最古参の魔人だが、独自の情報網やコミュニティを持っていた面々だ。
ウォルドムに関しては活動領域が海だったし、近年まで封印されていたから最古参と言っても新しい世情には疎いと思われるが……何か知っていてもおかしくはないか。
『独房にいる連中は落ち着いているが、テオドールと話をしてみたい、と言っていたな』
「仮に情報があっても、話すかどうかの判断は自分の目で見極めてから、という事になるかな?」
『ザラディあたりはそうだろう。他の連中は好奇心が勝っているような気もするが』
と、ヴァルロス。
好奇心、か。独房にいるから退屈しているというのも有るのかも知れないな。
いずれにしても現世にいる魔人に関する話だ。同族の情報であるから見極めたいという事もあるだろうし、或いは同族ではあっても自分とは関係のない出来事だから話をするにしてもまずは俺に、と見ていたりするのだろうが……だからこそ向こうが望んでいるなら、会って話をしないと前に進まないところはある。
『連中が有益な情報を持っているかは分からないが、私としては共存の道には協力すると伝えておく。私と同じ系譜の魔人であるならば……説得のために多少の干渉をする事ぐらいはできるだろう』
ベリスティオが真剣な表情で言う。
「私の時と同じように夢で啓示をしたり、といった具合ですかな」
オズグリーヴが言うとベリスティオが首肯する。
『干渉と言っても自由意思を変えられるわけではないし、そうするつもりもない。信じるための一助として啓示や夢を見せられる、程度のものだ。とはいえ、現世に影響を及ぼすためには私と接点を持つ者との縁などが条件となってくる、だろうな』
「例えば……俺との縁が生まれないといけないってところかな」
『そうなる。私の神格は脆弱なものだが、儀式や場を整えるといった手立てで増強する事は可能かも知れない、な』
なるほどな。神格者から力を借りる方法か。その辺も少しばかり考えてみよう。
「ん。巫女や神官の術式みたいな感じ?」
「精霊に力を借りたりも近いかしら?」
術式開発についても考えてみる、と俺が伝えるとシーラとイルムヒルトが首を傾げる。
「そうなると、パルテニアラ様に力を借りる儀式もでしょうか」
と、エレナも表情を綻ばせる。
「そういう事になる、かな」
「パルテニアラ様やペネロープ様やユラ様に話を聞いて、資料を貸してもらう、というのも良さそうね」
ステファニアが笑みを浮かべて言うと、マルレーンもにっこり笑って頷く。
「それじゃあ、冥府を訪問するまでに色々調べてみよう」
そう言うと通信室のみんなやモニターの向こうのヴァルロス達も頷いていた。
シャルロッテにとってもそうした術式が開発されたら封印の巫女として関わってくる事になるからか、真剣な表情である。
技術開発ができたとしても、そうして精霊や神格者から力を貸してもらうというのは信仰や縁が必要になりそうだからな……。術式という名目では広められないような気もするが。
まあ、魔人達との接触、説得を穏便な方向で進めていくためにもベリスティオの協力は有難いというか。ザラディ達の持っている情報網と合わせる事ができたら、結構な効果を発揮するのではないだろうか。
早速ではあるが、知り合いの神官や巫女といった面々に連絡を取ってみるとしよう。