番外1108 新生活と鍛練と
「行ってしまいましたね……」
「そう、だな」
キャスリンと父さん、それにダリルはバイロンの転移していった転移門を少しの間見つめていた。
父さん達については久しぶりに王都に来たという事もあり、まだ少しタームウィルズに滞在してダリルと共に挨拶回りをしてから領地に帰る、との事だ。
レアンドル王とイグナード王はフォレスタニアで一泊して帰るという予定だが。
「今日は――この後特に予定が無ければ、フォレスタニアに泊まっていかれてはいかがでしょうか」
と、提案してみる。
「ふむ。それは良いな」
「中々楽しそうだ」
「突然の訪問になってしまうが構わないのかな?」
「問題ありませんよ。良かったら是非」
イグナシウスやラザロが頷き、メルヴィン王やジョサイア王子も乗り気のようだ。
「セオレムに連絡を入れておかんとな」
メルヴィン王の言葉を受けて、護衛の騎士が畏まりました、と頷く。フラヴィア嬢も合流するとの事である。
「では……私達もその言葉に甘えさせてもらうとしよう」
と、父さんが笑みを浮かべる。
ネシャートも同行するとの事で……では移動するとしよう。
というわけで祝宴に参加した面々はそのままフォレスタニアで一泊するという事になった。模型部屋や水槽を見たり、マギアペンギン達に歓迎されたり、シグリッタの画廊を回ったりと、特に何も用意していなくてもフォレスタニア城の場合は観光になっていたりするが……宿泊に来た面々には楽しんで貰えたようだ。
イグナード王やレアンドル王、それにラザロも船着き場で膝の上にマギアペンギンの雛を乗せて軽く撫でていたりして、中々和やかな光景を見る事ができた。
コルリスやアンバーに鉱石を食べさせつつ、その光景に頷いているシャルロッテであるが。
「平和というのは良いものよな」
「そうですな。影――守護者としての第二の生を受けて……こんな日が来るとは思っておりませんでしたが」
相好を崩すイグナシウスの言葉に、ラザロもそんな風に答えて寛いでいる様子だった。兜を被っているので表情は見えないが楽しそうな声色だ。
そうして城の中を見て回ったり夕食を食べてからサロンでのんびりとさせてもらう。
「キャスリンから――お礼を伝えておいてほしいと言われたよ」
サロンで茶を飲んでいると、穏やかな表情の父さんからそう言われる。
「お礼、ですか?」
「キャスリンは立場上、私達と共に挨拶回りというわけにもいかないからね。普段であれば共に馬車に乗って行楽という事もできるのだが、冬場の王都では、ね」
「なるほど」
他家の貴族も集まっている季節だしな。対外的な舞台に立てないキャスリンとしては共に挨拶回り、という事もできないか。キャスリンから俺に直接礼を言えないのも立場上の問題だろう。
その点、フォレスタニア城内なら父さんやダリルと共に観光に近い時間を過ごせる。
父さんは普段から行楽に連れていったりと、キャスリンの事を気遣っているようだから問題はなさそうではあるが、フォレスタニアの滞在を楽しんで貰えたのなら何よりである。
そうしてフォレスタニア城に祝宴の面々が一泊し一夜が明けて、宿泊客の面々はそれぞれ城や別邸、国元に帰って行った。
メルヴィン王、ジョサイア王子にレアンドル王、イグナード王と色々多忙だからな。ラザロは城で騎士団への教導役をしていたりするので仕事もあるしな。
イグナシウスに関しては今現在書物を執筆したりしているらしい。歴史書と魔術書という事で……七賢者と関わりのあったイグナシウスの知識にある過去の歴史書や魔法技術だから結構貴重な内容だろうと思われる。
「まあ、外に出せないような内容にはならぬだろう」
と、イグナシウスは笑ってそんな風に言っていたが。
父さん達はと言えば、少し挨拶回りをしたら領地に戻るとの事である。
「兄上も気合を入れていたからね。僕も頑張るよ」
というのはダリルの言葉である。バイロンの一件でダリルもまたモチベーションが上がっているようで……。うん。バイロンとの面会はどうなるものかと思っていたが、結果を見るならばかなり良いところに落ち着いたのではないだろうか。
そうしてフォレスタニアに滞在していた客も帰って行き、日常が戻ってきた。
執務や視察、仕事をこなし、みんなと共に過ごしつつ、通信室で各所の近況を聞く、というのが最近の日課になっている。
バイロンについては、ドラフデニアの騎士達と挨拶を交わしたと、レアンドル王から到着してからの事について水晶板越しに聞かせて貰えた。
レアンドル王がルトガーや関係者から聞いた話によれば、ドラフデニアの騎士や武官達との初対面は中々良いものになったそうな。
最初、バイロンの出自が俺の実家だからという事もあって騎士達から歓迎されたが、バイロンとしては些か思うところがあったのか「迷惑をかけてしまったのでやり直しの機会を貰い、心身を鍛え直す為にここにいるのです」と、明かしたらしい。
『それが逆に潔く受け取られたのだろうな。顔を合わせた武人気質の面々からの反応は好意的な印象だ。まあ……身一つ、知らぬ土地で修業というのは中々思い切った選択でもあるからな』
とレアンドル王は受けた印象について話をしてくれた。
「それは何よりです」
『まあ、当面はルトガーと共に鍛練を行うから他の者達との接点が多いわけではないが、騎士達もルトガーのところを訪れる機会が多いからな』
バイロンについては事情も考慮し、ルトガーの屋敷に居候する事になるそうな。薪割りや井戸の水汲み等も鍛練も兼ねて行い、基礎鍛練については基本的に屋敷の庭で行ったり、練兵場に赴いたりという事になる。
ルトガーは武功のある騎士なので、それなりに広い屋敷を王都に所有しているらしい。まあ、いきなり荒野や森に篭って修業というわけではないのは安心だろうか。客室を貸してもらえるとは言っても鍛練は本格的なようだ。
『ルトガーは魔物の出る地域に赴いて武官の手伝いや助言をしたりするという事もあって屋敷を留守にする事も多いのでな。そういう野外での修業も今後あるだろうと見ている。殊更修業と聞くと、そういったものを連想するところはあるな』
「確かにそうですね」
冗談めかして笑うレアンドル王に俺も笑って答える。
「ともあれ、新生活は順調な滑り出しなようで良かったです」
「新しい生活でも、親身になってくれる人がいれば心強いものですね」
「うむ。守りたい者や支えてくれる者がいれば、続けていけるものだ」
俺の言葉にエレナがにっこりと笑ってそんな風に言ってパルテニアラも同意する。
エレナやパルテニアラにしてみると眠りから目覚めた後だとか、魔界に飲み込まれた後の実体験に基づく言葉なのだろうな。エレナは頷くマルレーンと顔を合わせてにこにことしている。
『うむ。余もそう見ている。バイロンに関しては、今後定期的に報告を渡せるように手筈を整えておこう』
ルトガーによれば、今後はドラフデニアの王都スタインベールで基礎的な鍛練をこなし、身体を作ったら徐々に魔物討伐の実戦や騎乗飛行訓練もこなしていく予定、との事だ。
「細やかなお気遣い、ありがとうございます。今のお話や今後の予定についてはガートナー伯爵家にも伝えておこうと思います」
そう言うとレアンドル王は頷いて、そうして通信を切り上げて執務に戻っていった。
さてさて。では通信機なりで父さんにも早速伝えておくとしよう。きっと父さん達にも安心してもらえるだろうからな。